企業という重み

 使っていた二挺のショットガンを握りつぶして破壊しながら纏めた残骸の中へと投げ込む。もはや物言わぬ鉄くずの山となった義体の数々の中に埋没する1つのゴミとなったショットガンから視線を外し、空を見上げる。


 暗かった空は何時の間にか明るくなり始め、朝日が昇ろうとしていた。


「見てみて支部長、朝日が昇ってるよ。可愛いね」


「なにも可愛くねぇが? 俺の支部がぼろぼろになってるんだが? クッソ、明らかに使い捨ての義体で来やがって! 明らかに使い捨てる気満々じゃねえか! ……どうだ、電子脳から何か抜けたか?」


「壊れる瞬間に焼いてあるでしょ。まあ、協会を襲撃する馬鹿なんてそう多くはないし、こんだけの義体が投入されてるなら金の流れからある程度はどこが犯人か掴めるだろ」


「クソが、絶対に見つけて潰してやるからな……」


 拳を掌に叩きつけて憤るヨシザワを横に、破壊しつくした義体を確認する。


 義体とは脳を含めたすべてのパーツが機械で構成された機械の体だ。脳にインプラント型の電子脳を抱える人はそれを通してインターフェース型よりも遥かに高度で細かい電子制御能力を得られる。


 今では手術なしのナノマシン投与で脳に電子脳を追加する事が可能だ。電子脳とは銘打っているが、これは一種のチップだ。脳にチップを植え込む事で大分の端末無しで電子制御を可能とするのだ。


 俺みたいに“肉体の純粋さ”を重視し、テクノロジーではなくルーン刻印等の神秘による強化を求めるタイプはこの手の施術には否定的で、スマートフォンなどを使ってホロウィンドウの展開や操作を行っている。


 体に少しでも科学的パーツを組み込むと魔力の溜まり具合というか、淀みみたいなものが出来て悪くなるのだ。その為、魔力の維持の為にスマホを使うしかないのだが、こういう義体使いは使う道具に縛られない。それが彼らの強みだろう。


 ……時にはこうやって、体を使い捨てる事も出来る。


 まだ無事そうな義体の頭を掴んでハッキングツールを呼び出し、電子脳に繋げてみるが……やはり焼ききれてる。プロフェッショナルの仕事だ。電子脳が焼かれてるんじゃログは抽出できないだろう。恐らく全員、死ぬ前にログアウトしてる筈だ。


「レテの5版、隠密作業用の義体だな、これ」


「忘却機構だったか? 軽度の認知を“かもしれない”とか“気のせい”にする事で索敵や記憶に残らない事を目的とする義体……か。ガチガチの隠密特化型じゃねえか」


「まあ、相性が悪かったな。この手のタイプは相当金をかけてないと上には通じないし」


「言い方は悪いがそれ以外はそんな強くなかったな」


 まだ無事だったショットガンを1つ手に取り、軽く構えてから分解して投げ捨てる。まあ、一般的に言う上澄みサイドの人間としてはこれぐらいの襲撃でどうにかなるほど弱いつもりはない。つもりはないのだが……このまま、襲撃が続くと困った事になる。


「お前はともかく、嬢ちゃんと坊主はどう守るつもりなんだ? キツイだろ」


「……」


 どかり、と半壊したソファにヨシザワが座り込む。部屋の隅ではユウキと天使が配信疲れから肩を寄せ合って眠っている。配信で盛り上がっていた……というよりは戦闘の緊張で疲れている様にも思える。ユウキに関しては完全に巻き込まれている側だし。


 ストレージから缶コーヒーを取り出して、1本ヨシザワに投げ渡してもう1本自分様に取り出す。缶を開けて喉にコーヒーを流し込みながら眠気を飛ばす。家に帰ったらもうちょっと味がマシな奴を淹れて飲みたい所だ。


「……」


 どうしたもんか、と瓦礫に山に座り込みながら考える。こうやって襲撃された所で相手は……と呼ぶには不特定多数が広すぎて困るのだが……本気だ。企業連中はまだ纏まっていない状態で此方に干渉してきている。だがそれを跳ねのけ続ければ本気になるのが目に見えてる。


 それだけ天使の存在は大きく、重たい。


「灰色、お前は最悪ダンジョンに逃げ込めばどうとでもなるだろう。あの嬢ちゃんも体が普通じゃない。あの翼なんざ目には見えるけど計器では絶対に観測できない未知の物質で構成されてやがる。俺達が知るエーテルや魔力とはまた別の物質だぞ? それだけでも爆弾みたいな情報だ」


 欲しがる奴は、どこにでもいる。そう言っているのは理解している。そもそも探索者協会は中立の組織だが大きな組織だ。そこを襲撃するという事は多少は睨まれても構わないという意思表示でもある。


 どこぞの大企業の庇護下に入らないとキツイだろう、これは。


 手持ちの名刺を確認する。コネのある企業は幾つかあるが、大体が武器製造関連で先端企業となると限られる。連中は良くも悪くも裏のある企業だから手を組んだとして良いかどうか……。最悪の最悪の時は俺が天使を連れてダンジョンで生活を始めれば良い。


 それに関してはやりようがあるし、地上を捨てると考えれば出来なくもないだろう。本当に最悪の場合だが。


「つーか、お前には母親がいるだろ。アレに頼れよ」


 ヨシザワの言葉に顔を一瞬でしわくちゃにさせてしまう。そんな俺の表情にヨシザワが妙なものを見る様な顔を作る。


「え、なに。なにその顔。なんかあんのか?」


 はぁ、と溜息を吐いて天井を見上げる。


「ウチの母さんさ」


「あぁ」


「1年ぐらい前に“ちょっとアフリカ行ってくる”ってコンビニに行ってくる感覚で家を出てからずっと音信不通でさ……」


「……え、家の事ととかどうしてるんだお前」


「お隣の幼馴染が家事してくれたり、税金とかは俺が払ってたり……年末調整も……」


「もう、良い。もう何も言うな……」


 静かに片手で顔を覆ったヨシザワは泣いていた。母親は行方不明だし、妹はネオニートだし、偶にちょっと家庭環境で泣きたくなるなあ、と思う事はあるけど別にそこまで酷くはないと思う。離婚した父さんも時々見に来てくれるし。いや、でもこれ10割母さんが悪いなあの人間のカス……。


「まあ、でもあの化け物の事だし俺のピンチを勝手に察知して勝手に帰ってくると思うよ」


「家族からも人間扱いされてねえんだな」


「アレに育児って概念はなかったよ。胎の中に子供がいるって知ってあのクソボケどうしたと思う? 今からダンジョン潜ればお腹の子を強く出来るかもしれない! とか言いながら破水するまでダンジョン潜ってたクソボケだぞ。俺が産まれた後の事を察して」


「おぉ、もう……」


 それ、違法じゃねえの? 残念! 法律って法律でどうにかなる生き物向けなんだわ! 法律と暴力で止める事の出来ない生き物が存在する時、法律ってのはどこまでも無力なのだ。だから今、企業連中は好き勝手やっているのだが。


 道路で殺人事件が起きても昔のように警察が取り締まれる範囲は少ない。それだけ国家としての、法の力が弱まっているという事だ。だからこそ今の時代、一般人でもダンジョンに潜る事が出来るのだが。国家の力が祖のままだったら、個人での武器所有なんて許されなかっただろう。


「まあ……ユウキにはこっそり護衛を付けておくよ。引き受けてくれそうな顔見知りは何人かいるし、それに頼んでしばらくの間はこっそり守って貰うよ。幸い親のおかげでコネには事欠かないしね、後は俺が個人で天使を守ってればしばらくはどうにかなる」


「その間にどっかの企業に渡りをつけるつもりか」


「まあ、それしかないかなあ、って」


 企業との交渉を行うとなると、此方が絶対に守らなくてはいけないのは天使の安全と身柄だろう。少しでも相手にゆだねる様な事をすれば、そっから勝手に奪って好き勝手やるだろう。それが出来ないようにする所にどうにか落とし込まなくちゃいけない。


「国内最大規模の企業は叢雲テクノロジーと、探索者教会と、東光ディメンション、エーテル・フューチャー社とテラ・エクスプローラーズかあ」


 叢雲テクノロジー、国内最大規模の電子、機械関連の総合企業だ。俺が仕様しているスマホも叢雲テクノロジー産だし、ここでは探索者向けの多くのアプリや電子機器を売り出している。それは同時にサイバーウェアも含み、武器の製造や販売も行っている。


 常にダンジョンから齎される資源や新技術、概念を利用して電子機器に転用しており、高い技術力を誇っている。幾つかの革新的な技術に関する特許技術を所有しており、確か人間の五感

と認知に関する固有の技術を保有していた筈だ。


 探索者協会、国内ナンバーワンのシェアを誇る探索者の支援組織。支援組織とは言っているがしっかりと所属などで金を取ってるし仲介料も取っている。だがそれと引き換えにダンジョンでの探索を助ける様に様々なシステムやサービスを構築している国内最古の探索者支援組織だ。


 協会に関しては既に中立を宣言されてる。


 東光ディメンション、空間技術を扱う企業だ。ストレージでおなじみの電脳空間や位相空間に物質を転送したり保存する技術、それを開発、特許を保有しているのが東光ディメンションだ。黎明期にはマジックバッグと呼ばれたアイテムを分解、解析した所でこの技術が生まれたらしい。


 誰でも空間に道具をしまう事が出来るようになったのは、ダンジョン探索だけではなく日常生活や物量を大幅に助ける事となった。1度に運べる荷物は増えた事により物資の輸送はこれまでよりも遥かにローコストで行えるようになり、トラックドライバーたちは一斉に無職になった。これで昔暴動があったらしい。


 エーテル・フューチャー社、エーテル通信と呼ばれる通信技術を扱う会社だ。それまでは電波による通信が基本だった社会が、第2架空元素:エーテルの発見により新たな通信技術を見出す事が出来た、それがエーテル通信である。


 エーテル通信の開発によりダンジョン内では地上との連絡が可能になる、ダンジョン内での様子や出来事をリアルタイムで共有する事になった。ダンジョン配信者たちの起源はここにあり、元は初見殺しで溢れていたダンジョンの内容を少しでも地上に届ける為にあった……らしい。


 最後のテラ・エクスプローラーズ、ここは国内では探索者協会には負けてるが国外で大きく展開している探索者の支援組織だ。テラ・エクスプローラーズと探索者協会では探索者のレーティング方式が実は違っていて、それに合わせて方針もやや違う。


 探索者協会は命を大事に。


 テラ・エクスプローラーズはガンガン行こうぜ。


 ランク1つ、昇給1つとってもテラ・エクスプローラーズの方が実は査定が甘い……というよりは薄いとでも言うべきか。実力があるのなら制限とかは特になく上に行けるようになっている。実力主義と言えば良いかもしれないが、命を軽視しているとも言える。


 だから日本国内での人気はそこまで高くはないが、国外では此方の方がレーティング方式は主流だ。探索者協会では年齢やダンジョンの回数、パーティー経験などを計測してレーティングを行うので簡単には上の階級に上がれないようになっている。


 俺が中級止まりなのも実は年齢が原因だったりする。これがテラ・エクスプローラーズ所属だったらもっと上に行けただろう。移籍する気は欠片もないが。


「まあ、テラは確実に無しだとして……交渉候補は叢雲、東光、AF社か。地獄の3択になりそうー」


 飲み終わったコーヒーの缶を握りつぶして小さくしたら、それを鉄くずの瓦礫の中に放り込んで、まだ眠っているユウキと天使の方へと向かう。天使は涎を垂らして眠っているからハンカチでちょっと拭いてあげるとして……ユウキの方も良く眠っている。


「よ、っこいしょ……っと」


「帰るのか」


「まあ、流石にここまで迷惑をかけちゃね。連絡入れたしユウキの方はどうにかなるとは思う。天使ちゃんの事に関しては一旦家に連れ帰ってから本人と一緒に考えてみるよ」


 ユウキと天使をそれぞれ肩の上に担いで持ち上げる。眠っているようだし、起きるまでは勝手に運ばせて貰おう。このままだと注目も浴びるし、保有しているカメレオンカモフラージュのアプリを使って、自分の周りに周囲の景色を投影する。


「世話になったな」


「俺は貰うもんは貰ったからな、気にするな。それよりも頑張れよ、男の子。女の前で格好つけるんだろ? 半端な真似は出来ないぞ」


 ヨシザワの言葉に小さく頷いて笑って、部屋に開いた穴から飛び降りる。

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