特級という存在

 強さは、それまで注ぎ込まれた金額で決まる。


 才能では絶対に超えられない壁がある。


 鍛錬だけでは絶対に超えられない壁がある。


 人間の肉体には限界がある。


 だから金を使って体を強化する。才能はスタートを円滑に進めるブースターの様な者だ。強さの上限に届けば再び出番が出てくるが、下級から上級では才能よりも金額が重視される。だがこの関係性は特級に来る事で覆る。


 何故なら人間の科学力には上限があって、それによって強さの上限が人間には設けられるからだ。つまり、特級というランクは事実上の人類上限に達した強さの持ち主を示す言葉でもある。人類の科学と技術、それを駆使して到達した最高到達点、それが特級という地位だ。


 それが上級と特級の差。人類最強の肉体を持つか否かの差。そして特級同士での力の強弱は金以外で強くなる方法を手にしているかどうか、という領域になってくる。人外魔境の戦い、その言葉に相応しい領域で特級は殺し合う。


 それと比べれば上級とはなんと可愛い事か。


 ―――まあ、俺の事ですが。


 さてと。


 灰谷シュウ。秋と書いてシュウ。仕込まれたのが秋だったからシュウ。母のネーミングセンスは最悪の一言に尽きる。ちなみにアリスはその時母がアリスエプロンドレスを着て仕込んだ事が由来になる。2倍で最悪な話である。


 さ、て、と。


 この体にかかっている強化の費用の9割は母が出したものである。狂人である母はある日理想のパーティーメンバーがいないなら0から育てれば良いという発想に至った。つまり自分で産んで育てれば良いのだ、という考えだ。気が狂ってるよあの女。


 気合で産めば理想の素質と才能持った子供が生まれるだろという考えで仕込んで、産んで、そして育てたのだから頭がおかしくても凄いのだ。そしてこの体に刻まれている強さの源も彼女が将来性を見出して刻んだものだ。


 ここから先、更に強くなるのは宿題で、自分で金を稼いで強くなれという意味を込めて。


 故に刻んであるものは上級レベルのものに収まっている。中級詐欺と呼ばれるのは探索者協会の規定に基づき、学生である間は上級への昇格を受けられない事に原因がある。


 それを抜きにすれば先日の配信でのコメント通り、上級探索者、それも上澄みと呼べるレベルの実力がある。


 ―――さて。


 それでも勝機は薄いと直感していた。相手は特級、人類の上限に到達した者。それをただ金を出して得た力なのか、積み重ねて至った強さなのかで評価は大きく変わってくる。目の前の相手は積み重ね、培った力であるのを立ち振る舞いから悟れる。


 つまり、強い。


 刀を左腰に構える。右半身を前に、左腰を後ろへと引きながら神速の居合抜きを行える姿勢―――構え。抜刀術、最も早く最も鋭い攻撃を叩き込める手段。武器と技量を合わせる事で相手に触れさえすれば、内側から相手を破壊する斬撃を繰り出す事が出来る。


 相手と相対する事を選んだ瞬間、現状の勝ち筋は先手必殺のみである事を悟った。何故なら年齢が上の探索者はそれだけ現場の経験を積み重ねている。それだけ此方の手筋を読む可能性が高く、そして対応力が高い。


 経験とは対応力、既知の範囲内の出来事はそれだけ対処しやすくなる。初見と既知では対応できるかどうかが違う。だからこそ見えてても良い、対応できない一撃が重視される。


 相対から思考し、構えるまでの時間が1秒以下。刹那にも満たない思考。戦うと決めた瞬間に勝負は始まる。だから構えた瞬間に動きだす。


「疾ッ―――」


 全身全霊の斬術。踏み込みから抜刀、斬撃までのプロセスを全て加速させ、最短で最速の動作を放つ。自分自身から意思を切り離し、肉体をコントローラーで操っているような感覚で動かす。意思というブレをなくす事でたった一つの行動を成し遂げる為の機械に変える。


 全身全霊、最速最強の抜刀術。踏み込みから接近、斬撃を繰り出すその速度、まさしく音速。


 音の壁を越え、引き裂き、通常であれば知覚すらさせない程の速度で一気に踏み込んで放つ必殺の一撃。


 それを、


 代理人は、


「―――通り名は拳鬼だ、ヨロシクな」


「がっ、ごっ」


 粉砕した。


 まさしく至高の一閃だった。だがそれを上回る速度で拳が叩きつけられていた。気づけば、というしかなかった。知覚だけはギリギリ出来た。だが反応はほぼ不可能な領域。音速を上回る速度―――それこそ亜光速にでも達する速度で、物理法則を捻じ曲げながら拳が叩き込まれていた。


 それがアーティファクトの効果か、或いはスキルの効果か、それとも何らかの企業の秘匿技術を使ったからかは不明だが、叩き込まれた拳が手首を粉砕しながら斬撃を打ち込む前に止め、そのまま体に押し込んであばら骨を砕いた瞬間、己の敗北を悟ってしまった。


「逝け!」


「ッ!」


 呼吸を止めて筋肉を締め上げる瞬間に殴り抜くインパクトが来る。数百メートルという距離を一瞬で殴り飛ばされながらインジェクターを片手に取り出して首筋に当てようとする前に、追撃の蹴りが数百メートル前から叩き込まれ空へと打ち上げられる。


