恐らく後悔する選択

 キーンコーンカーンコーン、聞きなれたベルの音に1日の終わりを悟る。学生の1日の大変を占める最も退屈な時間が終わり、漸く自由な時間が訪れる。


「お、もう時間か。それじゃあ課題はアップローダーに上げておくから各自ちゃんと確認しておけよー。毎度誰かしらDL出来ませんでしたー、とか言うけどその場合は他の奴から受け取れよ? 俺、そういう言い訳が嫌いだからな」


 それだけ最後に告げると教室を出て行く先生の姿を見送ってからふぅ、と息を吐いて背筋を伸ばす。空間をスワイプする指の動きに合わせてブラウザが起動する。そこから空間に投射されたホロウィンドウにタップしてクラスのサイトにアクセスすれば、既に本日分の課題がアップロードされていた。


 流石先生、仕事が早い。


「近代史のえーと、……ダンジョンの登場による社会の変化か。あり過ぎて逆に書く内容に困る奴だ」


 ここ60年ダンジョンの登場によって社会は激変したらしい。60年前までにはARインターフェースやエーテル通信などの技術も存在しなかった為、今のようにホロウィンドウを活用する事も出来なかったらしい……ちょっと、想像の出来ない日常だ。


「ねえ、今日どこ行く? 近場の初級ダンジョンに行かない?」


「えー、最近近くのカフェが新しいスイーツ出したらしいしそっちに行かない?」


「でも財布の中ちょっと補充したいんだよねー。コボルド辺りボコって小遣い稼ぎしなーい?」


 視界の隅ではきゃっきゃとはしゃぎながら女子のグループがどのダンジョンで小遣い稼ぎをしようか、それともカフェに行こうかだなんて相談している。その横を黒髪長髪の女子が抜き去ろうとするのを、女子グループの1人が呼び止めた。


「ねえ、サキはこの後一緒に行かない?」


 どことなく凛とした雰囲気のある少女―――つまりクラスメイトである東条サキはあまり申し訳なさそうでもなく頭を横に振った。


「ごめんなさい、私この後ダンジョンで配信の予定あるから」


「えー、ちょっと最近付き合い悪くない?」


「ダンジョンばかりじゃなくてもうちょっとウチらとゆっくりやろうぜー」


「ごめん、遅れちゃうから。それじゃ」


 そう言ってサキが駆け足に教室を出て行く。


 ダンジョン配信者、ダンジョンで配信を行う者達の事だ。ドローンやらガジェットを駆使する事でダンジョンでの探索、戦闘、採取、ダンジョンでの活動全般を真面目に、或いは面白おかしく見ているだけの連中にお届けする事をしている連中。


「うーん、異次元の世界」


 良く、解らない。不特定多数に対して配信するという事の意味を。なんか意味のある行動なのだろうかそれ? いや、まあ、皆配信してたり良く見てたりするのだから多分人気のある事なんだろうが……あまり理解の出来ない概念だった。


 実際、1度配信を確認してみたら普通に眠くなってきたし。


 たぶん俺とは根本的に相性の悪いコンテンツなんだと思う。欠片も面白さが解らないし。そのせいで話題に入れないのはちょっと寂しい。


「……帰るか」


 何時までも学校に残ってないでさっさと帰る。溜息を零しながら立ちあがった所で、


「―――うお、いたいた! いたぁ! やったぁ! 運は尽きてないぞぉ! 良くぞ直ぐに帰らずにいてくれた!」


 と、凄まじい勢いで此方へと馬鹿が1人、迫って来た。一瞬で目の前までやって来た馬鹿は立ち上がったばかりの此方の両手を取ると、祈るように手を包んで目を潤わせながら視線を合わせようとしてくる。


「シュウちゃん、シュウちゃん。ねえ、お願ぁい、一生のお願ぁい、ちょっと、ちょっと聞いてね? ね? ね?」


「今直ぐそのウザいにも程のあるキャラを捨てないとマジで逃げるけど」


「オーケイ、解った。マイフレンド、落ち着いて俺の話を聞いてくれ、良いな?」


 おどける数少ない友人の様子に、溜息を吐く。


「それで、どんな用事なんだよユウキ」


 俺の言葉に年の割には童顔の友人はおう、と短く俺の言葉に胸を張って答えた。


「実は今日、放課後にダンジョン行く予定だったんだよ。初級もだいぶ慣れて来たしそろそろステップアップして下級の楽な方を試してみないかって話でさ。その為に配信者の集まりでパーティーも組んで準備しててさ」


 腕を組みほうほうと、声を零す。ダンジョンの等級は―――少なくとも日本国内では初級、下級、中級、という風に等級が設定されている。つまり一番下のランクから1個上のランクでも比較的にやりやすい所へと挑戦してみようという話だ。


「ええやん。どこやる予定だったんだ?」


「旧新宿駅ダンジョン。細かく難易度が選べるダンジョンだから鳴らしに丁度良いかな、って話をしてて」


「ええやん……それで、何が問題だったん?」


 うん、とユウキは頷いた。


「俺以外全員がドタキャンした」


 そう言ってパーティーのグループチャットにいけません、4人分のメッセージが書かれたグループチャットを見せつけてきた。浮かべるホロウィンドウを受け取り確認すれば、全員違う理由でそれとなく参加を辞退している。


