迷宮都市新宿
かつて、新宿駅はまるでダンジョンのようだと表現されていたらしい。
改築と増築を繰り返す事で路線を増やした新宿駅の内部は地図が無ければ迷ってしまう程に広く、そしてアリの巣のように広がっていた。1つの路線からもう1つの路線まで行くのにまた別の場所でへと出る、そんな複雑怪奇な構造をしていたらしい。
それを人々はネタにしてダンジョンのようだと言っていた。
だがまさかそんな人たちも、新宿駅が本当にダンジョンになるとは夢にも思わなかっただろう。
『―――新宿迷宮前ー、新宿迷宮前―――』
電車内に響くアナウンスに寄りかかっていた扉から背を離し、ユウキ共々電車から降りて改札口へと向かう。浮かび上がるホロウィンドウに手をスワイプする事で自動精算を行い支払いを終えると、見慣れた新宿の街並みが見えてくる―――とはいえそれも、昔の人たちが知っている景色とは違うだろう。
かつて、新宿駅と呼ばれた駅は今では旧新宿駅と名を変えて残されている。そしてその周囲は再開発によって大きく姿を変えた。近代史の先生によれば、それはダンジョン発生の頃に旧新宿駅からモンスターが溢れだし辺りを破壊して回った事に原因がある。
所謂スタンピード現象が原因で旧新宿駅周辺は一回滅んだと言えるレベルでぼろぼろになった。
だが人は逞しかった。
ダンジョンは資源を与える。
人は諦めなかった。
ダンジョンは力を与えた。
人は未知に挑んだ。
ダンジョンには、ロマンがあった。
旧新宿駅の中へとモンスターを押し戻した黎明期の探索者たちや軍人たちは駅の封鎖に成功し、企業達はそこから資源を得る為に新宿の再開発を行った。そして旧新宿駅ダンジョンから資源を回収する為の都市作りが進んだ。
迷宮都市新宿。
それが現代における、新宿という街の名前で、役割だ。
「ダンジョンを封鎖しろー!」
「戦いを止めろー!」
「モンスターたちを刺激するなー!」
「ダンジョンを利用するなー!」
と、駅を出て早速煩く響くデモの声がする。視線をちょっと向ければ10人ほどのグループが鉢巻を付けてメガホンで道行く人々に向かってダンジョンを放棄するべきだと熱弁している。
「新宿に来るたびに思うけどアイツら何時もいるよな。仕事どうしてんだろ」
「解んない……親の脛齧ってるんじゃない?」
50代ぐらいのおっさんがメガホン片手に探索者のネガキャンしつつ親の脛を齧ってるという想像、軽く地獄なのでなるべく直ぐに忘れたい。秒で連中の事を頭の外へと追い出しつつ、新宿迷宮前駅から続く道を進んで歩いて行く。
「それで配信の手伝いってのは結局、護衛すれば良いって事なんだよな?」
「あぁ、うん。本当なら5人でダンジョンに突撃してこれまで通ってた初級ダンジョンとかとの違いをレポートする感じ……の予定だったんだけどな。俺1人だと流石に戦力的に厳しいって感じだし。でも様子見るぐらいはしたいんだよなぁ」
「まあ、そこは俺に任せて。出てきたモンスターの数を処理できる数まで減らせば良いんだろ? それならそう難しい事じゃないからさ」
「ありがてぇ、ありがてぇ……今度マジで何か奢るよ」
友人の言葉に控えめなサムズアップで応える。
友人付き合いなのだからそこまで深く考えないでくれると嬉しい……などと思っている間に目的地に到着する。旧新宿駅へと入る為の入り口を封鎖するように建てられた建築物は探索者協会というこのダンジョンを管理する為の組織の支部だ。
その名前の通り、ダンジョンを探索する人達を支援、管理する為の組織で日本国内では1番大きな組織となる。つまり国内におけるダンジョンは企業か国が保有してるものでなければ、協会が抑えているものになる。
別に来るのも初めてではないので支部の中に入ったらロビーを抜けてそのまま奥の更衣室へと向かう。平日という事もあって利用者は少ないようで、更衣室に他の人の姿はない。到着した所で適当なロッカーの前に立つ。
制服のボタンに手をかけて脱ぎつつ、ホロウィンドウを表示する。ロッカーの認証登録を行いながらロッカーの中に脱いだ服を放り込む。
「そう言えば手ぶらで来たけどユウキは大丈夫か? 装備はレンタル予定か?」
「くっくっくっく……」
問いに半脱ぎ状態のユウキは此方に振り返ると、シュバ、とポーズを決めてから片手を掲げる。そうすると何もない空間に粒子が集い、そこから刃の存在しない柄だけの武器が出現する。
「じゃじゃーん、個人用ストレージを持ってまーす! 実は最近買い切りの奴買ったんだよね」
「おー、やるじゃん。買い切りの奴ってそんな安くないだろ」
「まあ、ずるずるレンタルの奴使ってても良いんだけど、やっぱ個人用ってカスタマイズ聞くじゃん? 保有領域の拡張とか、応答速度の強化とか個人用じゃなきゃ駄目じゃん? やっぱ真面目にやるなら必要かなあ、って」
賢いねぇ、と答えると自慢げな表情で胸を張る。
「所でシュウ君や? もしかして君は装備をレンタル―――」
粒子を払い落としながらストレージから黒いインナーを取り出すと、一瞬でユウキの顔がスン……とした。
「あ、はい。当然持ってるよね。シュウは“あんなに”強いんだし」
「まあ、程々に強いよ。程々に」
自慢するのは簡単だが嫌味に聞こえるだろうし、言葉は濁す。その代わりにさっさと半袖の黒インナーを着用し、灰色のズボンに履き替え、同じく灰色のコートに袖を通してからコンバットブーツに足を通せば……はい、お着換え完了。