 そこで拳鬼が到達する。両腕の折れている感触を無視して武器を取り出して迎撃しようとし、それよりも早く頭を掴まれ、


「そーらーよっ!」


 隕石のように投げ捨てられた。言葉も出ず、血を吐き出しながら道路に叩きつけられ、バウンドし、車に衝突して爆破炎上しながら転がる。折れた腕で大地を叩いて体を跳ね上げ、着地しようとする目の前に車が飛んでくる。


「く、ぁ」


 視線で装備を召喚、ロック、射出。斬撃が放たれ車が両断、その背後に隠れていた拳鬼の姿が見える。既に殺到する武器群を前に臆する事もなく、素早いフックが放たれる。空間が抉れるように射出された武器が消し飛び、その隙に次の武器を引き抜こうとして、


「遅ぇ!」


 呼び出す前に拳が顔面に叩き込まれた。歯と鼻の折れる感触に、歯を弾丸代わりに振り抜いた姿へと向かって吐き出す。狙いが甘く首筋に一筋の傷跡を付ける程度に終わる。


「くそ、が―――」


「喋る余裕は与えねぇよ。潰す。徹底的にな。油断も、慢心もしねぇ。持ってる装備と技能と技量と技術の全てでお前を徹底的に壊してやる。これは灰色の嵐、お前への賛辞と敬意だ。カッコいいぜ。だから死ぬんだけどな」


 ラッシュ。拳と蹴りが連続で放たれるのを見て妨害するように武器を正面い突き刺す。一瞬で破壊され、金属の破片が舞う。その間に隠されていた爆弾が起爆する。間で爆発した衝撃に互いに吹き飛ばされるも、爆発すら拳で掻き消される。


 その瞬間に設置された弩から消滅の一矢が放たれた。


 相手の居る空間そのものを削り消す様な一矢に一瞬で拳鬼の姿が掻き消え、拳が腹に叩き込まれ、吹き飛ぶ。車を数台巻き込んでから家屋に衝突し、血反吐を吐きながら勢いが止まる事なく数軒先まで突き抜ける。


「かはっ……はぁ……はぁ……」


 振るえる手でインジェクターを取り出し、握ろうとするも踏み潰される。


「がっ、おごっ」


「おっと、ここで仕切り直されるのは嫌だしな」


 激痛は我慢できる。痛みはさんざん母に嬲られて味を覚えた。だから痛みは耐えられる。体を徐々に壊される感覚も覚えている。だから危機感を覚えている。これは間違いなく封殺しに来ているパターンだ。少しずつ、少しずつ手の内を使わせて確認し、力を削ぎながら確実に殺しに来てる。


 解っていても対処できない―――基礎スペックが違いすぎる。


「腕折って、足捻り千切って―――」


 口元に剣を呼び出して、頭だけ動かして斬撃を放つ。足の裏で止められ、そのまま地面にたたきつけられるように押しつぶされ、蹴り飛ばされる。


 再び吹き飛び、転がり、衝突し、血だらけになりながら頭がぼーっとする。ぼろぼろになり過ぎた体の反応が鈍い。だというのに、視界には頭のおかしいもんを引きずってくる姿が見える。


「まだ反撃してきそうだし……な」


 そう言って、馬鹿が、車を引っ張ってくる。一定の範囲から近づかないように此方を見て、


「そら」


 車を投げつけてきた。クソ、と呟く余裕もなくストレージから射出した武器に自分を引っかけて無理矢理射線から外す―――が、それすら解っていたかのように2台目が飛んでくる。


 もう、避けるだけの力がない。


 衝突、体が吹き飛んでいる間に3台目が突っ込んでくる。その上からバスが飛んでくる。次はトラックを投げつけてくる。


 そして最後に。


「これで、いっちょあがり、っと」


 タンクローリーが見えた。連続で投げ込まれる車両、その全てが此方へと向かって飛んでくる。避ける事が不可能な異常、受ける以外の選択肢がない。息を止め、魔力を込め、防具の効果を信じて、必死に歯を食いしばるように―――祈った。


 そしてきた。


 車に押しつぶされ、その上からバスが押しつぶして、更にトラックに衝突して引きずられ、最後のタンクローリーが破裂し、爆炎が辺りを満たす。


 一瞬で生み出される地獄は脳味噌が許容できる痛みのラインを超えて、もはや何も感じる事もなく体が舞い、そして力なく落ちる。


「お……ご……」


 ずたずたの下半身に使い物にならない両腕。潰された喉に見えなくなった片目。アクセスしようとするストレージは反応がない。


「おー、流石に硬いな……。まだ生きてるのか。と言っても、ギリギリ生きてるだけ……って感じだな」


 敗北。完膚なきまでの敗北。その現実を突きつけられる。もはやここから覆す方法なんて存在しない。指を動かす事さえも出来ず、周りの情報を脳が飲み込む事さえも出来ずに近づいてくる足音が聞こえてくる。


「後は頭を潰して終わりだな……はぁ、嫌な仕事だったな……」


 溜息を吐きたいのは此方の方だ。


 そう言いたいのに喉はもう動かない。その代わりに相手の姿が残った片目に映る。


 死―――その他しかな予感を前に。


「だめ」


 その姿は大きく手を広げて遮った。


「灰色さんを、いじめないで」


 天使が、鬼の行く道を阻んだ。

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