有能なほど濃い

「―――ま、今すぐじゃなくて良いからな。腹が決まったら教えてくれ。こっち側に来るのを楽しみにしてるぜ、2代目」


 その言葉と共に叢雲CEOとの顔合わせは終わった。そしてそれが終われば次に約束した交渉が来る。叢雲テクノロジーの次は東光ディメンションとの交渉だ。場所は変わらず、だが対面に座る人物は変わる。


『初めまして、灰色の嵐様。東方は東光ディメンションの交渉を担当をする1級交渉人のヘッドレスと申します』


 ヘッドレス、そう名乗った交渉人には文字通り頭が存在しなかった。その代わりに液晶モニターを設置しており、そこに顔文字や絵を表示する事で自分の表情を表現していた―――なるべく個人の感情を見せないようにする交渉事では合理的な姿をしている。


 合理的だった気がする。


 合理的だったんだけどなぁ……。


『まずは配信、見させていただきました。二刀長剣を使った次元裂き、実に見事で御座いました。いえ、いえ、本当に当初の技術をご利用いただきありがとうございます。アレ程の強度のものですとライセンス料、決して安くなかったでしょう? いえ、いえ、みなまで言う必要はありません。えぇ、次元移動からの攻撃はやはりロマンですとも。当社の部隊でも採用しているギミックですがこれを綺麗に成功させられる者は多くないのが現状でして……やはり次元酔い、起きやすいですからね。そこを灰色の嵐様はあれ程綺麗に成功なされたのはいや、はや、東光ディメンション所属の社員としては実に爽快だったと言わざるを得ませんでした。あの配信はあの後で社内で放送されまして皆で次元裂きのシーンは何度も何度もループ再生してガッツポーズを取りながら鑑賞会を行いましたよ……えぇ、当社の技術をご利用いただき誠にありがとうございます。本題に入る前に灰色の嵐様がロマンをご理解いただける稀有な人材だと評価してちょっとした話をしたいのですが、引き続き当社から大型ライセンスをご購入する予定は御座いませんか? あの次元裂きは確かに1級指定の技術ですが当社には勿論秘匿技術によるワンランクどころかツーランク上の次元関連技術があります。此方、社長の方から是非是非とお勧めされているギミックなのですが―――』


 交渉人が愛社精神に溢れた変態だった。顔面にハートマークを浮かべながら次元切断と空間スライドに関する技術の売り込みに本題そっちのけでのめり込んでいる姿はまさしく変態の一言に尽きる。その上で提示してくる金額も微妙に納得しやすい金額だから困る。


 なお此方、条件はほぼ叢雲テクノロジーに近く、ついでにワンランク上のライセンスまで出してくれるという大盤振る舞いだった。なお後者に関しては完全に趣味なような気がした。


 そして東光ディメンションとの面談が終われば、次はエーテル・フューチャー社の番になる。今度やって来た交渉人は前の2人と比べれば大分まともな姿をしていて、特に改造の入っていない普通の人間だった。普通のスーツ姿というだけでだいぶ感動を覚えそうになる。


『我々は貴方が提示する妥協点を受け入れる準備があります。灰色の嵐さん、貴方が本当に己と友人家族の身を案じるのであれば、速い段階で我々と話を締結し所属を移す事をお勧めします』


 ……が、交渉のように見えてエーテル・フューチャー社の交渉は裏では少し威圧を込めたもののように思えた。終始上から目線、しかし強制はしないスタイル。本気であればもっと追い込むような言葉遣いを使ってであろうが、最終的にエーテル・フューチャー社の交渉人は、


『当社は貴方の自由意志を尊重します。ですがそれはその代償に伴うものがある場合に限ります。灰色の嵐さん、貴方の選択肢が賢いものである事を当社は祈っています』


 終始、余裕を持っていた。まるで交渉そのものが失敗する事を一切気にする様子はない様に。


 そうやって3社との交渉、或いは面談を終えればもう外にいる理由もなくなる。パフェを食べ終えて満足げな表情の天使を連れて家に帰る事になる。その間ホロウィンドウを広げて妹へと通信を繋げ、片腕は天使が走りださないように常に腕を組んでおく。


『で、最終的に兄貴の所感はどうだった?』


「なんか終始余裕があって不気味な感じだったな。社としての資本があるから根本的にこっちとは握ってる資産の桁が違うのはそれはそう、なんだけど。それ込みでも意外とガツガツしてない……ってか、そこまで必死に天使を求めてない感じ? がしたな」


『ふーん……もう既に奪う為の準備をしてあるとか?』


「あの3社は少なくともそんな事をしないと思うなあ。大企業がそういう風に動いたら裏で取り合いの戦争が始まりそうだし、そうなったら経済吹っ飛ぶだろうしな。少なくとも強奪する様なやり方を大企業が取ってくるとは思わないよ」


 何らかの法律の抜け道を使って此方から引き剥がすぐらいの事はしそうだとは思うけど。それにしてもあの態度は手元にあってもなくてもどちらでも良い、という風に取れた。居場所そのものはそう重要ではない、のかもしれない?


 なら何故コンタクトを取って来た? 態々交渉するという席に付いてからそういう態度を見せたのだ? そういうパフォーマンスが必要だったのか? こういうパフォーマンスを取る事で何かが有利に運ぶから? この動きそのものが後から何らかのプラスになるのか?


「駄目だ、まるでわからん……」


『兄貴、そんな頭良くないから無理に考えた所で答えなんて出ない出ない』


「そんなぁ」


「なぁー?」


 真似する天使が首を傾げながら見上げて来るので、一緒に首を傾げる。楽しそうに笑う姿を見ていると心が軽くなってくる。とはいえ、俺が今こうやって苦労しているのは何よりもお前が原因なんだけどな。


『案外』


「ん?」


『裏では既に天使が発見されていて、うちの天使は1人目じゃなくて2人目か3人目だったりしてね。そうだった場合、企業側もそこまで必死になって確保する必要はなくなってくるんじゃないかな? 片手間で手に入るなら良し! ってぐらいの優先度には落ちるかも』


「うーん、ワンチャンあり得る……天使ちゃんは、家族とかいたらどうする?」


「……? ここに居ますよ?」


 腕をぐんぐんと引っ張る天使から視線を妹の映るホロウィンドウへと向け、何時の間にか家族認定されていた事実に兄妹で困惑しつつ、溜息を吐く。面倒ごとばかり重なるが、それでもこの少女をどこかに送り出そうという気はしなかった。割れながらだいぶ絆されている。


「灰色さん」


「ん?」


 するりと腕から抜け出すと、天使は少し先にまで走って進み、スカートをふわりと広げながら振り返り、満面の笑みを浮かべる。


「私、とても楽しいです。灰色さんと一緒に居るのがとても好きです。たくさん見せて教えてくれる貴方の事がとても好きです。私を大事にしてくれる貴方が大好きです」


 そう言うと楽しそうに手を広げて走りだす。


「何でそうもストレートに恥ずかしい事を言えるんだよアイツ……!」


『何? 鞍替え? 姉ちゃん捨てて天使になった? やっぱ幼馴染って最終的に負けるフラグなんだなぁ、ってのが良く解った。兄貴thx』


「お前今夜飯抜きにされてもしょうがないぞそれ」


『言う訳ないじゃん。でも正直な話、兄貴って性癖的にどっちが好きなの? でかい方が好きなのは前々から知ってるけど』


「兄の性癖を解体して楽しいか? 楽しそうだな。俺は楽しくないぞ」


『草』


 草生やすな。妹から逃げ出すように走って逃げた天使を追いかける。群がりかけていた通行人を天使に追いつく事で追い払って、そのまま腕を取るように組んで、ちょっと駆け足で帰り道を進む。相変わらず歩いていると視線を凄く感じるが、もう気にする事は止めにする。少なくとも気にした所で遅い。


「まあ、多少騒がしくなったけど悪くはないな」


 まあ、人生には少しぐらい彩りが必要だ。今、自分の人生に天使という彩りが増えたが―――まあ、悪くはないと思っている。面倒だが、本当に面倒だが……それでも自分の人生が少しは楽しく思える。そんな娘だ。


「このまま真っすぐ帰るのもつまらないか……ちょっとデートして帰るか?」


「デート……デート! はい! なら私、あっちに行きたいです!」


 完全に適当に思える感じで指をさすと、此方の返事を待つ事もなく引っ張って行く。エネルギッシュな姿に引っ張られながら天使に付き合う。


 先行きはまだ解らないが、それでもこういう時間も悪くはないな、と思って。

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