四面楚歌ー1

『悪いな、流石にリスクは取れないんだわ』


 ツーツーツー、と通話の切れた音がホロウィンドウから流れる。それに溜息を吐いてからアドレスにリストアップした次の番号へとアクセスする……着信拒否がかかっている。溜息を吐きながら次のアドレスに通話をかける……かかった。


「もしもし、俺俺。俺だよ俺!」


『アドレスで解るからって名前を出すのを省くなよ……で、要件は大体察しているが、そっち側について欲しいって所だろう? 悪いけどこっちもあまり睨まれたくはないからな……敵対はしないが、助けもしない。それだけだ』


「あぁ、解った、ありがとう」


 通話が切れる。アドレスに横線を入れる。次のアドレスに連絡を入れる。通話が繋がらない。切る。次につなげる。断られる。これも切る。次を試す。これもダメ。片っ端から連絡を取るが、大変が此方から逃げる様に通話を切って会話が終わる。アドレス帳にある名前を50ほど試すのを終えたらベッドの上に体を投げ出す。


「まあ、そりゃそうか……」


 丸1日寝る事無く過ごしていたからベッドの上に転がるのがだいぶ久しぶりに感じる。ふわふわふかふかの布団はユイがベッドメイクしてくれたおかげだろうか? 何時も何時も迷惑かけてばかりで申し訳ないと思う―――というのを口にすると怒ってくるから、黙っておく。


「味方が、味方がいない……!」


 冗談っぽく口にしてみたが、まるで面白くならない。ユウキの護衛に頼んだ奴は昔から付き合いのある知り合い、母経由の知り合いだからこそオッケーを貰えた様なものだ。自分個人のコネクションは契約している企業や工房、そのほかは一緒に臨時パーティーを組んだ事のある相手ばかりだ。


 そして組んだ事のある相手というのは大半が中級で、年齢の都合上自分から上級ダンジョンには潜れない為、上級の知り合いは僅かしかいない。そして中級で企業を相手に喧嘩を売ろうと考える奴はほぼいないだろう。


 何せ企業所属、或いは企業のスカウトを受けるのが現代の置ける探索者の“アガリ”だからだ。


 ダンジョンで一体何年戦う? 何年戦える? 何時までもぐり続けるのだ? 不安定な収入、命のリスク、安定しない環境……探索者という職業はロマンという言葉で隠しているだけで、正規社員などと比べればカスの様な存在だ。場合によっては1日頑張って赤字だってある。


 その赤字だって装備をロストした場合は当然のように数千万から数億クラスがあり得る。


 だから探索者は中級にまで上がると、企業の求人を確認したり、スカウトを待って探索者1本の人生から卒業する。企業のスカウトを受ければそりゃあ正規雇用なんだ、誰だってそっちの方が良いに決まってる。


 それこそよほど脳味噌がぶっ飛んでる奴でもなければ。


 或いは中級にもなれば事務所を設立し、仲間と一緒に業務を始める事だって出来る。そうすれば普通にダンジョンに挑むよりは生活も安定するだろう……そう、中級探索者は安定を求める傾向にある。


 下級という最も大きなパイを抜けきった探索者が目指すのはアガリだ。そしてそこから意志ある者が上級という魔境へと踏み込むのだ。だから俺の大半の知り合い、ダンジョンで知り合った探索者の類は当然のように此方への協力を拒否する。


 死にたくないからだ。今の俺は間違いなく泥船。しかも抜け出す方法がない。


「しゃーない、やりたくなかったけど金を溶かすか……」


 貯蓄は幾らぐらいあったか。銀行の口座を確認すれば残り残高が数億程度しか残っていない。そう言えば今、贔屓の工房に新作を依頼している関係でポケットマネーが壊滅状態にあった筈だ。数億程度だと特級クラスの探索者も傭兵も雇えないだろう。


 そうなると上級にまでランクを落とさないといけなくなるが、この予算だと事務所1つが限界……という所か。


「あんま助けにならないな。はぁー……結局親のコネ齧ってるの恥ずかしいなぁ」


 1日の終わりを迎え、天使をユイに預け、ユウキは既に家に帰った。


 1日の疲れを風呂で流し、美味しいご飯を食べて部屋に戻ればだいぶリラックスできるのが日常だった。それが今、非日常によって安らぎの時間が侵食されていた。時が経つにつれどんどん手詰まり感が増して行く。取れる手が少ないという事実に気づかされる。


 媚びるか、否か。


 横に転がり、枕に頭を沈めながらも必死脳を巡らせる。ここからどうすれば勝てるのか、どうすれば良いのか、どうすればあの子の笑顔を守られるのか、どうすれば自分の日常を守れるのか。天使を手放せば良い。そうするだけで全ては解決するのに、それをしていない。


「大企業に媚びるか? いや、ダメだ。あんな条件裏があるに違いない。頼ったら最後骨の髄までしゃぶられる……たぶん俺を通して母さんに影響を与える事が目的なんだろう。俺を懐柔すれば母さんも懐柔出来ると思ってるのかアイツら……」


