全てが間違った侵入

 転移陣を出た直後に発生して嫌なのはそこに罠があったり、敵の伏兵が用意されていて奇襲される事だ。だから転移した場合、常に警戒心を最大に瞬間的に迎撃出来るように備える事が重要だ。


 腕を交差するように上半身を固め、逆手に握った刃を構える。出た直後の酩酊感を殺して警戒心を全開に奇襲に備える。例え目が景色の変化に慣れて居なくても経験を積んだ探索者であれば即座に環境の変化に対応できる。


 そういう風に体が適応している。様々な環境、様々な状況をダンジョンで経験する度に人間は進化するように適応する。


「……奇襲、伏兵なし。とりあえずは安全みたいだな」


 後ろを振り返れば、床に転がるユウキの姿が見える。


「何やってんの」


「奇襲があったとしてさ」


「うん」


「俺が立ってたら邪魔だよな」


「うん」


「戦いに混ざったら邪魔だよな」


「うん」


「だからなるべく邪魔にならないように床ぺろ状態になってる」


「不衛生だから早く立てよ」


「うん……」


 ユウキが起き上がっている間に周囲を観察する。どうやら転移先は地上じゃなかったらしい。そう大きくはない部屋、作りはしっかりとした中世風の……なんだろうか? 小綺麗だが古さを感じる一室に見える。白い壁はどことなく汚れて見えるが、先ほどまで見た悍ましい汚さとは無縁の色だ。


「脱出には失敗してどっか特殊エリアにでも迷い込んだか」


「あ、配信続いている。って事は通信が届く圏内……って事かなこれ」


「ふーむ?」


 ダンジョン内でも繋がるエーテル通信が届くという事は、位相的には地球からそう離れていない空間だという事だ。少なくとも特級からしか入れない禁域ダンジョンになると普通に地上との回線が途切れる。


 今の状況を考えればそういう状況に陥ってもおかしくはなかったはずだが、通信はまだ繋がっている。という事はそこまで深い領域ではないという事だ。これは明確な朗報だ、脱出できる可能性が一気に上がったのだから。


:どこだ?

:見た事ある?

:うーん、ヒントがなさすぎる

:通信届くって事は国内なんだろうけど

:該当しそうなダンジョンが幾つかあるなあ

:もっと周りを映してー


 配信画面を確認すると確かにリアルタイムでコメントが更新されている。回線が繋がっている以上、必ず帰り路は存在する筈だ。この転移が一方通行だとは思えない……いや、思いたくはないというのが本音か。


「あぁ、こんな事ならアルバート卿を連れて来れば良かったなあ」


「アルバート卿? 知り合い? ぼっちの灰色にしてはなんか貴族っぽい名前が出てくるじゃん」


「キレるぞ貴様。アルバート卿は我が家で飼ってるチワワの事だよ」


「あら可愛らしい」


 アルバート卿は凄いんだぞぉ、と腕を組みながら頷く。


「何と言ったって我が家のマッマが餌を与えるのをめんどくさがってダンジョンに放り込んで“餌、そこにいるだろ?”とかいう無茶ぶりに応えて来たからな。今ではちゃんとドッグフードを食べてるけどお腹がすいたら近場のダンジョンに出向いてるからな、アルバート卿」


「それ本当にチワワか?」


 少なくとも見た目はチワワだから良いんじゃないかな。でも、まあ、今の時代多種多様なペットがいるしウチのアルバート卿はまだマシなジャンルだと思うよ。強いだけで普通のチワワなだけだし。でも索敵能力とか普通に人間以上あるから便利なんだよね……。


「へえ、チワワはともかく犬を連れてくるのはそう珍しくないんだ……猫? なんで猫? 癒しに? 流石に猫が可愛そうじゃないそれ???」


 コメント欄に向かって視聴者と交流している間に、部屋をざっと見渡して扉が1つしかないのを確認する。恐らく出口はアレ1つだろう。そしてここが未調査のエリア、初見の特殊エリアである可能性の高さを考えると少しだけ安全に行きたい。


 ストレージからビーコンを取り出し、それを部屋の中央に設置する。先ほどまでは転移陣が存在したが、使用後は力を失ったのかもう光ってはいない。


「灰色、それは?」


「調査用ビーコンモジュール。初見のダンジョンとか地形の変動したダンジョン渡河、マップ情報がない所に行くときに使って周辺情報を取得する為の道具だと思えば良いよ」


「へぇ、初めて見た」


「初級下級だと使う事はないからな。中級ダンジョンから所謂“不思議のダンジョン”って呼ばれるランダムダンジョンが出てくるからな。それ対策にこれがないと延々と迷って先に進めなくなるぞ」


 設置したモジュールをホロウィンドウで軽く叩けば起動する。長方形の箱の様なモジュールが少しだけ開き、そこから光の輪を放って周辺の地形情報を取得し始める。新たに出現したホロウィンドウに周辺の地形情報が出現する。


 ここに転移陣の情報を入力すれば、調査範囲で似たような反応を自動的に検出してくれる。これでどっちへと向かえば良いのかが解る。昔はともかく、現代のダンジョン探索はどれだけ楽にできるか、という意味でドローンやモジュールを活用した探索が主流だ。


 中にはマップは手書き以外認めないと言う老害も存在するのだが、面倒な部分は出来るだけ簡略化するべきだと俺は思う。


「うっし、周辺情報取得。ここを出たらほぼ一本道だな。ただ大きめの生体反応が付近にある。場合によっちゃ一戦やらかすかな、って所。近くに未起動の転移陣があるっぽいし、そこを目指そう」


「すげえ! 晩御飯前に帰れそう!」


「心配する所そこぉ?」


 まあ、ユウキの言動も恐らくはある程度キャラを作ってやってるのだろうが。それでもこの状況で怯えず、竦まず、軽口を続けて動けるというのは驚嘆に値する事だ。だから一度だけ友人に視線を向けたらすぐに視線を前へ、扉の方へと戻す。


 モジュールの活用で地形情報は手に入っても、罠があるかどうかなどは解らない。灰色のナイフを再び握りしめながらハンドサインでユウキに後からついてくるように指示し、扉に接近、鍵穴がないのを確認してゆっくりと開く。


「……仕掛けは何も無し……外もクリア。良し、付いて来て良いぞ」


「わぁい」


 扉を抜けて通路に出る。ここはどうやら地下らしく、窓はなく、扉はある……が、朽ちている。その向こう側には朽ちた家具の置かれた部屋が見える。が、其方には寄らない。寄り道しているような時間の余裕がないからだ。


 興味深げに覗こうとするユウキの首根っこを掴んで、引きずるように進めば今度は鉄格子によって通路が塞がれている。


「壊せる……けど、音が出たら嫌だな」


「音?」


「大きめの生体反応があったからな。エリア固有のボスモンスターだろう、たぶん。スルー出来る分にはスルーしておきたい……ふんっ! 良し、持ち上がるな」


 鉄格子の底を掴んで持ち上げる。見た目以上の重量が籠っているようで、少しだけ苦戦するもしっかりと持ち上がる。鉄格子を潜って反対側へと周り、持ち上げたままユウキを通す。ユウキが通り終わった所でゆっくりと鉄格子を下ろして……静かにタッチダウン。音はほぼない。


「良し、行こう。この先から上に出られる」


 ビーコンモジュールは最初の部屋に置きっぱなしにしてるある為、リアルタイムで更新されたマップ情報が手元に届いている。それを確認する限り、この先から地上部分に出られる様だ。


 少し先に進めば階段と共に光が見えてくる。ホロウィンドウに表示されているマップを確認し、巨大な生体反応が離れているのを見てからユウキを背後に、ナイフを何時でも振るえる様にしつつ地上へと出た。


 降り注ぐ太陽の光。


 吹き抜ける優しい風の感触。


 どこかで鳴く鳥の声。


 まるで本当に地上へと出たかのような景色が周囲には広がっていた。


「お外に出た、これ?」


「いや……たぶん、そういう風に見えるダンジョンの中だと思う。たぶん、そういう感じの特殊エリア……かな」


 あまり、自信はない。ビーコンから送り込まれてくる情報を見る限り出口はかなり近い位置にあるのに、ビーコンの届く範囲外にまでこのダンジョンは広がっているらしい。当たりを見渡せば朽ちた壁と床、建物だった痕跡だけが残っている。その周囲は森のように植物が生えている。


 とはいえ、流石ダンジョン。見た事のない植物が育っている。


 臨時収入になりそうだし、土と一緒に植物を少しだけストレージの中に叩き込んでおく。


「なんか異世界に迷い込んだみたいな気分になるなあ、これ」


「言いたい事は解る」


 空気感がダンジョンのそれとは微妙に違う風に感じられる。あの常に狙われている様な、そんな感覚がしないのだ。或いはここは本当に異世界で、あの転移陣は異世界へのゲートだったりするのかも?


「いや、ありえないか」


「何が?」


「いや、何でもない。それよりも進もう。あっちに見える建物へと行くぞ。あの中に転移陣の反応がある」


「ラジャ! 大人しく灰色の後ろをついて行くね! カルガモの雛のように!」


「この雛だいぶやかましいなあ」


 周囲を確認、罠がない事を確認して先導するように前を歩く。空を見上げ、マップを確認し、敵対する反応が近くにないのを何度も確認しながら一気に進む。


 どうやらこのエリアは巨大な反応以外は特に何もないのかもしれない。となると対象が離れている間にさっさと転移陣を起動して脱出してしまうのが良いだろう。


 そうやって地下から出た所から少し歩けば、森の中に立つ巨大な建造物にまでやってくる。


 それは既に朽ちて、長い時を経ていた。壁が崩れ、ステンドガラスは砕け、屋根も既に崩れ去っている。だがその巨大な構造とモチーフは元々が何であったのかを容易に想像させる姿をしていた。


 それは森の中に立つ巨大な聖堂だった。或いは教会、そういう宗教的なモチーフをした施設だった。美しくもどこか悲しさを感じる建造物に一瞬足を止め、2人で魅入る。崩れて時間が経ってしまった事がまるで悲劇の様な姿をしている。


 それが崩れる前の姿であればこれ以上なく美しい建物だっただろう。だがその美しさの片鱗は今でもまだ見える。だからこそ思わず魅入られて、それを振り払うように頭を振った。


「行こう、転移陣はこの中……の地下っぽい」


「オーケイ、マイフレンド。俺は早く家に帰って風呂に入って寝たい」


「激しく同意」


 今日はちょっと、色々とあり過ぎた。そう思いながら聖堂の中へと進んで行く。

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