色統一コーデはダサいと言われがち

 人は古来より答えの出ない事に対して宗教を1つの答えとして提示した。


 それは神の決めた事である。問答は不要である。


 実際、信じられない様な事、答えられない様な事はたくさんあった。それに対して神話と宗教は奥の答えを提示する事に提示した。だから多くの学問は宗教をベースに構築されていた……それが科学の力によって覆されるまでは。


 多くの宗教や神話が語った万物の法則は実際の所、進んだ科学力によって証明される事が多くなった。未だに解らない事は多い。だが人類は少しずつ未知に挑み、それを既知へと変える事で乗り越えてきた。もはや昔のように神を答えとして用いる事はないのかもしれない。


 それでも、その痕跡を地上に見る事は出来る。そしてその痕跡は何故か、ダンジョンにも存在する。教会、聖堂、修道院の様な施設をしたダンジョンはあるのだ。ダンジョン内部で過去の出来事を再現するものもあれば、存在しない教会を探索する所もある。


 ダンジョンは一説に地上にある歴史や思想、過去の出来事を参照してギミックやイベントの類を生みだすという……旧新宿ダンジョンの構造やあの降車ラッシュもそういうものだ。だからダンジョン内で聖堂を見かける事そのものに驚きはない。


 だがその圧倒的美しさと威容に対しては、敬意を抱かずにはいられない。


「配信用に調べたんだけどさ」


「おう」


「ダンジョンがどうして生まれて、何故こうも人に有利な形の要素があるのか、どうして人の文明を模した形をしているのか、その答えは未だに出ていないんだって」


 ダンジョンから資源や宝物、魔道具……アーティファクトと呼ばれる特殊な力を持った神秘の道具まで出てくる。それを科学に転用し、技術は大幅に成長した。だがそれでも、未だにダンジョンが現れた原因を見つけ出す事は出来てない。そしてダンジョンを生みだす技術の根幹もまた、不明だ。


「だけどこんな綺麗な場所がダンジョンの中にあるのを見ると、また来たくなっちゃうのは解るし……どうして生まれたのか気になるのも、解るなぁ」


「あぁ、そうだな」


 踏み込んだ聖堂は広く、軽く暴れ回っても問題ないぐらいの広さをしていた。礼拝用に置かれたベンチの大半は腐って崩れ落ち、残ったものも半壊している。崩れた壁から注ぎ込まれる日の光を浴びて植物が育ち、一番奥に見える女神の像はツタが巻き付きながら半壊している。


 聖堂の広さを見て、思わず顔を顰める。無駄な努力だったかもしれないなあ、と口にせず呟く。相手次第だが、反応的にこれまでの様な量産品ではなくメインウェポンを使って戦う必要があるかもしれない。そう思考し、素早くストレージの転送設定の優先度を変更する。


:あっ(察し

:すげえ綺麗……どこのダンジョンだここ?

:これは来ますねぇ……

:灰色無言で準備開始してて草

:見た事ないなここ……

:まあ、解るよね……w

:反応は地下だっけ?

:もうちょっと周りの映像をくれ!


「うお!? コメントがバラバラになって来たな。もうちょっと抽出の設定弄るか……えーと、周りを映せば良いの? なんか反応は地下っぽいから地下への入り口探さないと……灰色はどう思う? お約束的に女神像の足元とか怪しそうだけど」


「ダンジョンはこの手のお約束を守るからな。あながち間違いではないと思うけど……その前にお客さんだな」


「え? あ」


 数歩前に踏み出すと空を何かが高速で飛びぬけて行った。一瞬だけ見えた白と青の残像は爆風を巻き起こしながら聖堂の上を飛び越えると旋回し、その巨大な翼を羽ばたかせながらゆっくりと聖堂の中央へと降りてきた。


 白い全身は青い宝石の様な甲殻に覆われており、体から溢れ出す威圧感はまさにモンスターの中の王を名乗るのに相応しい姿と力をしている。威嚇するように巨大な翼を広げて口を開くと、空へと向かいながら吠えて大気を震わせる。