 だとしたら馬鹿だ。アレは人の形をしているだけで中身は既に人間じゃない。


 恐らく60年前、ダンジョンが出現した日に。


 あの女の精神性は壊れてしまったのだ。


「……どうする、か」


 考えれば考える程助けを求める相手が減って行く。個人的に交友のある相手……は頼った所であまり力にならない。契約工房……は武器を作る事しかできない。数少ない戦力もユウキの護衛に回している。天使は俺が面倒を見るしかない。でも何かを切り捨てるしかない。


「……何を、切り捨てれば」


 己か? いや、それでは後が続かない。必要なのはこの後も続く行為だ。一体何を企業達は警戒し、そして天使に手を出すのは止めるのかという事を軸に考えなければならない。


「ふぅ、冷静になって考えてみるか―――この2日間のまとめだ」


 起き上がり、胡坐を組んでベッドの上に座り込みながら片手のスワイプでホロウィンドウを表示させる。それをタッチすれば旧新宿駅ダンジョンでの映像が投影される。ユウキの配信の切り抜き映像だ、見覚えのある景色と姿が映っている。


「昨日の放課後、ユウキに誘われて配信の手伝いをする事になった。初めて生配信に参加する事になって文化の違いに色々と驚かされたな……自分で潜る事よりも他人が潜ることを見て居たいって層がある事にも驚かされたな」


 探索者としての実力は正直そう高くはなかったが、センスは悪くない。教えた事をちゃんと守り、実行する能力があるのは成長出来る人間の証拠だ。まあ、ここは本題でもなんでもないのでスルーする。重要なのはこの後からだ。


「それで突然浅層で深層で起きる様なギミックが発生して、それを処理したら……ダンジョンの変動が開始する」


 新しいウィンドウを開き、そこにダンジョンが変化し始める映像を張り付ける。それを腕を組みながら見る。


「これが不思議なんだよな……どうしてここでダンジョンが急に変動現象を起こしたんだ? ダンジョンが変動を起こす場合は数日前からその予兆を見せる筈だからいきなり起こるなんて事はない筈なんだよな……人為的な事か? いや、流石にムリか……」


 現状の科学力ではダンジョンをどうこうする事はほぼ不可能に近い。出来る事と言えば最深部のボスを倒した後に出現するダンジョンコアを破壊する事でダンジョンそのものを崩壊させる事ぐらいだろう。それにしたって破壊した所であんな風にはならない。


 だからこそ、この一連の事件はこの瞬間に始まったと言える。軽くネットで検索すると、天使同様此方の事も話題に上がっている……天使に話題を食われがちだが、これも中々探索者にとっては死活問題だ。以降同じように突然の変動が発生した場合、即死ルートを辿る可能性が高いからだ。


「人為的か否か……その答えは出せないけど、解るのはダンジョンによって奥へと向かって追い立てられた事実だよな。アレは視聴者の入れ知恵があったとはいえ、事実上の1本道だった。つまり発生した時点で奥へと行くこと以外の選択肢がなかった」


 誘導されていた、と考えるべきだろうか。誰に? いや、その答えは絶対に出て来ない問いかけだ。この時点で考えるのは馬鹿のやる事だろう。今はこの部分をスルーしておく。


「この後でボス部屋に駆け込むと変動が一旦停止するんだよな」


 ボス部屋の画像。ボス戦の映像。WIKIにあるボスのデータ。これを並べると下級相当としては強い部類だが、俺からすればワンパン圏内の雑魚でしかない。だが面白いのはボス部屋に入った時点でダンジョンの変動現象が停止したように感じた事だ。


 やはり、誘導されているのか? そう感じてしまうのもしょうがないだろう。


「ボスを倒した後の転移陣は変色してた。それに乗って移動した先は見た事のない特殊なエリアだった。明らかに旧新宿駅とは違う場所……地下室から出ると聖堂のある森の中へと出た。そこでは異なる言語を喋る龍が居た」


 映像、画像、画像、映像―――考えを刺激しそうなものを空中に浮かべて眺める。


「コイツを狩ったのは悪手だったな……一旦引いて……いや、その場合ユウキの安全性を確保できなかったかもな。結果的に見れば悪かっただけであの時点では最善の判断だった筈だ……」


 後から思い返すと後悔ばかり募る。だがこの時はこれしか手段がなかった……知性はあったが、言葉が通じなかった。


「そして最後に天使を見つけた」


 そこから全ては狂いだした。襲撃、交渉、疲れ、寝たい。


 ベッドに横に倒れ込みながらはあ、と溜息を吐いた。浮かべていたホロウィンドウを全て消し去って、ベッドの柔らかさに感じ入る。これだけでもう眠ってしまいそうだ……いや、疲れているし眠るべきなのだろう。


「天使は宝箱の中に居た……という事はダンジョンか、或いはそれに干渉出来る意志が天使を配置した……ダンジョンは決して天然の産物じゃない。間違いなく何らかの意志がある。意志がダンジョンの方向性を決めてる……意志が、天使を送り込んだ……」


 ふぁぁぁ、と欠伸が漏れる。考えがまとまらない。流石にもう寝るか。部屋の電気を指のスナップで消して、静かに目を瞑る……明日が、もう少しマシな1日になる事を祈って。


 まあ―――まず間違いなくそんな日にはならないが。

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