人力ミサイル

「あ゛ー、ごめん、時間食った。行こう、ボス戦に。俺たぶんほとんど置物だろうけど」


「気にするな。適材適所って奴だよ。俺は強くてお前は雑魚。俺が暴力を担当してお前が癒しを担当する」


「それ本当に適材適所か???」


 起き上がったユウキの口にチョコレートバーを突っ込んで糖分補給させながら少し古い電車に乗り込む。乗り込むとベルが響き、電車の扉が閉じて動き出す。4車両で構成された電車は何線だったか……いや、流石に興味がないので覚えてないが、ゆっくりと動き出し、徐々に加速しながらホームを出た。


「それで……ボス戦なんだよな? 一体どういうボスが出てくるんだ?」


 再びドローンを浮かべ始めたユウキが質問してくるのに対して最後尾を指差す。


「とりあえず最後尾の車両に移動するぞ、行けば解るから」


「成程ね。ネタバレは踏まないようにするわ。皆、新鮮なリアクションを見たかったらバラすなよ? 良いな? 絶対だぞ?」


:こんな時でも配信を意識してるのすげーよ

:トレンド入りおめでとう

:配信者の鑑か?

:きょ、狂人!

:いや、灰色いるしな……

:中級詐欺筆頭いるならまあ余裕やろ


「中級詐欺筆頭……」


 ジト目で此方を眺めてくるユウキを無視して最後尾の車両まで移動する。車両の半ばまで来た所で足を止め、ストレージから頑丈に作られた太めの槍を1本取り出し、軽く腕を鳴らすように回し、握り直す。


 到着したユウキも辺りを見渡す。


「これがホラー系だったら窓に手形が付いたり、ホラー演出っぽいものがあったり、追っかけてくる化け物が車内に出現するんだけど……どう!?」


「ぶっぶー、ボスはちゃんと後ろから追いかけて来てるよ。見てごらん」


「うん……?」


 共に視線を車両の外へと向けた。やや見づらいが後部の窓から何かが追いかけてきているのが見える。最初はトンネルの中の闇に紛れているが、ヘッドライトによって照らされる姿が闇の中から出現する。


 揃えは1台の列車だった。赤黒く染まり、どことなく禍々しさを感じるデザインの1台の列車だ。異音をきぃきぃ響かせながら迫ってくる列車は此方をその射程に捉えると、先頭車両が口のように大きく裂けた。開かれた機工の口の中には大量のむき出しの配線と尖った刃の様な鉄くずが詰め込まれており、


 加速と同時に最後尾の車両、その4分の1に食らいついて引きちぎって来た。


「おおおおおおおお!? 何あれ!? 何あれぇ!? 待って!? ボス? あれがボス!? ああいうのアリ!?」


:アリなんだよなあ」

:ダンジョン君は無法

:こういうボスが出てくるのもだいぶ面白いよね

:欠片も面白くないが?

:あれを面白いって言えるの相当な上澄みだよ

:人外魔境の連中増えてない?

:バズってるからまあ……


 車両の一部を食いちぎったモンスタートレインが鉄くずを咀嚼し飲み込み、バーナーから炎を吹き出しながら吠える。横からユウキが俺を掴んでぐわんぐわん揺らしてくる。


「アレ!? アレどうやって倒すの!? というか倒すのアレ!?」


「倒すよアレ。正攻法だと弓とか銃とか使って近づいてきたところを叩く感じ。テクノマンサーとかハッカーが居れば大分楽かなあ。アレ、ハッキング通じるらしいし。でもまあ、時間も余裕もないからサクッと始末するな……下がってて」


 下がってと言われたユウキが一瞬で連結部まで下がり、扉の裏から隠れるように此方を覗き見ながらサムズアップを送ってくる。判断が早いのはもう、慣れてしまったからなのだろうか。まあ、そこまで下がれば大丈夫だろう。


 再び背がってくるモンスタートレインへと向きなおり、槍を握り直しながら左半身を前に出す。


「1発で仕留めてやる―――」


 息を吐き、床を踏みしめる足に力を込める。右腕を限界まで引き絞るように引き、そのまま体を後ろへと倒して行く。上半身がほぼ90度後ろに倒れる所で動きを止め、全身に力を込め、魔力を滾らせる。サイバネ駆動の肉体では絶対に手に入れる事の出来ないエネルギー、魔力。


 それはサイバネという近代戦端科学の力を選ばなかった者達がたどり着く事の出来る新たな力だ。


 スマホのアプリを通して発動する魔法や現象は、この魔力を利用している。その為、サイバネ使用者は常に外部供給される魔力リソースが無ければアプリの恩恵を受け入れられない。


 だが俺のように、体から一切のサイバネを排した肉体を持つ者は、体に満ちる魔力を修練の末にコントロールする事が可能となる。


 故にそれを肉体に、そして槍に宿らせる。体に刻まれたルーンの刻印が入れ墨のように浮かび上がり、筋肉が限界まで酷使される。それでも肉体が壊れないギリギリのラインを見極めて力を込めた。限界まで歯を食いしばり、必殺の意志を槍に注ぎ込む。


 ぎちぎちと床が負荷に耐えきれず悲鳴を上げる。それを無視して迫ってくるモンスタートレインの音に耳を傾け、加速しだすその気配にタイミングを悟った。


「砕け散ろッッ!!」


 限界まで引き絞った腕を全力で前へと引きずり出し、握られた槍を投擲する。一瞬で音速を超過した穂先がソニックブームを起こしながら射出される。音を引き裂きながら飛来する槍は避けようもなく一瞬で大きく開かれたモンスタートレインの口の中へと刺さり、衝突し、


