ダンジョン配信というもの
ダンジョンは地上にモンスターが溢れださないように厳重な管理が行われている―――のだが、侵入する事そのものはそう難しくはない。現代におけるダンジョン資源の重要性は高く、そして常に足りていない。
その為何度か法律は変わり、今では登録さえ行えば誰だってダンジョンに入れるようになった。
……と、いうのは企業による圧力に国が屈したからだ。
60年前に、ダンジョンを最初に見つけたのは国ではなく企業の方だった。そして企業はその中身が溢れだすまでダンジョンを独占した。それを非難する者も当然いたが、未知の技術と力を手に入れた企業に逆らえる者はいなかった。そう、国でさえ屈するしかなかったのだ。
その結果、今では小学生ですらライセンスが取れるならダンジョンに潜れる世の中になった。俺達からすればそれは何の変哲もない、普通の事でしかない。放課後小遣いを稼ぐ為にダンジョンに潜って戦う事、武器を手にする事、戦闘用のアプリを購入する事。
全部、日常の一部でしかない。
「―――だけどそれが日常ではない人達もいるんだよね。俺達は完全に日常になっている側の世代。10年ぐらいまでさかのぼるとその境目の世代、そして20年30年ぐらい遡るとそれが普通ではない世代になるんだってさ」
「へぇ」
支部を抜けると既にそこは旧新宿駅エリア表層部になる。大量の改札口、テープによって封鎖された通路、未だに動く切符売り場、見た目はどこにでもある様な駅なのに、どことない歪さを全体的に感じられる。
構造、というよりは在り方が歪んでいる、それが場所を巻き込んで発生した場合にダンジョンの特徴だ。旧新宿駅ダンジョンは新宿駅そのものがダンジョンと同化する事によって発生したダンジョンだ。発生当時、ダンジョン化に巻き込まれて犠牲になった人、そしてその中で頭角を現した人たちは未だに多くの人々の記憶に強く、焼き付いている。
「俺達みたいにダンジョンに潜る事が普通、日常ってなってる世代はそのままダンジョンに潜れば良いじゃん? だけど今の30代から40代の人たちは割と何言ってんだこいつ? って感じの感情らしいんだよね」
ほら、とユウキは言葉を続ける。
「俺達の学校でのカリキュラムには戦闘教育もあるじゃん。今の時代自衛手段は必須だし、戦わないって選択肢はないだろ? でも上の世代になるとそこら辺は全部専業に任せるって考えが強いらしいんだよね。今ほど戦闘に必要な道具アプリが安くなかった、ってのも理由らしいけど。あ、2番ホームで」
「2番ホームね」
切符売り場まで移動したら券売機で切符を購入する―――これは純然たる旧新宿駅側のギミックだ。入場には切符売り場で切符を購入しないと入れない、という妙なルールで、これを守らずに中に入ろうとするとペナルティを受ける。
まあ、あえてペナルティを受ける理由もないので2番ホーム用の切符を購入し、改札口に切符を通して駅構内に入る。今の所、他に探索者がいる様子はない。まあ、平日のこの時間帯となると流石に少ないか。これが週末なら様子は違ったのだろうが。
「えーと、確かエレベーターから直接2番ホームまで下りれるんだっけ?」
「そうそう、切符を購入してるなら直接目的のホームまでエレベーターで行けるんだよ。一応1番ホームから順番に降りて行く事も出来るけど面倒だからお勧めしない」
エスカレーターを指差して1番ホームへと降りる道を示す。ちなみに他の通路を抜ける事でこの迷路みたいな駅構内を進み、別の路線へと切り替える事も出来る。そうすると出現するモンスターの特性や種類、難易度がガラッと変わってくる。
今いるのは1番スタンダードな敵が出現する路線だ。昔は何でもここが最も大きい路線だったとか。
「じゃあここら辺で準備するか」
エレベーターの前で足を止めるとストレージから粒子を払いのけながらドローンを1機取り出した。小型のドローンは電源を入れると浮かび上がり、そのレンズを此方からユウキへと向けた。恐らくこれが配信撮影用のドローンなのだろう。
「これで配信するのか」
「そうそう。AI制御してるんだけどちょくちょくこっちで操作入れる感じかな? だいぶ最適化は出来てると思うよ。戦闘には巻き込まれないように離れて配信し続けてくれる俺の頼りになるパートナーだよ」
「へぇ……こういうので配信してるんだ」
まあ、確かにスマホを使って配信なんてやってたら映像がブレブレになるし、カメラ搭載型のドローンで撮影するのが無難か。
「大手とかは専業のカメラマンがいたりするね。でも俺みたいな個人勢は大体ドローンじゃないかな? ドローンは戦闘の時に巻き込まれやすかったりするからそこまで信用がある訳じゃないんだけど、手が空くって意味ではこれ以外の選択肢がなくて」
「成程なぁ」
大事な商売道具である、と。浮かんでいるドローンを軽く指先で小突くと少しだけ後ろへと押し出され、それから急いで元の位置へと戻ってくる。ちょっと可愛い感じがする。興味深げにドローンを眺めていると、エレベーターがやってくる。それに乗り込みつつ、友人の声に耳を傾ける。
「それじゃあ今日やりたい事の確認なんだけど……良いか?」
「おう、頼む」
2番ホームへと降りるボタンを押して、扉が閉まる。
「今日は本当なら5人パーティーでこれまで戦ってきた奴との強さの違いとかを話し合う予定だったんだよな。それぞれが初級をある程度低人数でクリアできる程度には強かったし、5人も集まれば下級の偵察ぐらいは出来るんじゃないかぁ……なんて思ってさ」
「だけどもういない」
「そう、だから内容にちょっと困ったんだけど……ほら、俺、灰色がどれぐらい強いかってのは解らないけど、少なくとも俺よりも滅茶苦茶強いって知ってるじゃん?」
せやな、と頷く。具体的に自分がどれだけ強いのか、という話を口にするつもりはないし、説明する必要もないだろう。それはあまり、重要な事ではないし、強さなんて自分が解ってれば十分な話だ。だから程々に強いぞ、とぼかす。だがそれでユウキは満足そうな表情をしている。
「だからさ、灰色にはなるべく個々のモンスターと1対1で戦える状況を作って貰いたいんだよね。多分それが1番安全だし、自分の実力とか比べやすいと思うんだよね。だから灰色は戦闘が始まったらなるべく敵を俺から遠ざけて欲しいんだけど……頼めるかな?」
「よゆー、よゆー。それぐらい……というかこの程度で困る事は何もないよ」
「マジか、ありがてぇ! 後協力してもらう手前、配信開始した時に紹介するつもりだけど、出演NGとかある?」
「いや、特にないよ。配信というコンテンツ俺の相性が悪いだけで、映ったりネタにする分には特に困る訳じゃないしな」
何度も頭を下げて感謝してくる友人の姿に無言のサムズアップで応える。
ちーん、とベルの音が響いてエレベーターが開く。目の前には無人のプラットホームの巣がtが広がっている。ゆっくりと、ユウキと一緒にエレベーターから出てプラットホームに立つ。横には1番ホームへと繋がる階段とエスカレーターがある。
「ん、100メートル先に気配が幾つか。余り前に出なきゃ大丈夫そうだな。配信、ここなら安全に始められるぞ」
「今どうやって判断した???」
腕を組んで首を傾げてから数秒唸り、
「……慣れ? 有機物系だろうと無機物系だろうとモンスターはモンスターで特有の気配がするから、そのうち体が気配を覚えるよ。人間とは完全に別のもんだから」
「うお、発言内容が人外」
「ストレートに酷ぇ」
周囲の安全は確保しつつ、ユウキはエレベーターから階段の前まで移動し、ドローンを浮かべている。ここら辺かな、と呟きながらホロウィンドウを幾つか浮かべると、此方にそのうち一つを投げてきた。横で停止して浮かぶホロウィンドウには、配信画面が映されている。
:新 宿 ソ ロ
:取り残された男、ユウキ
:逃げる奴いねえよなぁ? なあ!
:SNSで予定通り潜るって言ってたけど不安だな
:誰か助けに行けよ……俺は嫌だけど……
:シンプルなカスがいて草
既に待機しているのか、コメントがそこそこ流れている。
「ドタキャン喰らった配信者、それでもダンジョンに挑戦する……って感じでちょいバズしてる感じだね。この流れを逃さずに乗って行きたい。ってなわけで配信始めるよー。灰色は……そう、まずはフレームの外側に居てね。カメラの範囲可視化されてるでしょ?」
「おう」
半透明なホロ型のフレームでカメラの映してる範囲が可視化されているおかげで、範囲に紛れ込んでいないか否かが一瞬で解る。こういうのを含めて割と未知の世界なので、新鮮な気持ちはある。
「3……2……1……」
スタート、という言葉は消え、その代わりに配信が始まる。ドローンのカメラ内でやあ、とユウキは片手を上げて挨拶する。
「やあ。皆……いなくなっちゃったね……」
:草
:開幕ぼっち
:下級でチキる奴いねえよなあ! います!
:まあ、仮病とかじゃない可能性もあるから……
:今確認したらソシャゲにログインしてたよ
:草。ソシャゲぐらい許してやれ
怒涛のコメント欄に目が回る。これ、真面目に全部追いかけようとすると相当疲れるだろうと想い、コメント欄から視線を外す。
「まあ、見ての通りパーティーで挑むはずだった旧新宿駅2番ホームに来たよ。タンク! 切り込み隊長! タンク! タンク! テクノメイジ! という完璧なパーティーバランスだったのにな」
:言う程バランス良いか??
:何度見てもタンクの比率がおかしい
:いや、まあ、初見Dにタンクは行きたくないのは解る
「そういう訳でね。ぼっちになったけど、折角だし行こうと思ったんだよ。着実なステップアップには勇気が必要だと言うしね、ユウキなだけに」
:は?
:聞こえない
:は?
:は?
:もう1度言って?
「うす……」
「ほー」
ユウキの視界の端には俺と同じようなホロウィンドウが置かれており、それでどうやらコメントの流れを追っているらしい。直ぐに見るのに疲れた俺とは違い、リアルタイムでコメントの雰囲気や流れを追いつつ言葉を選んでいるらしい。
俺にはないコミュニケーション能力だ。良くもまあ、見知らぬ相手に会話の流れを合わせられるものだ。
「言うてね、言うてね? 俺もさ、別にソロでやろうとは思ってないんだよ」
:はい
:本当にソロでやろうと思ってるなら止めたよ
:え、初見ダンジョンをソロで!?
:お、自殺かな
:まあ、流石にね
「だから抜けた4人分の穴を埋められるほど強い奴いないかなあ、と思ってたわけですよ」
:はい
:はい
:はい
:はい
「いたわ、ダチに。という訳でぇ……マイフレンドを今日は呼んだよ! 登場お願いしまーす!」
拍手しながら此方に視線を送ってくるので、カメラ外から歩いてユウキの横に並んで立つ。横に並んで立って腕を組む。
「……」
「……」
「……?」
「……?」
互いの顔を見合わせ、それから首を傾げ合い、頷いた。
「いや、なんか言えよッッ!」
「え? あ、今の喋る所だったんだ」
:終わりだよ
:知ってる奴が出てきてダメだった
:誰?
:配信者じゃなさそう?
:臨時の人じゃない?
:あっ(察し
「えーと此方、個人的な友人の灰色くんね。俺が知ってる限り1番強い知り合いだよ。ギリギリのところで頼み込んだら今日は一緒に来てくれるって快諾してくれたんだ。そういう訳で本日はエスコート宜しくお願いしまぁ―――す!!」
コミカルに頭を下げてくるユウキの様子に解りやすいパスが渡されてきたとおぉ、と声を零した。とりあえずカメラ目線で口を開く。
「中級探索者、灰色。特技は相手を破壊する事。スタイルは……しいて言うならオールラウンドウェポンマスターかな」
シュバ、と片手を持ち上げてサムズアップを向ける。
「宜しく」
数秒ほどポーズを取ったまま固まって、視線をユウキへと戻す。
「なあ、こんな感じ? こんな感じで良いのか? 大丈夫? もっとポーズとか付けた方が良いのか……?」
「そのままのお前でいてくれ。面白いから」
激しくなるコメントの流れを長めつつ、旧新宿駅での探索配信が開始される。
―――天使との邂逅まで後1時間10分。
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