 僅かに数度、空気が冷えた事に警戒しつつ姿勢を戦う為に少しだけ、整える。前傾姿勢になって素早く動きだせるようにしつつユウキの前に立った。


 結晶龍―――とでも呼ぶべき龍、ドラゴン、ダンジョンの中でも最上位に位置する種が現れた。空へと向かって吠えて威嚇した後龍は襲い掛からず、此方へとその両目の鋭い視線を向けてきている。


「お、あ、や、こ、これは、は、灰色……あの、家主、来ちゃった……!」


「この状況でそれだけ言えるなら割と余裕だなお前? ちょっと下がってろ。思ってたよりも知性があるぞこいつ」


 手を綺麗に、何も持たず、しかし直ぐにストレージから転送した装備を活用できるように開けておく。そのまま真っすぐドラゴンを見返すと、ドラゴンの口が開いた。


『■、■■■■、■■■? ■■!』


「ぐっ」


「痛っ!」


 思わず顔を顰める。直接頭の中に響くような声。発声器官を持っているようだが、声そのものが脳内に響くような痛みを伴っている。だというのに言葉の意味は解らない。根本的な言語体系が違うらしい。


 インストールしている自動翻訳アプリが地球上のあらゆる言語を調べるが、即座に該当する言語が存在しない事を示す。犬語と猫語とカラス語も登録してあるのに……。


「あ、あれ、話しかけてるよな?」


「みたいだけど言葉が解らないな……あー、良し、とりあえずハンドジェスチャーでコミュニケーション取ってみるか」


 こほんこほん。ドローンとユウキから期待の視線が突き刺さる。


「あー、良いか? 俺達、転移! びゅーん! ばびゅーん! ばばーん! あそこ、来た! 帰りたい! 俺達家に帰りたい、そこ、転移陣ある、俺達帰れる! 解る?」


『■■■……?』


「お、ニュアンスだけでも伝わった?」


「やったぁ」


 笑顔で手を振ると龍に吠えられた。これ以上近づくなと完全に威嚇されている。


「ごめん、交渉決裂したわ」


「そんなぁ」


 水晶龍の口の端から青白い吐息が漏れる。体に纏われた結晶に輝きが満ちる。アレは魔力の光か、となると此方が去らないと殺すぞと言っているに違いない。流石に言葉が通じなくても殺気をぶつけられたら解る。


 灰色の長剣を2本、引き抜いた。左手で握ったのをだらりと下げ、右手のを肩に乗せてとんとん、と叩く。


「下がってて、出来るだけ遠くに。聖堂の外ぐらいなら多分安全だから。あんまり長引かせたくないから即死させる」


「オーケイ! 存分にやってくれ! 勝利を祈ってるぜ!!」


「もう外にいるぅ……」


 逃げるのはえーよ。そう思いながら視線を正面に戻せば、警戒するように水晶龍が頭を低くしつつ、翼を広げて即座に動けるように対応している。即座に空へと上がらないのは此方の手の内が見えないからだろう。戦いなれている奴だな、と即座に判断する。


 奇襲、奥義、絶技で即死させるのが一番か。


「待たせたな」

 言葉と同時に長剣を2本とも上に回転するように投げる。来ている灰色のコートのフードを掴み、一気に被る。ちょっとだけ位置を調節して……良し、パンツもそうだけどフードもイイ感じに収まる所で被らないと気持ちが悪い。これで良い感じだ。


 落ちてくる長剣を2本とも逆手に掴んで、足元に向かって振るう。


「じゃ、そろそろ家に帰らなきゃいけないからな。さっさと終わらせて貰うぜ」


 そして振るった刃が地面―――ではなく、次元を裂いた。


 落ちる。


 水晶龍の背中の上に落ちる様に出現する。そのまま回転しながら振り下ろした刃を水晶龍が翼をスラスターのように魔力を放出しながら横へと瞬間加速し、聖堂の床を引き裂きながらクイックターンをしつつ口からレーザーの様なブレスを吐く。


