始まる異変

 粒子の煌めきを飛ばし剣が振るわれる。絵として映える武器だと思う。


 1回、2回、だがそれ以上欲張る事無く剣を振るう姿は僅かに下がり、相手の攻撃を引き付けてから回避し―――振るった後の動きに踏み込んで振るう。また1度、そして2度。タイミングを計ってリズムのある動きだ。それは相手の動きのパターンが取れているという事だろう。


「そう、観察して相手の流れに乗る。特にこういう無機物タイプは動きが割とパターン化されてるからしばらく観察し続ければすぐに動きが解るし、練習に持ってこいだ」


「欲張らずに……欲張らずに……今!」


 踏み込んでの斬撃がマネキンの命を削り切った。命を失った姿がゆっくりと崩れ落ちて行き、倒れて散る。危なっかしさを感じないユウキの戦闘の様子に拍手で賞賛する。


「やるじゃん。これなら1対1なら何の問題もなさそうだな」


「いやいや、そりゃあ灰色が後ろから見守ってくれてるからだよ」


 そういうユウキは手応えを感じているようで、少し嬉しそうな顔をしている。生徒としては中々優秀なようで、教えた事は基本的にメモを取って覚えるし、他にも解らない事は直ぐに質問してくる。こう考えるとかなり良い生徒だと思える。


「先生先生! 灰色先生!」


「はい、ユウキ君。何かな」


「今、視聴者に武器の話をされたんだけど、剣以外のものを触った方が良いって言われたんだけど、そこら辺ってどうなの?」


 ユウキの言葉にあー、と声を零す。


「難しい話だねぇ」


「難しい話なんだ」


 ユウキがホロウィンドウを此方へと向けてくる。そこには視聴者のコメントが流れている。


:自称ウェポンマスターさんはどうなの?

:早い段階でメインウェポン決めた方が良くない?

:灰色相手にマウント取ろうとするのかこいつら……

:難しい話だよなあ

:趣味でいいんじゃない? プロじゃなきゃ


「まあ、プロじゃなきゃ極論なんでも良いってなるわな」


「えぇ……」


 まあ、早い段階でメインウェポンを決めろって話も正しいし、趣味で選ぶという話も正しい。


「プロ、専業を目指さない層って9割下級止まりなんだけど、ぶっちゃけ下級って武器をちょい良いもんにすればどうにかなる範囲だから」


「さっきまでの俺の努力は!?」


:草

:武器と防具整えるだけでどうにかなる範囲だからな

:間違ってはいないけどよお……w

:実際アプリでどうにかなる範囲だしな

:上目指す前提での選択肢だからな

:なんか、同接多くない?

:初見多い感じ?


 まあ、努力が別に無駄という訳じゃないのだ。努力すればするだけ装備に使うコストをカットできると考えて良い。多々追えば先ほどやった戦闘理論なんかは金を使えば飛ばせる範囲だ。硬い防具と鋭い剣があれば余計な苦労をせずに相手は倒せる。


「逆に言えばそこら辺しっかりやれば装備の更新費用は抑えられるという訳で」


 それが正解だとは言わないし、金で解決できる事は金で解決するべきだとは思う。上を目指すなら経験と技術はどっちも必要なもので、金では解決できない問題も付きまとう。その上で下級のみで活動するなら金で解決するべきだとは思う。


「楽だし。痛い思いせずに済むし」


「先ほどまでの努力全否定……」


「まあ、俺みたいに将来的に専業目指すなら別に無駄という訳じゃ―――」


 ぶおん、と音が響く。ホームに電車がやってくる時の音だ。はて、と言葉を止めて振り返る。確か電車がやってくるギミックは存在する画、そのギミックはもっと下の層で発生する筈のものだ。2番ホームで発生する様なギミックだったか、と思案する。


