寄り道
デートッ! という名の寄り道。と言ってもあまり派手に寄り道するのは今の情勢だと危ないのでちょろっと寄り道する程度でしかない。何も知らない彼女にとってこの小さな寄り道でさえ1つの冒険に違いないのだろう。
「これは? この赤いのは何ですか?」
「それはポスト。郵便局もだいぶ規模縮小したけど、未だに手紙を送りたがる人はいるからね。東光ディメンションやエーテル・フューチャー社が通信や空間技術を利用した運送業までやっちゃってるから本当に郵便局の立場がなくなっちゃったんだけど……」
初めて見る赤いポストに興味津々の天使。そんなのほほんタイムに笑顔で名も知らぬ誰かが近づいてくるので腹パンで地面に殴り倒してから近くの川に投げ捨てる。1人どころか何人かいるので天使がこっちを見てないうちに大量に川へ不法投棄する。雑魚が。
「何かばしゃばしゃ音がしました?」
「気のせいだよ。それよりあっちを見てごらん、絶滅危惧にある駄菓子屋だよ」
「だがしや……? わっ!」
駄菓子屋の方を指差すと一直線にそっちへと向かって天使がダッシュする。それを確認してから一瞬で地面を蹴って加速し隠れてカメラを構えてる奴らのカメラを一瞬で握りつぶして破壊、1発ビンタを叩き込んでから次のカメラを破壊して回り、一瞬で天使の近くまで戻ってくる。
徐々にだがこの周辺で人の数が増えているような気がする……ちょっと天使と外を歩いただけなのにもうこんなに注目を浴びているのか。治安が悪くなる前に帰った方が良いかもしれない。そう思っている間にも駄菓子屋の中に入った天使は古い時代から未だに作られる駄菓子屋チープな玩具に目を輝かせている。
「そうだよな、こういう駄菓子って何を買うかで凄く悩むよな……」
―――子供の頃の話だ。
母親失格であるマイ・マザーは養育費という言葉に対して首を傾げる極悪非道な生き物だった。流石ダンジョンをATM扱いする生き物は金銭感覚がだいぶ違う。そういう理由でお小遣いなんてものはなかったし、欲しいものは自分もATMという名のダンジョンへと潜ってお小遣いを稼ぐ必要があった。これ虐待で訴えられない?
無論、心優しい兄貴である俺はアリスちゃんへのお小遣いを渡す係もしていた。お小遣いの話をすると新しい武器が欲しいのか、新しい施術を施したいのかで首を傾げてくる母さんの極悪非道っぷりは、もはや相談するという概念を脳内から消し去る程に人としての感覚がズレている。
その為、小さい頃の我ら兄妹のお小遣いは非常に限られており、それを何とかやりくりしていた。
だから掌に100円玉を握って駄菓子屋へと突撃する気持ちは良く解る。
「天使」
「はい?」
「これ、渡しておくね。100円……お金の意味と価値は解る?」
「はい、さっきのカフェで使い方は覚えました!」
「なら、良し! 予算内で好きなものを買いな。勉強になるから」
「……! はい!!」
100円玉を握りしめた天使が店内を物色しだすのを見て、駄菓子屋の外に出る。とりあえず此方を伺っている気配が幾つかあるので、一瞬で脳と身体を戦闘モードへと切り替え、魔力をみなぎらせて一瞬で加速、質の悪そうな気配から潰して川の中へと放り込んで行く。
ぽいぽいぽい、と10人程始末すると気配が一斉に引いて行く。警告完了。これでしばらくは近寄ってこないだろう。駄菓子屋に戻り、値段を見ながら必死に計算と妥協点を見出そうと苦慮している天使を見る。
「何が1番欲しいのかを考えて、そこから追加できるものを選ぶと楽だぞー」
「欲しいものが多すぎますー!」
これが漫画だったら目をばってんにして叫んでるシーンなんだろうな、と思わせる会話らしいリアクションを見せる天使に、選択について思考を巡らせる。
世の中、何を切り捨てて何を拾うのかというのが結局のところ、重要だ。全てを拾い上げる事なんて出来ない―――そう、それこそ我がお母さまでさえそんな事は不可能だろう。だから1番大事なものを中心に、本当に必要なものだけを選別する必要がある。
だから天使は余分だ。間違いなくデッドウェイト、俺の余分な部分だろう。彼女を切り捨てるべきだと理性は言っている。だがそれとは違う、本能的な部分が彼女はこの先、絶対必要になると主張している。それは理性では理解出来ていない、超直感的な判断に基づく反論だ。
彼女は鍵に成りうる。だから理性を説得し、それっぽい理由を作り、彼女に近づき、そして懐柔しろ。自分の中の本能がそう言って、理解した理性がそれっぽい考えを構築する。