「おっと」


 空間を蹴ってブレスを飛び越える様に跳躍し、空中で捻りながら灰色の槍に持ち変えて空を蹴る。槍の力によって足元の空間が固められ空間を撥ねる様に縦横無尽に駆けて水晶龍へと迫る。それを見て床を蹴って水晶龍が跳躍、一気に上へと飛ぶ―――姿を頭上から武具の雨が降り注ぐ。


 命中。


 だが量産品の武器では強度が足りず、新宿程度の雑魚であればどうにかなるも、このレベルの相手では外皮に弾かれて砕け散る。悠々と空へと上がった姿が上から押しつぶさんと巨大な水晶塊を吐き出した。


 三角飛びするように空気の壁を蹴って跳躍しながら槌を取り出し空間に叩きつける。重力の雨が水晶龍を捉えて空から聖堂の中へと姿を落とし、追撃するように取り出した斧で頭を砕く為に振り落とす。


 寸前に翼のジェット噴射で回避しつつ、散弾の様に放たれた結晶を爆発するように舞い上がった土砂で払い、背丈ほどの大きさもある巨大なクロスボウ―――ほぼバリスタとでも呼べる極悪なサイズの弩を片手で構えた。


「ばぁん」


 引き金を引く。土砂の壁に穴が開き、その向こう側が消し飛ぶ。水晶龍の姿はそこにはない。横へと視線を向ければ水晶の塊が飛来するのが見える。素早く照準を切り替え、射撃すれば水晶塊が消し飛ぶ。だがその裏から本体がブレスを吐くべく息を吸い終えている。


「よ―――」


 大剣。正面から放たれてくる光線に刃を合わせて両断する。光を裂きながら踏み込み、正面から水晶龍の巨体へと向けて接近する。水晶龍もまた全身の魔力を高めて迎撃の為にその体を一気に強化する。人間では到底到達しえない領域にまでその力を高めたのは、此方を敵として認識したからだろう。


 故に正面から、大剣から刀へと武器を切り替え、0距離から龍と顔を合わせた。


「必殺」


 突進。


 重量、巨体、魔力、勢い―――その全てを加味すると下手なブレスや攻撃を行うよりも、これ1つであらゆる生き物は容易くミンチになる。陳腐だが、必殺と言えるだけの殺傷力はある。生理耐性、肉体強度を考えればこれほど使い勝手が良く殺しやすい技もないだろう。


 無論、相手が尋常の生物であれば。


 鞘に納められた灰色の刀身を抜き放ちながら水晶龍の腹の下を滑り込む様に潜り抜ける。斬撃はその体に刻まれる事はなく、立てられた刃はは腹の上を滑って抜け、反対側へと抜けながら転がって立ち上がる。


 素早く魔力によるクイックブーストを拭かせて振り返った水晶龍が油断なく此方を睨むのに対し、ゆっくりと鞘と刀身を見せつける様に納刀する。


 ちゃきん、刀が鞘に収まるのと同時に、斬撃の花が水晶龍の内側から咲いた。体の内側からバラバラになって崩れ落ちる龍の表情が、信じられないものを見る様な顔をしながら即死する。ホロウィンドウに抽出された概念が表示され、水晶龍が死亡したのを確認する。


「必殺を謳う以上、これで殺せなきゃ必殺の看板は下ろす事にしてるんだ」


 鞘に収まった刀を投げ捨てる様にストレージの中へと戻しつつ、フードを下ろして入口の方から隠れる様に覗き込んでくるユウキにサムズアップを向ける。


「どうよ、カッコ良く撮ってくれた?」


 隠れていたユウキは出てくると、サムズアップを向けてくる。


「なんか灰色のぼやけたもんが何かやってた程度にしか解らなかった!!」


 えぇ、と声を漏らしながら肩をがっくりと落とす。だがこれで最後の障害は排除された。これでゴールまで阻むものはもう、何もない筈だ。



 ―――天使との邂逅まで後5分。

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