走れ! 走れ! 走れ!
「あー……灰色? 出口が消えちゃったんだけど?」
「知ってる」
知っているから困っている。原因はなんだ? いや、これは恐らく変動現象―――ダンジョンの成長と拡張に伴う再構築だろうというのは解る。だが変動現象は事前に予兆があって、すぐに発生する訳ではない。
流石に変動の予兆があればダンジョンは侵入禁止状態になっているだろうし、見知らぬ誰かが注意もしてくれるだろう。だがそれがなかったという事は……恐らくこれがいきなり発生した事態だという事にある。
頭を回して脱出方法を考える。このままここに残っていればダンジョンの再構築に巻き込まれて建材の1つにされてしまう。それだけは絶対に回避しなくてはならない。家に帰ったら潜在的シリアルサイコキラー幼馴染とマイラブリーチャーミーシスターが帰りを待っているのだ。
死ぬわけでには行かない。
この際、原因の考察も経緯もマジで関係はない。重要なのはどうやってここから脱出するのか、それだけだ。7つのメインウェポンは全部持ち歩いている。火力で大抵のモンスターや障害はどうにかなる。だが物理的に出口が通れない状況はどうしようもない。
ここから生きて帰る為に頭を一旦落ち着けて考えていると、これ、とユウキがコメントをピックアップした、
「これ! これ見て灰色!」
:過去に変動に巻き込まれた人がボス部屋突破して外に出た報告あるぞ
:ボス部屋は構造が他とは違って崩れるのが最後らしい
:とりあえずボス部屋まで行け! 時間は稼げるだろ!
「ボス部屋……そうか、脱出用の転移陣か。確かにそれなら地上まで直通で戻れるな」
その考えはなかった。確かにダンジョンの最下層、ボスを討伐すると地上へと戻る為の直通の転移陣が出現する。それがこのイレギュラーな状況でも機能するのであれば、試すに値する情報だと思えるだろう。
「うし、ならボスをサクッと討伐してここから脱出しよう」
「うおー! 持つべきものは人類卒業してる友人だな!」
「それ本当に褒めてるの―――っとと」
ダンジョンが揺れた。倒れそうになるユウキの腕を掴むと、これまでゆっくりと進んでいたダンジョンの崩壊が目に見える程早くなった。徐々に此方へと向かって近づいてくるようにダンジョンの崩壊は階段を下りてくる。
「あの、灰色さん? 嫌な予感がするんですけどこれ」
「奇遇だな、俺もだ。……よし、ドローンしまうか抱えろ。お前を運んで走る。お前の足じゃ間に合わない」
「マジで?」
素早くドローンを抱えたユウキがジャンプするのを左手で掴んで、そのまま肩の上に俵担ぎする。だらりと足を下げたユウキが正面にドローンを向けたままちらりと振り返り、
「あぁ、やばいやばいやばい! すぐそこまで迫って―――」
「口を閉じてろ、舌を噛むぞ」
言葉を終える前に床を蹴った。粉砕する音と同時に駆け出し、1歩目で最後に戦った場所まで到達し、2歩目でホームの1番奥にまで到達する。3番ホームへと繋がる階段の前に陣取るように配置された中ボスを個体を勢いを殺す事無くブーツの裏を叩きこむ様に踏みしめ、その衝撃で爆散させながら3番ホームへと落下する。
「うひょ―――」
変な声が横から流れてくるのを無視して3番ホームへと通じる階段の天井を蹴って加速し、3番ホームへと到着する。到着と同時に配置されたマネキンどもをスルーし前に飛び出せば今度は【KEEP OUT】と書かれたテープでホームの奥への道が塞がれている。
「封鎖領い―――」
「舌を噛むぞー」
ユウキを封鎖エリアの上の方へと投げる。封鎖エリアはダンジョンに良くある、敵を倒せなければ先に進めないというエリアギミックだ。今回の場合、上のホームよりも強化されたマネキン共が道を塞いでいる。
故にユウキを上に投げ、デスサイスを抜き放ち、残像すら残さない速度ですれ違いざまに全て一閃する。
落ちてくるユウキを再び捉えて駆け出せばテープは千切れ飛ぶ。行く先を阻むものがなくなったホームをなるべく真っすぐ、合間に出てくるモンスターをする出来る分にはスルーして疾走する。
「後ろ! 速い!」
「あぁ? マジかよ、加速してんじゃん」
3番ホームの終わりへとたどり着けば既に3番ホームが半ばまで崩壊に飲み込まれて亜空間化していた。思わずひえという声が零れるのをなんとか堪えながらもう振り向くことを止め、全速力で駆け抜ける事だけに集中する事にする。
駆ける。
4番ホームは2番と3番とから景色が変わり、赤いシミや破損が目立つようになる。襲い掛かってくるマネキンも種類が増え、遠距離攻撃手段を備えてくるタイプのエネミーが増える。敵の種類も僅かに変化し、ドローン型のモンスターが出現する。
それを蹂躙する。
ハルバード、ウォーハンマー、クレセントアクス、クレイモア。
重量がありかつ破砕する事を得意とする武器で接近から粉砕まで1秒もかけず蹂躙する。一瞬も足の動きを止めず防衛網を突破し、封鎖領域を突破する。それでも背後から崩壊の足音が聞こえる。聞こえないふりをしながら更に加速する為に魔力を回す。
4番ホームに配置された中ボスを攻撃するのも面倒だからそのまま頭から突っ込んでミンチにして5番ホームへと入る。ここまでくると明確に血の痕跡が見えてくる。壁のシミはどことなく人の形をしている様に見える。
時間があればダンジョンの階層における変化とその面白さを語る余裕もあったのだろうが、今はそんな状況ではないし、余裕なんてものは更にない。突入と同時に奇襲してくる肉人形の気配は当然察している為、籠手を纏った片腕を振るって上半身を殴り壊す。
そのまま突進すれば正面から小規模なグループが此方めがけて襲い掛かってくる。これまでの層とは違い、能動的に襲い掛かってくるようになる。こうなると層としての危険度はワンランク上がったと言えるだろう。
とはいえ、この程度の雑魚は群れた所で傷一つつける事は出来ないだろう。
正面から襲い掛かってくる姿に対してそのまま体を沈めるように更に下へ、床に這う様な状態まで下がりながら床を蹴る。襲い掛かってくる肉人形の攻撃を一気に掻い潜って反対側へと抜け、1つ目の封鎖領域へと到達する。
到達と同時にストレージから武器を30本ほど、爆撃するように発射させて周囲を薙ぎ払う。それで纏めて殲滅しながら同じように30本ほどを発射待機状態に、封鎖領域が見えた瞬間射出して殲滅、足を止める事無く床を蹴って前に飛び出す。
「うし。やば」
「後ろがヤバイ? いや、見てる余裕ねえな……」
5番突破、6番ホームへ突入する。ここに来るとまるで血を塗りたくったかのような凄惨な光景が広がっている。一説ではここは下の層へと行けばそれだけ出現当時の状況と状態に近づいているのではないのか? 等と言われている。
旧新宿駅がダンジョンとなったのはダンジョン黎明期、まだ人類がダンジョンというものを全く知らず、理解せず、そして企業連がその存在を隠していた頃だ。突然ダンジョン化された旧新宿駅を中心に、この世の地獄とも言える光景が広がったらしい。
まあ、それがどんな光景だったのかを観察する余裕は当然、ない。
駆ける。ブーツの足元に爆薬を取り出して爆発させ、その爆発で更に加速する。
駆ける。武器を事前に投擲する事で振るう手間を省く。
駆ける。敵が衝突する事とかベンチや柱などの障害物も気にせず真っすぐ全てを粉砕しながら駆け抜ける。
回避する余裕も時間もなく蹂躙は必須の条件。それを頭の中に叩き込んで人間性を削ぎ落とし、一応ユウキが一切のダメージを負わない様に気を付けながら6番ホームを突破、7番ホームへ突入する。
まるで新鮮な臓物と肉片がぶちまけられたユニークなデザインをしているホームにはもう、下へと降りる階段がない。その代わりに最奥には扉が1つ、用意されている。それこそがボス部屋へと通じる唯一の道だ。
そして7番ホームは他のホームとは違い、わらわらと雑魚が出現する訳ではない。
その代わりにボスへと通じる最後の試練として立ちはだかるようにこれまでとは異なる気配を放つモンスターが立ちふさがる。いや、まともにその姿を確認する必要はない。
「雑魚が、俺の前に立つな」
接近と同時に上半身を蹴りで消し飛ばす。少しだけ減速するが、ここまで来ればもはやウィニングランだ。一瞬だけ後ろを振り返って中指を突き立ててから煽るようにそのまま最奥の扉を抜ける。
「タッチダウン!」
びたーん、と床にユウキが転がる。ドローンを抱えたままぴくぴくと痙攣する様な様子を見せるユウキを放置し、扉の向こう側へと向けて中指を突き立てる。
「二度と!! 二度と逆らうんじゃねえぞ!! クソボケが!!」
うおー、と吠えながら勝利の舞を踊り、迫ってくる崩壊を前にボス部屋から7番ホームへと通じる扉を怒りを込めて蹴り閉める。扉が閉まった所から一応経過しつつ数秒間そのまま待機するが、扉が開く事はない。
ダンジョンを飲み込む崩壊の波はまだ、ボス部屋にまでは届かないらしい。はあ、と息を吐いてゆっくりと床に座り込む。流石に肝が冷えた。ヤバイモンスターと出会ってしまった時の比ではない緊張感と焦りだった。
「はぁ……なんとかなったぁ……ユウキ? 生きてる?」
床に転がるユウキを見て声をかけると、倒れたまま手をぷらぷらと動かす。
「死んでるぅ……床が生暖かいぃ……ぬちょぬちょするぅ……」
「あんま綺麗な床じゃないから転がらない方が良いぞ」
はあ、と息を吐いて起き上がる。これまでのプラットホームから隔離されたように存在するボス部屋は、姿かたちだけで言えば電車が停車するプラットホームそのものだ。破損状況や汚れ方は7番ホーム部分よりはマシで、1台の電車が停車している状態だ。
停車している電車に乗り込む事でこの路線のボス戦は開始されるのだが、逆に言えば乗り込まなければ戦闘は始まらない為、少しだけ休む事が出来る。とはいえ、ダンジョンの崩壊は今も続いている。そう長く休む事は出来ない。
床に転がっているユウキを軽く足でつんつん、と突く。
「もう、二度と、ジェットコースターには乗りたくない」
「次やる時はもうちょっと乗り心地を考えておくよ」
ストレージからグラノーラバーを取り出して噛みつく。未だに動き出さない電車の姿を見て、どうしてもボス戦を終わらせるだけではここから脱出できない様な予感がした。
どことなく感じる誘導されているような、引き込まれているような嫌な感覚を忘れず、脱出の為の準備に入った。
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