切り捨てるか否か。彼女の存在そのものが面倒であるのは間違いがない。だが同時に彼女の存在はダンジョンの深淵を理解する為には必要なものだ。だとすれば……きっと、彼女は必要なのだろうと思う。
取得選択。
世の中は大体そんなもんだ。何を選び、何を切り捨てるのか、その判断が重要だ。天使を拾うという事は必ず、俺が何かを捨てなければいけないという事だ。
「……犠牲のない選択はない、か」
「灰色さん! 選べました!」
「ん? あぁ、会計は出来たか? 良し、それじゃあ帰ろうか」
「はい」
店主のおばあさんがにこにこ笑顔で手を振ってくるのに軽く会釈を返し、2人で並んで店を出る。袋いっぱいに詰まった駄菓子を手に楽しそうに歩く天使を連れて家へ。軽く掃除した事もあり、ここから家までの帰り道はそれなりに快適だった。
家の前ではぼろぼろになったサイボーグをアルバート卿が骨代わりにガジガジと噛んで遊んでいる。そんな光景を無視して玄関に上がると、靴が一足多く置かれていた。
「お?」
「ただいまー! あ、ユウキだ!」
「ちっす、天使ちゃん。俺の皆勤賞と引き換えに見に来たぜーってうおっ、かわっ、え、可愛いっ!? 可愛くない!? ドレス姿も滅茶苦茶良かったけど、今の恰好も滅茶苦茶良いぜおい! ガチ恋勢増えるだろこれ」
「……」
気配を探る前に答えを天使が口にしてしまった。溜息を吐きながらブーツを脱いでリビングまで行くと、友人の元気そうな姿がそこにあった。よ、と軽い様子で片手を上げて挨拶してくるのに此方も片手を上げて挨拶する。
「よ、元気そうだな」
「おう……と言っても100%お前のおかげなんだけどな」
リビングのソファに座ってたユウキは立ち上がると近づいてきた、手を出してくる。それを掴んで体をぶつけあう様に握手し、にか、と笑う。
「ありがとうよ、マイ・フレンド。俺が生きてるのも、こうやって感謝を告げられるのもお前が色々とやってくれたおかげだぜ」
「……それを伝えに来たの?」
「おう」
どや顔でそんな事を言い放つもんだから、体から緊張感が抜けてしまう。相変わらずなんというか……本当に、コイツと友人をやれていた良かったと心の底から思えてしまう。はふ、と自分でも良く解らない感じの溜息を吐くと奥の方からふふ、と笑うユイの姿が出てきた。
「シュウ君、良いお友達持ってるんだから大事にしなきゃ駄目よ?」
「見ての通り俺は数少ない友人を非常に大事にする人間だよ。好感度を数値化するなら100の内100あるよ」
「もしかして今、俺シュウルートに入ってる所? いや、それよりもシュウ君よぉ……」
肩に手を回すとそのまま部屋の隅まで引っ張られる。
「アレ、なに? アレ?」
ちょんちょんとこっそりとユイに向かって指差してくるので、無言でサムズアップを向けると親指を掴んでへし折ろうと力を入れてくる。
「ぶ、ブルジョワッ! 美少女ブルジョワッ! 犯罪だろこれ、犯罪! 何あのゆるふわ系幼馴染、聞いてないぞ……いや、聞いてる気がするな……聞いてたな? 聞いてたけど此処まで顔面偏差値が高いとは聞いてないぞおい。何で教えてくれなかったのぉ……? もっと早く家に通ってたのに……」
「ユウキ、残念ながら俺達の友情はこれまでらしい」
「独占法違反って概念を知らんのか? ズルだろ! あんな可愛い子に世話をして貰うのはズルだろお前……! ズルいだろ……!」
「本当にそんなに可愛いと思うか……? 良く見てみろよ」
リビングの隅からユイへと視線を向ける。男2人の視線を受けたユイは天使と並んで何かな、と首を傾げてくる。
「な、可愛いだろ?」
無言で脇腹を殴られた。5発ぐらい脇腹に叩き込まれてからはあ、と大げさに溜息を吐かれる。
「はあー、良いよなあ! シュウは! 美人の幼馴染に可愛い妹! そしてイケメンで優しくて頼りになる友人がいてさ!」
「今凄い自分の事褒めたな?」
顔を見合わせるとへへ、と笑って軽く拳を叩き合う。ユウキも俺が無事そうでどうやら安心したらしく、軽く息を吐いたら背筋を伸ばす。
「いや、本当に良かったよお前が無事で。なんかさ、俺が頼んだせいで大変な事に巻き込んだ、というかなった? みたいな感じだしさ……シュウ、マジで大丈夫か?」
本題はどちらかというとこっちだったのかもしれない。どことなく不安げな表情にもう1度だけ、サムズアップを見せる。
「大丈夫、大体何とかなってるから」
「マジで? 流石だなぁ」
向けられる信頼の視線に良くまあ、大言を吐いたもんだと内心自分に飽きれる。
実際の所は、なにも解らないのに。
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