強くなりたーい!

 2番ホームは旧新宿駅の範囲で考えるなら2番目に楽なエリアだと言えるだろう。出現するモンスターも戦いやすく、特別な能力を持たない。下級に踏み出したばかりの探索者が手を出すには丁度良い相手だろう。


「軽く間引くから、残ったのを相手するんだぞ」


「イエス、ボス」


 ビシ、と敬礼をするユウキを置いて数歩前に出る。


 旧新宿駅に出没するモンスターは言ってしまえばマネキンに近い姿をしたモンスターだ。人型で、人の様な特徴を持たないから初めて人型モンスターと戦う経験を積むには丁度良い相手でもある。顔がのっぺらぼうで、体も人らしさが薄いから戦いやすい。


 それがまるで人のようにベンチに座ったり、電車を待って列を作っている。近づかない限りは反応してこないのは低階層特有の“緩さ”と呼べるものだ。これがもっと深い階層、難易度の高い所であれば徘徊してたりするのだろうが、ここでその心配をする必要はない。


 なのでユウキが接敵する前に1体だけ残して処理する。


 トン―――トン―――トン。


 床を蹴って一気に加速する。呼吸を止める。一瞬で踏み込みながら手の中に出現したハルバードでベンチに座っている個体を纏めて薙ぎ払い、足を引きずるようにそのまま体を後ろへと向かって流す。


 既に手はハルバードを放している。その代わりに逆の手に刀が抜かれている。それを体を回すように一閃。


 列を組んで電車の到来を待っていたマネキンが纏めて処理される。最後の1体を刃が抜けた瞬間にはもう刀も手を離れている。その代わりに指の間には小づちが3つ挟まれている。


 投擲、寸分の狂いもなく残された4体のマネキンの内3体の頭を砕いて即死させる。手元にナイフを1本出現させながら真っすぐと姿勢を正せば、送れて力を失ったマネキンたちの体がどさどさと音を立てて倒れだす。


「処理完了。奇襲、伏兵の気配なし……まあ、流石にここらのレベルである訳もないか」


 最後に残ったマネキンが機械的な動きで襲い掛かってくるのをひらり、とギリギリで回避する。一応に備えてナイフを出しているが使う必要はなさそうだ。素早く殴り返してくるマネキンの動きを余裕を持って回避する。


「よし、コイツを使って良いぞ……ってなんだその顔」


 マネキンのヘイトがユウキへと飛ばないように適度な距離を保ってマネキンの攻撃を誘導していると、ユウキは腕組しながらしきりに頷いている。所謂後方理解者面とでも呼ぶべき表情を浮かべたユウキは満足げな息を吐く。


「ふふ、視聴者の皆見てるか? アレが俺のダチの実力なんだぜ……って顔」


「この程度で誇られるのも恥ずかしいから止めてくれよ……それよりも実力を試すんだろ? ほら」


「あー! 急にこっちに押し付けないで! あー! 待って! まだ覚悟が出来てない!」


 コメントの流れが速く、余り眺めていたくないので、意図的に視線をコメント欄から外す。そしてユウキの戦いぶりを観察する事にする。


 本人曰く、オーソドックスなテクノフェンサースタイルらしい。押し出されたマネキンを前に左半身を前に、右手に柄だけの武器を取り出し、起動させる。光を放出し、それが実体剣へと変化する。粒子体と実体を切り替えられるオーソドックスなタイプのフォトンエッジだ。


「灰色の馬鹿! 鬼! アホ! イケメン! 好き!」


 罵りながらも動きはしっかりしているもので、迫ってくるマネキンを相手にしっかりと攻撃をサイドステップで回避してから剣を振り下ろし……突き刺した。


「あ、硬い」


「筋力が足りないねぇ」


「う、うお―――! 抜けねぇ―――!!」


 必死の形相でユウキが剣を引き抜こうとするが、結構深く刺さってしまったらしく抜けない。必死に剣の柄を掴みながらもう片手でマネキンの顔面を殴っている。絵面があまりにも酷すぎて面白い。確かに、自分では絶対にやりたくはないけど動画か何かで見る分には面白いかもしれない。


「灰色―――! 見てないで助けてくれぇ―――!」


「えー」


 どうしようっかな、と唇に指を立てて首を横に倒すとキレ気味の表情でこっちを見てくる。


「た、助けろぉ……!」


「はいはい」


 必死に食らい付いていたユウキがばっと離れるので、ユウキと入れ替わるようにマネキンの前に出て刺さっている剣を掴み、それをそのまま押し込んで振り抜く。討伐完了、真っ二つに咲かれたマネキンが動かなくなり床に倒れ込み、そのまま粒子の塵となって消え始める。


「ぜぇ、はぁ……ぜぇ……はぁ……」


 床に座り込んだユウキはしばらく息を整えるのに時間をかけると、此方を見上げてくる。


「もうこれで帰らへんか?」


「お前がそれでいいなら別に良いけど、このまま帰るの死ぬほどダサいぞ」


「だよなぁ……ですよねぇ……」


 はあ、と溜息を吐きながら起き上がってくるユウキに回収した剣を返す。それを受け取りつつユウキは自分の腕と、俺の腕を交互に見返す。


「俺とお前、一体何が違った……!」


「闇落ちプレイ?」


「うん。いや、そうなんだけど何が悪いのかも知りたい」


 まあ、せやな、と軽く答える。俺の攻撃は全部ちゃんとマネキン共を両断粉砕し、ユウキの攻撃はマネキンに刺さって貫通出来なかった。


「まあ、俺はそもそも自分の強化にそこそこお金かけてるから、筋力とかのベースとなるスペック差が違うんだよな」


 力拳を作るように腕を持ち上げると、ほうほうと声を零しながらユウキが俺の腕を見る。


「もしや灰色さんや、サイバネ着用のお方で?」


「いや、サイバネは好みじゃないからやってない」


 サイバネティクス、つまりサイバーウェアなどを体に仕込んでいるかどうかという話だ。現代の科学力ではかなりハイレベルなサイバーウェアもあるし、サイバネ化で一気に人間の領域を飛び越えて強くなることだってできる。


 日本国内に限る話だと、あまりサイバネは人気じゃないが海外……というかアメリカ方面ではサイバネが確か主流だ。というのもサイバネの強みは金で購入できる強さという点にある。金を出せば筋力、骨格、戦闘技術までダウンロードして強くなることが出来る。その為短期間で強くなる為の手段としてサイバネはかなり人気が高い。


「だけどサイバネは同時に消耗品なんだよね。戦闘していない日常生活の中でも少しずつ消耗して行く。馬鹿高いサイバーウェアを用意して手術して装着したとして、何時かは壊れるんだからまた同じものかもっと良いものを調達しなくちゃならないんだよ」


「手間が凄そう」


「実際、サイバネ化をメインにしてるのは企業の私兵とかがメインだしね。企業とか国家所属だとマネーパワーで装備を維持できるから」


「成程。灰色みたいな個人? には向かないのか」


「だな。となると後は強化施術かルーン刻印か、って話になる。俺は後者。手術とかで体を弄ったりするのは強さの純粋さを損なう行いだと思ってるからなるべく手を出したくないんだよね」


 強化施術、筋肉や骨格を直接強化する為の手術などの事だ。場合によってはモンスターの部位を移植するケースもあったりする。割と耳と尻尾を移植して獣人ごっこする獣人化施術も結構人気だったりするのだが、アレはどういう気持ちでやってるんだろうな。


 俺がやっているルーン刻印はダンジョンから発掘された道具類、アーティファクトと呼ばれる特殊能力を備えて装備品の効果をそのまま肉体へと移し替える行いだ。抽出された概念を紋様へと変化させ、入れ墨のように肉体に書き込むというものだ。


 サイバネとは違って最初の費用さえ容易してしまえば半永久的に機能するし、アップデートだってそこまで難しくはない。問題があるとすれば、そこまで強い効果のあるアーティファクトを調達するのが難しいという話だ。


 結局、1番楽なのはアプリで身体能力向上系の奴を購入し、運用する事だ。後遺症もなければデメリットもなく、止めたければ何時でも止める事が出来る。費用だって他の強化手段と比べれば非常に安い。


「とはいえ、今回に関してはユウキの筋力がクソザコ貧弱カスだった事よりも別の理由がある」


「今凄い酷い罵倒の仕方しなかった?」


「当然だけどダンジョンは深くなればなるほどモンスターが強くなるし、硬くもなる。相手に対してどういう攻撃手段が有効なのかを見極めるのも重要な事だ」


 手を横に軽く持ち上げると、掌の上にユウキの使うモデルとは別のフォトンエッジが出現する。それを軽く指で弾いて飛ばし、回転しながら落ちてきた所を掴んで起動させる。


「フォトンエッジは実体と非実体の両方のモードが切り替えられる汎用性の高い武器で、ああいう無機物タイプの敵は有機ベースよりは固いから、実体剣で切っちゃ駄目なんだよな」


「先生! 先生はさっき余裕で真っ二つにしてましたが!」


「俺は素手でもアレを真っ二つに出来るよ」


 あちょー。手刀をベンチに振り下ろす。


 ベンチは真っ二つになった。


「成程なあ。これ、比べたりしたらあかん奴だわ」


「賢いね。上の世界は基礎スペック整えるのに数百億とか余裕でぶち込むぞ」


 それこそ上級よりも更に上、特級と呼ばれる連中や、国や企業でさえ手綱を握れない為に超越者としか呼ぶ事の出来ない人類最強の化け物共とかが強くなるために費やした費用は0が多すぎてあまり現実的な数字に見えないだろう。


「それでもどっかのラインでアプリを切って、何らかの手段で強化する必要はあるよ。アプリは安いけど天井が低い。下級Dぐらいならまあ、戦い方工夫してどうにかなる範囲だけど、さらに上の領域を目指すなら体をどうにかする必要があるかな」


「うーん……強化施術かあ……」


 考え込むような仕草を見せるユウキを前に、ユウキの横に浮かび上がるコメント欄が素早く動く。何やらアレがお勧めだ、これがお勧めだという話を一気に流し込んでいるらしい。それを確認しながらコメントに大雑把に返答して行く姿に配信者としての姿勢を見つつ、


「さて、次のグループを探してくるか」


 時間的に後4~5グループぐらいは行けるだろうと当たりを付けて行動を再開する。

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