「センスの欠片も感じない灰色一色だなぁ」
「うるせぇ。それから探索者の間は俺の事灰色、って呼んでくれな」
「あ、シュウは探索者用の名前を使うタイプなんだ。おっけおっけ、了解。灰色、灰色ね。すんごい解りやすい」
「名前なんて解りやすい方が良いんだよ。変に凝ったのを使う必要なんてないし」
「ほーん」
と、此方をしげしげと眺めていたユウキだが、自分の着替えの手が進んでいない事を思い出すと直ぐに着替えに戻った。と言ってもまだ低級である事もあり、装備は多くなくジーンズに破けたり汚れても良いシャツ、それに胸当てやガントレットと言った基本的な防具セットだ。
見た感じ、どうやら軽戦士スタイルのように見える。防御力は心もとなく感じるが、下級クラスであれば即死級の攻撃は飛んでこない。その事を考えればこの程度で大丈夫だろう。
最終的に防御ガン盛で攻撃を耐えるという方向性はパーティーのタンクだけが取るスタンスで、他のパーティーメンバーは攻撃を受ける事よりも回避する事を求められる。そう考えると防御を削っても機動力を損なわない装備を取る事は正しい。
着替え終わった友人の姿にサムズアップを送れば、向こう側からもサムズアップを返される。
更衣室を出てロビーに戻れば、幾つかのモニターが設置されている。モニターにはダンジョン内の様子等が映されており、何らかの異常があればそれを感知できるようになっている……とはいえ、こうやって監視できるのも比較的に浅い層だけの話になる。
それでも誰がいるのか、異常はあるのか、そういう事を確認するのには使える。
「お、今は配信者無しか。って事は1台独占できるな」
同じようにモニター台を確認しているユウキがそんな事を言う。
「独占?」
「おう。ダンジョンで配信とかやってると配信用のモニターに配信内容を流す事が出来るんだよ。で、複数の配信者が配信してると知名度のある奴が優先されたりするんだけどな。こうやって誰もいないと1台独占出来るんだよ」
「へぇ、配信者への配慮? って奴か」
「個人勢はこういうの割とありがたいんだよなぁ。企業勢と違って支援がある訳じゃないし」
「こじんぜい。きぎょうぜい」
ユウキの視線が此方へと向けられる。
「そこからぁ?」
「いや、なんとなく言っている事は解るんだけどさ、ニュアンス的に。俺、1度だけ配信見た事あるんだけど見てる途中で眠くなってきたしさ……」
「配信というコンテンツと死ぬほど相性悪そうだなコイツ」
俺もそう思う。いや、だけどさ、と言葉を置く。
「配信見るぐらいなら自分でダンジョン行けば良くない?」
「根本的にダンジョン配信否定する言葉が出たな、やるなシュ―――灰色」
一瞬だけ言い淀んだが、直ぐに修正して探索者としての名前を口にしてからうーん、と唸る。
「アレだ。お手軽にダンジョンというコンテンツを接種する方法なんだよ、ダンジョン配信」
「うーん?」
腕を組んで首を傾げると、ユウキが説明を続ける。
「つまりはさ、どれだけ安全マージンを確保できたとしても、1%でも痛い目に会うかもしれないという恐怖が我慢できない層があるんだよ。でもこの層はどうしてもダンジョンに対する期待があるってワケ。ダンジョンでであいとか、冒険とか、ロマンとか」
成程、とつぶやく。
「つまり自分で実際に経験するのは嫌だけど、そういうダンジョンに対する期待を満たしてくれる人を代わりに応援している……感じのもんが、ダンジョン配信って事か」
「大体そんな感じ。視聴者は俺達配信者を通して、お手軽に冒険やそこでのハプニング、そして未知を経験してるんだ。俺達を通して冒険してる、って感じかな。映画を早送りで見るのと同じもんだよ。結末を知っていれば見た気になる。話題としてコンテンツを消費したいのであって、経験したい訳じゃないってのもあるかな」
その言葉にうーん、と唸った天井を見上げる。
「異次元の世界だぁ」
「まあ、真面目にダンジョン潜ってる側の人間からすればあんまり良く解らない話かもな。でも誰もが強くなれるわけじゃないし、強くあれる訳じゃない。だから自分の代わりに冒険して、それを見て自分が冒険した気分になる……一種のRPGを眺めてる感じなんだよ」
「???」
「なんも理解してなさそうな顔をしてる」
一生理解出来ない層の話をしてるんだなあ……という事は理解出来た。そんなに気になるならやっぱり自分の足でダンジョンを歩き回った方が100倍楽しいと思うのだが、まあ、そこら辺はやっぱり個人の感想か。
「って、何時までも喋ってないでさっさとダンジョンに向かおうぜ」
「おっと、そうだった。とりあえず向かいながら何をして欲しいのとか段取りを説明するな」
「あいよ」
これまた経験、そう自分に言い聞かせながら目を輝かせながら本日の配信予定を説明しだす友人の姿に、本当に配信というものが好きなんだな、と思わせられる。そしてそこまで興味がない事実に申し訳なさも覚える。
ユウキには悪いが、恐らく今日という日が過ぎたら俺がこの配信とかいうコンテンツに関わる事はもうないだろうと思う。
そう思いながら支部の奥へ、旧新宿駅へと続くゲートへと向かう。
―――天使との邂逅まで後1時間半。
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