イケメンは辛いよ

 用意されたフォークとナイフを見て最初は使い方に困るが、1度ユイが使い方を見せればすぐに正しい使い方を覚えた天使は、完全にユイの使い方をトレースするようにパンケーキを食べ始めた。そもそものユイの食べ方が上品なため、それをトレースする天使はその容姿と相まって気品さえ感じさせる。


「美味しい! 美味しいですよ! これ凄く甘くてふわふわな味がしますよ灰色さん!」


「おう。逃げないからゆっくりと味わえ」


 この無駄な元気さえ無ければ。この元気があるからこそ彼女らしい、とも言えるのだろうが。ただ黙ってれば間違いなく美人と言えるタイプの娘だった。そこだけはちょっと惜しいかもしれない。


 そう、俺の性癖はだいぶ幼馴染によって開拓されている部分がある。静かなタイプの方が割と好きなのだ。惜しいなあー。


 それでもまあ、美味しそうにパンケーキを食べている姿は見ているこっちが元気を貰える気がする。パンケーキを切り分けて小口でちびちびと食べる天使を眺めつつさて、と椅子の背もたれに寄りかかりながら声を零す。


「天使ちゃん、そのまま食べながらで良いから話をしても良いかな」


「勿論です、なんでしょうか灰色さん」


 むしゃむしゃもぐもぐと天使はパンケーキを食べながら此方に視線を向けてくる。ひと眠りして、気分も落ち着いた頃だ、そろそろ天使とも今後の事について話さなければならないだろう。だからなるべく真面目な雰囲気を作ろうとして……止めた。


「天使ちゃんはさ、何も覚えていないんだよね? 宝箱の前の事」


「はい! 何か音がするなあ……と思って起きたら灰色さんがそこにいました!」


 えっへん、と言わんばかりの表情の天使に苦笑しつつ、頭を回す。やはり、記憶喪失なのか、或いは最初から記憶というものがないのか。記憶がない代わりに基本的な常識や日常生活に必要な知恵みたいなものはある。所謂エピソード記憶のない状態だ。


 だが思えば地上に出た時、夕日を見て驚いている姿も見せていた……いや、駄目だ。まるでなにも解らない。あの水晶龍とまともに喋れなかった事がまた痛いのかもしれない。あの龍は明確に話しかけていた……つまり何かを知っていて守っている存在だったのだ。


 話が通じれば、何かを知る事も出来たかもしれない。が、まあ、それも後の祭りだ。


「天使ちゃんは何かしたい事とかある?」


「したい事ですか? うーん……」


 天使はパンケーキを食べる手を止めると、可愛らしく首を傾げて考え込む様になり、それから顔を上げて笑顔を見せる。


「灰色さんと一緒に居たいです!」


「そっかぁ」


『答えになってなくて草』


「きゃんきゃん!」


「天使ちゃんはシュウ君の事が大好きなのね」


 アルバート卿と妹が全力で煽ってくるのを無視する。それはそれとして困ったな、というのが純粋な感想だ。天使、具体的に何をするべきか、何を七あのか、何を目指せばゴールなのか……というのが全く見えてこないのだ。


 それともなんだ、このまま天使を預かって育てろ、という事か? というより今の所この線が濃厚だろうか。天使の学習能力の高さとその無垢さを考えるに、彼女をどう扱い、どう育てるかが監視されているのかもしれない。いや、流石にそれは穿った考え方か。駄目だ、まともなアイデアが出て来ないな。


「天使ちゃんはさ、記憶を取り戻したいと思う?」


「うーん、どうでしょう? 灰色さんがそうするべきだと思うなら私はそれでいいと思います! あんむっ、んー! 美味しいです!」


 記憶を取り戻す事に関しては消極的賛成。別にそこまで記憶に対する興味や執着がある訳ではないようだ。それよりも今、新しい事を見て知る事が楽しいと言わんばかりだ。ならば、と質問をこの後の事を想定してしてみる。


「……天使ちゃんが記憶を取り戻す為に俺から離れる必要があるとしたら、どうする?」


「いりません」


 凄い速さで、天使から回答が来た。パンケーキを食べていた手を止め、此方を見ながら断言する。


「嫌です。離れたくないです。灰色さんと一緒が良いです。灰色さんは、私の事が嫌いなんですか……?」


 そう言うと気のせいかちょっと光翼が萎れる様にだらり、と下がった。ホロウィンドウの妹と、足元のアルバート卿と、そしてとなりに座る幼馴染から無言の圧力を感じる。凄いなあ、一瞬でこの家から俺の味方が消えてしまったのだな、と心の中で泣く。


「いや、そうじゃないそうじゃない。ほら、もっと頼れるところがあるならそこに天使を預かって貰うのも手だろう?」


「嫌です!!!!」


「うす……」


 作戦名:信用できる所に預ける、不発。


「本当に天使ちゃんは好きなのね、シュウ君の事」


「はい、好きです。大好きです。灰色さんの事が大好きです! ユイも好きなんですか?」


「えぇ、私もシュウ君の事が大好きなの」


「一緒ですね!」


「そうね」


『言われてるよ兄貴』


「聞こえてるよ……」


 聞こえてるからなるべく聞こえないフリをしているという事を理解して欲しい。顔がちょっと赤くなっているのを自覚してそっぽを向いてるけど、この生意気なホロウィンドウは回り込んで人の顔を覗き込もうとしてくる。掴んでそのまま投げ捨てる。