「そして残されたのはなんと俺1人! ソロです!」


 悲しすぎる顛末。うきうき気分で放課後になった瞬間グループチャットを確認して崩れ落ちる姿があまりにも想像出来てしまうのが悲しすぎる。


「いや、もう、パーティーメンバー全滅してるなら解散だろ、解散。家帰って泣け。カスみたいな民度のパーティーメンバーを引いた事は。臨時パーティーなら良くある事だから。じゃ、解散で」


「あぁん、待ってぇ」


「気持ちの悪い声を出すな」


 迷う事無く抱き着いてくる友人の姿を引き剥がし、元の場所に戻す。内心、このまま家に帰る方に心は傾きつつあったが、今度は真面目な表情を浮かべてくるとなると少しは此方も真面目に聞かないとならない。


「配信をキャンセルするのってさ、そう難しい話じゃないんだよ。大手が寝落ちしたら視聴者側は笑って許すだろう? そういうキャラだったらある程度は受け入れられるって話もあるんだけどさ……俺、こういうのって誠意だと思うんだよ」


 少しだけ間を開けて、言葉が続く。


「その、確かに許されるかもしれないんだけど……こういうのって1回でもやると頭の隅でまた“ああ、こいつは前にやったからなあ”って考えがちらつくじゃん? 俺、そう言うのって良くないと思うというかさ、なんというか視聴者を裏切りたくないというかさ……」


「あぁ、なんとなく言いたい事は解る」


 つまり期待に対して誠実でありたい、という話だ。配信は良く解らないが、ユウキが視聴者の期待に対して誠実であるスタンスを崩したくないという話は理解できる。そして理解できるからこそちょっと困る。腕を組んだまま、唸りながら天井を見上げて考える。


「いや、まあ、うーん……どうすっかなぁ……」


「なあ、頼むよ親友! マイフレンド! 配信を手伝ってくれ! 今度奢るから……な?」


 必死に頼み込んでくる学校での唯一の友人の姿に、正直な話俺は精神的には既に9割がた陥落していた。流石に、必死に頼み込む友人を無視して帰るだけの神経の太さは持ち合わせていなかった。なんだかんだで他人と仲良くしようとしない俺をこいつはなんだかんだで構ってくれる。


 その関係が俺は割と嫌いじゃなかった。ここで断るのはそう難しくはないが、ここで断ったとしたら後々申し訳ない気持ちになるだろう。そう考えると、頼まれた時点で俺の返答は決まっていたのかもしれない。


 天井を見上げたまま溜息を吐いてから、視線をユウキへと戻す。


「俺、配信の事は何も解らないが大丈夫か?」


 俺のその言葉にユウキの表情に笑顔が浮かんだ。


「大丈夫大丈夫、解らない事は全部俺が教えるから。その代わりに俺の知らないダンジョンの事とか俺に教えてくれよ。これまではあんまガツガツすると避けられそうで口に出さなかったけど、前々からシュウとはもっとこの辺の話題で盛り上がりてぇなぁ……って思ってたし」


「そっか」


 気を使わせてたんだなあ、と思うとちょっと申し訳ない反面、こうやって気にかけてくれること自体は嬉しい。我ながらちょっとめんどくさい性格をしているのは自覚しているので、もう少しだけこの友人を大切にしようと思う。


「そんじゃ、新宿だっけ? どれぐらい潜る予定だったんだ?」


「浅い所を1時間ぐらいやって1段上のランクってどんな感じかなぁ、ってのを見てくる予定だったんだけど……今更だけど大丈夫? 他にも誰か誘った方が良い?」


「いんや、新宿程度だったら俺1人でも余裕だから全然問題ないよ。配信の手伝いって言っても、つまりはドタキャン四天王の補填だから護衛みたいなもんだろ? それならまあなんとか」


 パーティーが組めなくなった分の戦力を補填するって話なら俺でどうにかできる問題だ。カメラ構えてー、とか。編集してー、とか。そう言うのを頼まれたら正直どうしようもないが、ダンジョンに潜って戦う事に関しては自信がある。


 ―――いや、この学園でも1番強い自覚がある。


「に、なるのかな? いやあ、助かったわ! 流石親友だわ! 持つべきは人類卒業してる友人だよな!」


「今俺の事なんつった?」


 ばしばしと背中を叩いてくる友人にガンを飛ばしてから調子良さそうな姿に溜息を吐き、教室の外へと足早に去って行く姿を忘れ物がないかどうかを確認してから追いかける。


 足取りが軽そうな友人の姿を追いかけて廊下に出る。面倒ごとだなあ、と思いつつも少しだけ楽しみに思えてしまうのは期待してしまっているからか、或いは配信という未知の世界に踏み込む事となってしまったからだろうか。


 どっちにしろ―――俺はこの選択を後ほど、死ぬほど後悔する。

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