愛しの我が家
「ふぅ、何とかユウキを家に送って護衛も付けて来たし、しばらくは心配いらないな……」
今回の件、ユウキに悪い事は何もないし、俺も勿論何も悪くない。当然、この典氏の少女にも罪は一切ない。それでも厄介な事になってしまった以上、誰よりも強くて金のある俺が出来るだけどうにかするのは筋というものだ。
力がある事そのものに義務はない。
だがそれを扱うものに心が求められる。心のない力などただの暴力でしかない。そういう暴力の心ない使い方は十分見てきたし、格好いいか悪いかで言えば格好悪いだろう。フェアに、とは言わないがせめて格好悪い姿はしたくない。
それも自分のような人間を友人だと言ってくれてる奴が相手であれば猶更。
だから家に送り届け、護衛の都合をつけ、メッセが届いてるのを確認してほっと息を吐く。こういう時に金ではなく人情や義理で動いてくれる知り合いがいるのは何よりも助かる事だ。何時か知り合いに何らかのお礼をしなくちゃな、と思いつつ天使を背負って家に帰る。
ここに至って、逃げ込める場所がないという事実は割と危機を覚える事だった。有事の際何らかの企業の庇護がウケられないのは死刑宣告に近い。ダンジョンに逃げ込むという選択肢は、妹を置き去りにするという選択肢でもある。まあ、辛い選択肢だ。中々選べるもんじゃない。
なら企業と契約するか、という話もまた違う。今の地上に優良企業と呼べるものが果たしてどれぐらいあるのだろうか? ダンジョンの登場によってタガが外れた人間の欲望はもはや法律というルールで縛れない程に肥大化してしまった。
だからこそ各々が自分の心にある良心と言うべきものを守らなくてはならない世の中になっている……とは父の談だったか。
「むにゃ……」
「全く、人の気も知らずに気持ちよさそうに眠りやがって……」
気配を殺すだけ無駄なので、アプリの迷彩効果のみで歩道車道を無視し、家屋を飛び越えて真っすぐ家へと向かう。背中に押し付けられる大きく柔らかい感触はまあ……この際、運ぶ経費として堪能させて貰おう。ただその肉体強度から考えるとこの柔らかさは異様にも思える。
感じられる柔らかさと、物理的な強度がマッチしない。まるでモンスターの強靭な肉体の様なあべこべさ。或いは概念的な守りが働いているのか。どちらにせよ、計測結果と合わせて考えると肉体のありとあらゆる事がオーパーツ染みたものだ。
ダンジョン出現から60年、こんなものがダンジョンから現れるのだ……時代がまた、変わりつつあるのかもしれない。
「と、見えてきた」
目的の住宅街に到着した所で屋根の上から道路の上へと音もなく着地する。ここまでかなりの速さで飛ばして来たから尾行の類はないと思うが、そもそも家の住所は割れている。張られている場合はどうしようもないだろう。
その場合はその場合、と諦めて家の前で迷彩を解除して家の門を開ける。
「ただいま」
電子ロックを音声認証で解除すると、家の扉が開く―――普通の二階建ての一軒家、どこにでもある様な住宅街、化け物の様な実力者が住まう家としては普通過ぎるとも言える家。それが俺の、或いは俺達の家だった。母曰く、広くて大きくて別に良いという訳ではないとの事。まあ、それに関しては同意する。
住み慣れた我が家に戻ってくると安心感を覚える。担いでいた天使を玄関に下ろし、外を伺ってから扉を閉める。
「ふぅ……やっと帰って来れた」
「お疲れ様、シュウ君」
振り返って玄関へと視線を向ければ緩いウェーブのかかった茶の長髪の少女―――年のころは俺と変わらない、つまりは幼馴染の姿がそこにあった。肩を出した様な雰囲気同様に緩い部屋着姿でお帰り、と言ってくれる。
「なんだ、ユイ。来てたのか」
「シュウ君大変そうだからね、助けなくちゃ、って」
「俺の事より自分の心配しとけよ」
靴を脱いで玄関に上がり、下ろしていて天使をもう1度担ぐ。とりあえずゲストルームが相手る筈だからそこに運んでしまおう。天使を担いでゲストルームに向かい、ベッドの上に放るようにリリースする。それでも眠りが深いのか、起きる様子は見せない。暢気な寝顔をしている。
「ほら、そこは困ったらシュウ君がどうにかしてくれるし」
「母さんほど万能で滅茶苦茶じゃないからそんな期待しないでくれ」
寝ているのを確認してから扉を閉める。とりあえず眠っているならしばらくは放置だ。掟から話をする事として、他にやるべき事は……と、考え出す瞬間にほっぺを両手で挟まれた。
「シュウ君。朝ごはんとお風呂、どっちにする?」
「……朝ごはんで」
「宜しい。アリスちゃん、心配してたからちゃんと顔を出してあげてね?」
「うっす」
頬を解放されるとユイがキッチンへと向かうので、その背中姿を見送ってから溜息を吐く。あの様子じゃしばらく来るなと言っても普通にウチに通うだろう。まあ、彼女がいなくなると生活のQoLが下がって大変なのだが。
「困ったもんだ」
守るもんがあると、色々と。何も考えずにダンジョン潜っちゃ駄目か? 駄目かー。今の世の中、ダンジョンに纏わる資源や利権の事で何も考えずにダンジョンt何作するというのは大変難しい。素材1つとっても税金のせいで元値で売れないし。だから皆密売に手を出すんだなー。