「―――!?」


 粉砕した。


 前へと進もうとするモンスタートレインの力と、槍が一瞬だけ拮抗し、槍に敗北する。前へと進もうとする押し出す力のまま槍へと衝突したモンスタートレインは正面からたわむ様に歪み、潰れ、迫って来た後部車両と衝突しながらレールから吹き飛びあがり、破壊力に撒けて貫通し、破壊されながら壁や天井に衝突して転がる。


 そのまま後方へと流れて行く車両が爆発を起こしながら滅びて行くのを眺め、ごきり、と指を鳴らす。


「雑魚め……」


「絶対に雑魚じゃないが?? え、投槍ってあんな火力あるの?」


:普通は出ないぞ

:出て堪るか

:灰色、中級の皮を被った上級だからな

:上澄みof上澄み

:強さにしっかりと金をかけた上で経験詰んでるタイプ

:そら強いわ


 自己主張の激しいコメント欄に無言でサムズアップを向ける。自分の力を褒められるのは割と気持ちが良い。ちょっとだけ鼻を伸ばしながら視線を車窓の外へと向ければ、電車が徐々に減速しながら終点へとたどり着くのが見えた。


「ほい、降りるぞ……これで脱出出来れば良いんだけどな」


「灰色灰色! ちょっと待ってくれ、先に行かないで! 俺も一緒に連れて行ってよぉ! 1人は怖いんだよマジで!」


 開いた扉から最後のホームに降りる。前のホームと比べると少しだけ綺麗だが……全体的に崩壊しており、あまり長居したい場所のようには思えない。通常であればここがゴールであり、ダンジョン踏破の報酬として宝箱が置いてあったりする。


 その近くには脱出用の転移陣もあり、本来であればちぐはぐな印象をウケる報酬部屋になっているのだが……。


「宝箱がないな……」


「ボス倒したら絶対に置いてあるアレだよね? 初級ダンジョンじゃボス倒せば常に出てくるもんだったけど。他の階級じゃ違うの?」


「いや、基本ボスを倒したら報酬が出るルールはそのままだ。宝箱と報酬はダンジョンがヒトを誘い込む為の機構と言われていて、報酬を用意する事でまた人間が入り込んでくる事を誘う為だって話なんだが……」


 崩れているホーム、ぼろぼろのベンチ、横倒しのゴミ箱、白紙の広告。ホームはどことなく見覚えがあるのに、違和感を感じる姿をしている。振り返ってここまでに来る電車を見るが、変化はない。宝箱が電車にある様子もない。


 となると、何らかの干渉で報酬が削除でもされたのだろうか?


「おーい、灰色。こっちに転移陣あったよ。宝箱はない」


「マジでないのか……隠れてるなんて訳はないし」


 ユウキの声がする方へと向かえば、床に刻まれた魔法陣の姿が見える。本来であれば青白い光で描かれた魔法陣の様な姿をしているのだが、


「……なんか、キラキラ赤黒く光ってない? 微妙に邪悪っぽい光りかたしてない?」


「凄く……禍々しいです……」


:駄目みたいですね(諦め

:絶対罠だよこれ!

:草

:出口それだけぇ?

:終わったな


「終わってない終わってない! まだだよ! 少なくともここから出られる可能性はあるでしょ!!」


「いや、まあ、転移陣である以上どこかに飛ぶんだろうけど……地上以外のどこかって可能性も十分にあり得るんだよな……これ……」


 2人で軽く想像する。転移陣を踏んでそのまま岩の中にいる、状態になるとか。そのまま虚無の中に放り込まれる、とか。いや、このダンジョンが急に見せた殺意を考えるとそこそこあり得るかもしれない。


「……」


 無言のままストレージから遺書を取り出して、それをドローンの前で広げる。


「妹よ、お兄ちゃんちょっと真面目に死ぬかもしれないから事前に遺書を配信しておくね。配信ってこういう事も出来るの便利で良いね」


「止めろ止めろ!! 縁起でもない事をやるなマジで!! そんなもん広げるな! こっち寄こせ!」


「あ、俺の遺書」


 ユウキが遺書を奪うとそのまま丸めて口の中に放り込んで食べてしまった。そんなぁ、と嘆きながら手をぶらーん、としているとじじじ、と転移魔方陣の光が揺らめいた。今一瞬だけだが、転移陣の光が消えかかっていた。それを見て長い溜息が出た。


「あまり、考える時間はなさそうだな」


「飛び込むしかないかぁ」


 はあ、と溜息を吐いて横の友人を見る。


「一緒にいるのが美少女だったらもうちょいテンション上がったかなあ」


「今言う? 今それ言っちゃう? いや、でも確かに守られる美少女ポジションは美味しいな……俺のこのポジションを女の子にしたらマジで隙が無いな。いや、でも灰色のポジションを女の子にしたらそれはそれで映えると思うよ」


 どっちにしろボーイ・ミーツ・ガールとしてはそこそこありな展開なんじゃないだろうか? くすりと2人で笑った所で転移陣が再び揺らぐ。悩んでいる時間もふざけている時間もないらしい。だけど今の軽いやり取りで少しだけ心に余裕が出来る。


 ―――灰色のナイフを2本、抜いて逆手に握る。


「んじゃ、行くか。入った後何が出るか解らないから、一応警戒して」


「死ぬときは死ぬって事で」


 じゃあ、それでは。


 顔を見合わせてから頷き、転移陣へと向き直り―――同時に光の中へと飛び込んだ。



 ―――天使との邂逅まで後15分。

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