「はあ、大丈夫だよ。見捨てたりはしないから。それよりもちゃんとユイの言う事を聞いて良い子にするんだぞ?」


「勿論です、私は良い子だと評判ですから」


「どこの評判それ?」


 どや顔を浮かべる天使の姿にちょっとだけ呆れつつ、軽く手を振って立ち上がり、席を離れる。そのまま廊下に出てよいしょ、と階段に座り込む。ここからならダイニングは見えるが、声は聞こえないだろう。すぐ前に妹の顔が映るホロウィンドウがやってくる。


『で、ちょっと調べた感じの話聞く?』


「聞く」


 ホロウィンドウが複数浮かび上がる。短い時間の間に妹が調べ上げた世間の反応や企業の動きに関してが纏められている。やはりどこも慌ただしくなっているようだ。世間的には襲撃の件を含めてだいぶ同情的な意見が寄せられているようだ。


『世間的なヘイトは低いかなぁ。【ダンジョンで美少女拾ったったwwwwww】とか釣り乙ですまされそうなもんなんだけどね、これがリアルになって嫉妬される前に襲撃受けてるからそういう空気じゃなくなってる感じ』


「ある意味昨晩の馬鹿に救われてるか。特定は出来てる?」


『無理。使い捨ての義体を追うのは流石にキツイ』


 まあ、そりゃそうか。それに追った所でそこまで意味のない事もである。それよりももっと頭を悩ませる事があるのだから。


「で、大企業はどんな感じ?」


『表向きは静観してる。何らかのアクションは見えない感じかなー。まあ、これがブラフで実は水面下で特殊部隊用意してる……って言われたらもう終わりなんだけどね。その場合はもう一家そろってゲームセットって感じだよ。ママの帰りを待とう!』


「頼りたくねぇー」


『死ぬほど気持ちは解るけど、こんな状況どうにかできるのママぐらいだよ』


 それが解ってるから嫌なんだ。あの人類の中でも有数の暴力の化身に頼るという行いがどれだけ最悪なのか。それを1番理解しているのは家族をやっている自分と、そして妹だ。もう2度と地上に戻ってこないで欲しいと思っているのに、早く家に戻ってきてくれとも思っている。頭がおかしくなりそうだ。


『だけど驚くほど反応がないね、大企業連中からは。何らかの動きがあるかと思ったけど。反応が大きいのは中小企業ばかりだよ』


「ん-……流石に解らないなあ」


 企業連中が何を考えているのか、それを現時点で憶測するのは難しい。理想は興味がないから放置、という所なのだが流石にそれはあり得ない。となると接触の準備中という所だろうか? 近いうちにコンタクトがありそうだ。いや、でも、嫌だなあ……。


『You、もうめんどくさいし、天使ちゃん手放しちゃいなよ』


「流石に後味悪すぎだろ」


 その答えに妹のホロウィンドウが目の前までやってくる。


『本当にそう思う? あの子、たぶん人間じゃないよ? たぶん人の姿しているモンスターだよ』


「……」


 ダイニングの方で楽しそうにユイと会話している天使を見る。ああやって笑って光翼をピーン、と伸ばしながら表情をころころと変える姿を見ていると普通の女の子にしか見えない。無論、あの光翼は異質なものだが、それ込みでも可愛らしい少女にしか見えないのだ。


「それでも、だアリス。効率が良いから。それが最短ルートだから。不要だから。そういう考え方だけで生きて行くとやがて母さんみたいな生き物になっちゃうよ。俺、あんな風にはなりたくないよ」


『それは……まあ……』


 反面教師としては歴史的逸材である母君の事を思い出し、兄妹で顔をしわくちゃにする。頼りたくない時ほど思い出してしまうのはどうしてだろうか。いや、解り切った事だ。血で繋がっているからどうしようもなく意識してしまうのだ、あの怪物と。


「正しい事だから正しい事をする。それで良いだろ。そういう事が必要だろう、俺達兄妹には」


『うん、まあ、確かにそう言えなくもないけど……でも、本当にどうするの?』


「どうしよっかなあ」


 もうめんどくさいし片っ端から企業襲撃して回って天使狙うならぶち殺すぞって脅迫するか? 完全なる蛮族交渉! 駄目だ、これ完全に母と同じ思考回路だ。頭の中から悪しき母の思念を追い出さなくてはならない。このままだと俺も灰谷家伝統の蛮族コミュニケーションに目覚めてしまう。


 と、そこで、ピピっとメッセージの受信を示すアイコンが点灯した。


 無言で空間をタッチしてみれば、そこには誰もが知る企業からのメッセージが届いていた。


 それも全部で3通。


『叢雲と東光とエーテル社かあ。兄貴、骨は拾うね。残ってたらだけど』


「死亡前提で話を進めるの止めないか?」


 はあ、と溜息を吐いてからダイニングにいるユイと天使を見る。2人の姿を見て、守るべきものを確認すると少しだけ活力が体に満ちた気がする。


「ま、頑張りますか……」


『こっちでも引き続き調べておくよー。ファイト、兄貴』


 この案件をさっさと片付けてダンジョンに潜りたい。その気持ちを抑え込みながら3社と会う為の準備をする。

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