「……灰色? 急に止まってどうしたうぉっ!?」


 首根っこ掴んで後ろに引っ張る。槍を握る。口を閉じてホームにやってくる電車の姿を見る。所d頃赤く変色している電車の姿は侵食している、とでもいうべき異様をしていた。


「俺の前に出るなよ」


「……あ、もしかして真面目な感じ?」


「真面目な感じ」


「黙っておくね」


 応えずホームへとやって来た電車を見る。停車した電車はその扉を開き、ゆっくりとその内側から新たなモンスターの姿を―――出す前に、一回転しながら槍を薙ぎ払った。


 開きかけていた扉がひしゃげ、出てこようとしたモンスターの姿が見える前に砕け散る。だが他の扉からモンスターたちが下りてくる。全体的なマネキンの様な姿は変わらないが、その部分部分がむき出しの肉によって補強されたグロテスクな姿のマネキンたちだ。


「こいつら確か……」


 ぎぎぃ、ぎちぃ、と異音を響かせながら降りて来る姿に槍を投げつけて纏めて粉砕する。同時に手元にクロスボウを二挺取り出し、それを下りてく姿へと向けて乱射する。クロスボウから放たれた矢が衝突するのと同時に衝撃が走り、着弾地点を中心に肉人形が砕け散って行く。


 無論、魔法でもなんでもなく、対物衝撃矢と呼ばれる着弾と同時に破砕する衝撃を放つ矢だ。


 次々と朝のラッシュアワーの如く出現してくる肉人形どもを降りて来るのと同時に射撃して粉砕し続ける。砕け散った肉とマネキンの部位が宙を舞い、床をのたうち、砕けながら散乱されてから消えて行く。勢いを増す出現数はやがてピークに達してほとんど絡み合う塊となってホームの上に転がり出てくる。


「甘ぇ」


 それもクロスボウの速射連射で粉砕する。


 ゲームで例えるなら攻撃力100の武器でHPガ10しかない敵を殺している。小規模なスタンピードとも呼べる現象は普通に考えれば致命的なイベント、ダンジョンギミックだろうが敵を圧倒するだけの火力があるのであれば、ただの殺戮になる。


 そして当然、この程度のラッシュ処理に苦労する程弱いつもりはない。


 ストレージから自動装填される衝撃矢と連射はもはやマシンガンの様だと表現できる。衝突と破砕の音がホームに響く中、漸く肉人形を吐き出し終えた列車へと二挺の先を向け、そのまま10発叩き込む。


 金属の軋み、震え、そして破砕する音が響く。


 レールからはじき出された姿が粉砕されながら奥の壁に叩きつけられ無残な姿となって横倒しになる。右手のクロスボウだけを列車へと向けたまま続きがないのを確認し、武器をストレージの中へと戻す。


「……もう喋っても良い?」


「良いよ」


「やったぁ……じゃなくて、えーと、なんか、これ、もっと下の層で発生するギミックだって視聴者が……」


 そう言ってコメントの書かれているホロウィンドウを持ち上げて見せてくるユウキに頷いて応えた。そうだ、これは本来であればもっと深い所で発生する筈のギミックだ。突発的に発生するモンスターによるラッシュ、モンスターハウスが移動してやってくるようなもんだ。


 何をどう見てもカスのイベントだわ。相手がまだ弱いから許され……いや、ダンジョンの適性レベル帯だと即死ギミックだわ。やはりカスのイベント。


「そうだな、出てくるモンスターも5番ホームから6番ホームぐらいの強さの奴が1つの車両からどばー、って出てくる奴。俺みたいに発生に対して処理能力が足りてればそう脅威でもないんだが……」


「あ、俺みたいな奴だと死ぬしかないのね」


「そういう事。しかし、おかしいな……」


 近くの柱にはちゃんと2番ホームの表記がされている。つまり知らないうちにホームを移動したという事はあり得ない。そもそも階段を下りないと次のホームには向かえないし、路線変更の為には特定の電車に乗る必要がある。


 複雑に絡み合った迷宮構造をしているが、それでもちゃんとしたルールが存在する。そして都市部のダンジョンは隅々まで探索されている。だからこそ都市部に残されている。そうじゃなきゃダンジョンコアを破壊しているだろう。


 嫌な予感がする。何か想定外の事が起きている。


「……なあなあ、灰色よ。なんかやバゲな気配感じるし、これ帰った方が良いんじゃね? いや、べっつに灰色先生の実力を疑っているわけじゃありませんけど。疑ってる訳じゃありませんけど!!」


「2度も言うな、2度も。いや、でもその判断は正しいよ。少しでも違和感を覚えたら撤退するのは長く生きる為の秘訣なのは確かだ。引き上げよう、生きてるならまた来れるから」


「わあい。じゃあ、予定よりちょっと短いけど地上に戻ったら本日のまとめをして配信を終わらせるかな! 今日は本当に助かったよ。また死ぬほど頼らせてね!」


「味を覚えたな貴様。別に予定がない時なら良いけど」


 これで配信も終わりかあ、と思うと配信というコンテンツも身構える程のものではないと解った。自分が今まで認知していなかっただけで、ユウキを見ていれば配信1つとってもかなり大変な苦労が裏にある事が解った。


 だいぶ食わず嫌いが強かったが、これを機にもうちょい真面目に付き合ってみるかなぁ、等と考える。


 道すがら全てのモンスターは排除してきただけに、帰り道はあっさりとしたもので、阻まれる事もなく入って来たのに使ってエレベーターの所まで戻って来れる。直ぐ横には階段もあるが、態々これを使って1番ホーム経由で帰ろうとは思えない。


 ユウキがエレベーターのボタンを押す。


「灰色、話してみると面白い奴なんだから皆ももうちょい話しかければいいのになぁ……」


「正直、他人と話すのってかなりだるいからなるべく会話せずに済むならそれで良いんだけどな、俺は。友達だってお前1人いれば十分だし」


「いや、お前というコンテンツは俺1人で独占するにはちょっと勿体ない。お前の面白い所をもっと知るべきだと思うよ。今日は教導メインだったしもっと雑談配信とかに出て欲しいわ」


「めんどくせぇ……」


「そんな事言わずにさ! って、エレベーター来たみたい―――」


 シャフトの中をエレベーターが下りてくる音がする。扉が開き、エレベーターの中へと入れるように―――ならない。エレベーターが来る前に開いた扉の向こう側には、乗るべきものがなく、下へと続く穴だけが存在している。


「来てないが?」


「来てないねぇ……」


 2人揃って首を傾げていると、エレベーターシャフト爆速で何かが落ちて行く。2人一緒にシャフト内部を見ると、エレベーターだったものがシャフトの中を無限に落下するのが見えた。2人でしばらくの間、消えて行くエレベーターの存在を眺め続ける。


 エレベーターから視線を外し、2人で配信画面を見る。


:いや、草

:エレベーターないなった……なんで??

:どこ行くねーん

:エレベーター「ちょっとコンビニ行ってくる」

:こっちみんな

:wwwww


 配信画面から視線を外してもう1度虚無のシャフトを眺めてから顔を戻す。


「エレベーター消えてったな」


「特急エレベーターだったのかなぁ」


 エレベーターにも特急とか快速とかあるのかな。あるのかもしれん。いや、あってたまるか。


「ボケてる場合じゃないぞ! 出口が1つ消えたぞこれ!?」


「え? あっ!?」


 素早く横の階段まで移動し、見上げる。だが見上げた先の階段の奥は何時の間にか鉄格子によって封鎖されており、その更に奥、1番ホームはゆっくりと崩壊していた。


 既に逃げ道は、失われていた。ダンジョンは再構築を始める為にまずは崩壊する。その為の機構が作動していた。耳鳴りのように響く崩壊の音に、一瞬、全てを忘れて呆然とその光景に見入ってしまった。



 ―――天使との邂逅まで後30分。

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