「ライブリーちゃんの顔を見ておくか」
幼馴染が朝飯を作っている間に階段を上り二階へと向かう。一番奥の部屋の扉を確認すれば、《アリスの部屋》というホロサインが施されている。2度、拳で軽くノックすると内側から声がする。
「入っても良いよー、おかえりー」
どことなく気の抜けた声がする。扉を開ければそこに広がるのは大量のモニターと電子機器に囲まれた部屋だ。時計を抱えた大きなウサギの人形だけが彼女の名前とマッチしそうな置物だ。それ以外は徹底してサイバー化された部屋だ。
大量のサーバーにVRツール、ARツールに開発用のエンジン、そういった電子の世界に携わるありとあらゆるツールが詰め込まれた一室、とてもじゃないが女子の部屋とは思えない姿をしている。
その奥、大量のホロウィンドウの前で下着姿のままクッションに寝転がったままのぼさぼさで、野暮ったい程に長く伸ばしっぱなしになった銀髪の少女が此方に手を振った。
「やっほ、兄貴。地上波デビューおめおめ」
「こんな事でバズる予定はなかったんだけどなあ」
「何言ってんの? その歳で実質上級並のプレイヤーじゃん兄貴。それがこれまでロクにSNSも配信もしなかったのに出てくるんだから話題性抜群だよ。そりゃあバズるわ。上級って良くも悪くも影響力高いのばかりだし」
「そっかぁ? そっかなぁ……お兄ちゃんそういうの良く解らない……」
「解っておきなよ。これから嫌でも有名になるんだから。ほら、これとこれとこれ読んで」
そう言うとアリスが複数浮かべたホロウィンドウをこっちに投げ渡してくる。飛んできたホロウィンドウを受け止めて浮かべ、確認するとユウキの配信に関するコメントや期待、評価などがSNSで死ぬほど流れている事に関してだった。
「自作自演、炎上、事実、天使ちゃん可愛いやったー、から色々と流れてるけど全体的な評価で言えばまあ、ありえるし面白ければそれでいっかな……って所かな。兄貴に関しては中~上帯では既にそれなりに名が売れてる影響もあって疑問視する声はないよ」
知り合いがSNSで反応してるのも影響が大きいか。上級まで来るとどこかのパーティーか、チームに所属している場合がほとんどで、色んな方面で影響力を持つ。そういう連中の動きはくまなくチェックされているらしい。
「今回に限っては特級も注目してるし、今ネットは兄貴とユウキchで話題が独占中、って感じ」
「それ、有利に運ぶと思う?」
どういう意味で、とは言葉にする必要はないだろう。
「世論なんて気にしない連中だって兄貴知ってるでしょ。まあ、どっかで落としどころを作るのが丸いんじゃない? とりあえず昨晩から偵察に来てるドローンは全部ウィルス送って、監視に来てる義体は全部感度3000倍にして送り返しておいたから。兄貴は兄貴で好きにやっちゃって」
「優秀な妹がいてくれてお兄ちゃんは嬉しいよ」
溜息を吐いてベッドに腰かける。SNSや記事を確認する限りはやっぱり興味の中心は天使の存在になっている。誰もが彼女の素性や状況を気にしている―――ユウキの配信に天使を出させたのは世間の関心を引く為でもある。
襲撃を受けている現状、そして天使という存在を少しでもアピールすれば表立って企業連中も襲撃し辛くなるだろうという打算を込めた行いだ。その結果、ここまでSNSで爆発的な興味を引いてしまっているのはちょっと、予想外だったが。いや、ある意味必然か。
「それで次はどうするつもり? 別に兄貴があの天使を保護する事そのものに文句はないよ? でも何時まで預かってるつもり? ずっと面倒見る予定? そもそもどうしたいの? そこら辺考えてる?」
「失礼な、俺が何も考えずに美少女を家に連れ帰る男だと思ってるのか」
「うん」
「お前はお兄ちゃんの事を良く解ってる」
男なら誰だってモテたし、可愛い女の子とお近づきになりたい。相手が美少女ならなおさら仲良くなっておきたい。身近に可愛い女の子は増えるのは増えるだけ良い事なのだ。ただし、それにめんどくさい人間関係が付随しなければ。
「兄貴って割と面食いだよね」
「誰だって最初は性格の前に顔見るだろ、顔。やっぱ可愛いのが一番大事だよ」
「シンプルにカス」
とはいえ、と区切る。
「アレを放置して帰るってのは相当後味悪いだろ。俺が見つけた責任もあるし、落ち着く所まではちゃんと面倒を見るつもりだよ」
「まあ、そんな所か……」
凄まじい勢いでホロウィンドウが出現しては消える。流れる様に消えて行く幾多ものデータの海を眺めながら妹が振り返る事無く言葉を続ける。
「ま、今は暇だし兄貴の代わりに色々と調べておくよ」
「サンキュー、アリス。愛してるぜ」
「はいはい、愛してる愛してる」
呆れた風に溜息を吐きながらも既に電子の海に意識は半分没入している妹の姿を眺めてから、立ち上がる。そろそろ朝飯が出来る頃だろう。それを食べ終えたらどう動くか、色々と決めなくてはならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます