天使の価値

「―――さて、話を少しダンジョンの起源にフォーカスするとしようか」


 ダンジョンの起源。果たしてダンジョンはどこから来て、どうやって地球に根付いたのか。それはどうやって存在し続けているのか。常識を超える形はどうして成っているのか。疑問は尽きないが、解る事は幾つかある。


「ダンジョンは地球の文化を参照してる。新宿ダンジョンを見れば解るが、ダンジョンは明確に俺達の文化や文明、出来事や事件を参照してその構造を構築している。だからダンジョンに潜った時、違和感が薄れて俺達の日常に溶け込んだ」


 たとえば今日遭遇したイベントとか、かつて新宿で発生した事件が元となっている。たとえばダンジョンで入出できる装備品のタイプは人間が使用する前提だし、中には神話や伝承をモチーフとしたものも出てくる。


「だがダンジョンというシステム、構造、モンスターそのものは地球には存在しないものだ。果たしてデフォルト状態のダンジョンが最初に参照したのはなんだ? 一体どこを参照してその初期状態を獲得したんだ?」


 ヨシザワの言葉にユウキは頷いた。


「ダンジョンが異世界から来た産物だ……って説は良くネットで見たし知ってるけど、ヨシザワさんはそれがマジだと思ってるタイプ?」


「というよりそれ以外に答えがない、ってのが正しい。地球をダンジョンの起源とするとあまりにも不可解な事が多すぎる。異世界から流れ着いたものだと考えた方がまだ納得できる。そして、だからこそ誰もがその証拠を求めていた……んだが」


 視線が天使に向けられる。こてり、と首を傾げる天使はあまり状況を理解していなさそうだ。


「……これを見てると本当にヒントになるのかどうか疑わしいけどな」


 ヨシザワの言葉に天使は怒る事もなく、ホロウィンドウに手を伸ばしてそれを指先ではじいた。楽しそうに新しいものに手を伸ばす姿を助ける為に此方から数個、ホロウィンドウを手元に出してあげるとそれを手に取って遊び始める。


「たぶん、だけど」


「ん?」


「この子、情緒が今は幼女並だよ」


 見た目だけで言うなら俺やユウキと同年代だと言えるだろう。だがそのリアクションを見ていると、賢いけど情緒が育っていない……と言える感じに近い。少なくとも見た目通りの精神年齢はしていないと思う。


「今は、か」


 謎の白髪長髪巨乳美少女幼女情緒天使。属性過多すぎないか? いや、大体好きな属性だから別に良いんだけどさ。


「真面目な話、この子がダンジョンの謎の深く関わってくるとは思ってる。少なくともこれまでなかったことが起きた、それはダンジョンそのものに何らかの変化があるって事だ。急な変動から追い込んでの転移、誘導されたって言われても別に違和感はないぜ?」


 その中心にあるのは何故、とこの天使の正体は一体? という事になる。


「……灰色、お前、その嬢ちゃんを結局のところどうするのか決めてるのか? もしくはそっちの坊主だが―――」


「あ、俺は口出ししないです。開けたのは灰色、面倒を見ているのも灰色。俺は結局おんぶに抱っこで助けられるだけだったから、口出しする権利はないと思ってますんで」


 そう言われると逃げた、とか言う事も出来ないんだよなあ、と頭を掻く。腕に抱き着きながら片手でホロウィンドウで遊んでいる天使へと視線を向けると、此方を見上げる様に視線を合わせて微笑んだ。それだけでも楽しいのは彼女の見る世界がまだ単純だからだろうか。


 ふぅ、と息を吐いた。


「疲れているんですか灰色さん? お休みしますか?」


「少し疲れてるけど大丈夫だよ」


 ぽんぽん、と頭を撫でてから視線を正面に戻す。


「実はさっき、お前らが来るのを待っている間に3社から売ってくれってメッセが来てたよ」


 ホロウィンドウに探索者として登録しているサイトの受信メッセージを表示する。此方は公開している情報なので自由にメッセージを送れるのだが、ここに既に3社から買取の申し出が出ている。そしてそこには買い取り額も既に提示されている。


 交渉テーブルに乗るなら更なる増額も辞さないという意志も綴られている。


「ゼロが……え、なにこれ……なにこの数字!? え、お金ってこんなに動くもんなの!?」


 驚愕しているユウキに対して、ふむ、と呟きながらヨシザワは確認する。


「足元見られてるな。値段的にお前が使ってる武器1本分ぐらいだろ? 馬鹿にされてるぞ、これ」


「たぶんあっちは大真面目にやってるんだろうけどな。軽く調べた所どれも中小レベルの企業だったし、ここらが出せる金額の上限なのかもな。それにしても馬鹿にしてるしこの前撮った俺のケツの写真送り返してやったわ」


「今なんて?」


 まあ、動きが早い所はリアクションを確認する為か……或いはもっと大きな企業から様子を見る為に動かされたか。何にせよ、企業連中が天使を放置する筈もない。企業の代理人がやってきたら交渉の方は本気になったと思えるかなぁ。


「ただ大前提として言っておく―――この子を企業へと預けるつもりは欠片もない」


「良くて実験台、普通に考えたら解剖コースか……」


「え」


 ヨシザワの呟いた言葉にユウキが驚きの声を零す。


「え、待って待って、流石にそんな事は……」


「するよ、アイツら。今でも普通に人体実験続けてるし。ダンジョンで拾ったんだから人間じゃないんだし別に良いだろ、の精神で普通にやるよ。そうじゃなくても今でもダンジョンで人攫ってるしな、アイツら。連中にこいつを握らせたらロクな事にならねぇよ」


 少なくとも俺はこいつを拾った。それを無責任に放りだす事だけはしたくはない、というか出来ない。それにダンジョンの神秘と秘密……それを追うというのは探索者が背負う1つの命題だ。無論、俺もただモンスターを殺すのが楽しくてダンジョンに潜っている訳ではない。


 明確に目的が、目標がある。その為にダンジョンに潜っている。そして天使の存在は間違いなくその一助になるだろう。そういう打算は間違いなくあるし、同時にこの宝箱を開けてしまった事に対する責任感もある。


「まあ、1番重要なのはこの子が何をしたいか、だけど」


「……?」


 天使の頭に手を置いて視線を合わせるとうーん、と頷いた。


「灰色さんの話は難しくて良く解りません」


「そうか」


「だけど、最後言っていた事は解ります。私は灰色さんと一緒に居たいです。灰色さんと一緒が良いです。好きです、灰色さんと一緒に居るのが。だから灰色さんと一緒に居るのが良いです」


 ストレートすぎるラブコールに、やっぱり直視できなくなってしまう。揶揄う様な視線を2人から向けられ、おほん、と軽く咳払いして誤魔化す。まだまだ、情緒が未発達で子供の様な状態だ、だからこういう風にストレートに言えてしまうのだ。


 彼女がもうしばらく時を経て成長すればきっと……口にする言葉も変わってくるだろう。


「と、いう訳だ。俺はこの子の面倒を見るつもりだよ」


「ま、そうなるか」


「俺は何の力にもなれないけど応援だけはしておくな」


 にやり、と笑みを浮かべてサムズアップする友人の姿にちょっとだけイラっとして肘を脇払いに突っ込む。脇腹を抑えて蹲る姿を無視してどうしたもんかなぁ、と考えているとヨシザワが先に言葉を放った。


「灰色。先に探索者協会としての結論を口にする」


 そこで一旦言葉を区切り、俺の意識が向いているのを認識してから話を続ける。


「協会は中立の立場を取る。企業に対しても、お前に対しても協会としては肩入れする立場を取らない。これは俺達が1企業としての立場にある事と、お前の抱えた爆弾が大きすぎて容易に触れられるもんではない事に起因する。だから協会がバックにつくって事はまずないと思え」


 まあ、思ってた通りの反応だ。正直そこまで探索者協会には期待していなかった。俺が知っている中ではトップにクリーンな組織だが、完全にそうであるという訳でもない。多少は汚い事にも手を染めなければ今の世の中はやっていけないだろう。


 で、だ。


「その裏は?」


「ビーコンのデータ、寄こしな。協会としては無理だが個人としての支援は許可されてる。ビーコンのデータと引き換えにすりゃあ取引って形で色々と手を貸せるぜ。ついでに色々と採取もしてただろ? アレも寄こせ」


「まあ、大体そんな所か……」


 手を振ってビーコンから受信し続けているデータを表示し、それを編集可能モードで直接ヨシザワへと投げる。投げられたデータをキャッチしたヨシザワはそれをコピーし始める間に、テーブルの上に回収した植物やら土のサンプルを並べる。


「案の定まだビーコンが起動してやがるな。あのエリア消えてねえな? となるとインスタンスエリアかどうか妖しくなってくるな。隔離された特殊エリアか、それとも本当に異世界を掘り当てたか……どっちにしろ、コイツは貴重なデータになるな」


「アンタじゃなきゃこんな風に雑投げしねえからな、このデータ。これをちゃんとした所に売っぱらえれば新しくオーダーメイドで作れるだけの金額が余裕で入ってくるんだからな……」


「今のお前のメインウェポン何個だった? もう既に10種ぐらい作ってただろう。まだ作る気かよ……今日使った刀もアレ、割とヤバイぐらいの額つぎ込んでなかったか?」


 つぎ込んだ。アレ折れたら多分心も折れるよ俺。でも込めたエネルギーの増減と流れを完全にコントロールできるというのはそれだけ魅力的だったのだ。見ろよあの水晶龍、綺麗に内側からはじけて死んだじゃん。


「企業特有のヤバ技術つぎ込んで作った最高級オーダーメイドウェポン、握るの最高に気持ちが良いよ。ADAMとかVesperとか、赤狼工房とかさあ」


「そういうマニアックなのは俺、付いていけないから」


「えー」


 ちらり、とユウキの方を見る。両手でばってんを作られた。


「ついていけないせかいのはなしだ」


「各社特有の武器とか技術に関して話し合える友達が欲しいなあ……」


 くいくい、と天使に腕を引っ張られる。


「私が、覚えます!」


「天使か? 天使だったわ……」


 それはそれとして君は他に覚えるべき事が大量にあるから余計な知識は入れないようにしよう。窓の外を見れば暮れていた日が段々と闇夜に染まり始めて、時間も良いころ合いになって来た。同じように外を見たヨシザワが長い溜息を吐き出した。


「今夜は泊って行け。そっちの坊主、お前もだ」


 ヨシザワから向けられた言葉にユウキは一瞬でそれが自分を守るための措置だと理解した様子で頷き、


「はあい! 泊まります! 親に連絡します! よろしくお願いしまあす!」


「よろしくお願いします!」


 ぴん、と手を伸ばして挨拶するユウキを真似て天使も背筋を伸ばして挨拶をする。どことなくコミカルだが適応力の高い2人を見て、小さく笑い声が零れる。ユウキもユウキである程度この次の事を察しているのかもしれない。


 旧新宿駅で発生した面倒な1日は、まだまだ続くのだろうという事を。


 長い長い放課後が終わって―――そして夜がやってくる。

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