天使を拾った探索者 ~天使を拾ったから育てる事にしたら世界が敵だった件について~
@Tenzou_Dogeza
全ての始まり、或いは全ての元凶
大体の場合で宝箱を発見した時、俺達探索者のテンションは上がる。
探索者がダンジョンに求める理由なんて様々だ。強くなりたい、自分よりも強い奴と戦いたい、有名になりたい、もっと認められたい、金が欲しい……等々、様々な理由からダンジョンに潜っている。だが宝箱はそのどの需要を満たす夢の箱だ。
金銀財宝が出ても嬉しいし、武具が出ても良い。アーティファクトが出てきた日には誰だって小躍りするだろう。宝箱は俺達の探索に対する報酬だ。ダンジョンが用意してくれたプレゼントだ。インテリは何やら難しい理屈を広げてくるが、大抵の探索者はそんな事を気にしたりはしない。
「は、灰色……罠は……ないんだよな?」
後ろからの声に視線を向ける事無く答える。
「あぁ、アプリで確認する限りはな」
宝箱を叩く。臭いを嗅ぐ。鍵穴があるかどうかを確認する。重量がざっとどんなものか持ち上げない範囲で確かめる。探索者用のアプリの発達により宝箱に罠があるか否かは大体判別がつくようになったが、それも必ずしも正解だという訳ではない。
アプリを使って罠を探知した上で、アナログ的な手段を取るのが大事だ。
無音のプロペラを回しながらカメラドローンが横に飛んでくる。どうやら宝箱を開ける瞬間のシーンを取る為に近づいてきたようだ。正直、配信されながらダンジョンを探索するという経験はあまりないから、今でも割と居心地の悪さを感じている。
とはいえ、今回に限っては映像記録を残す事の重要性は理解しているからぐっと堪えて、無視する。
「臭いはなし、装置の類も確認できない。宝箱の中は確認できないけど、罠の類はなさそうだ……これ、開けるの本当に俺で良いんだな?」
「少なくとも俺にそれを開ける資格はないだろ。こっちに来てから戦ってたのはお前だけで、俺は後ろから撮影してるだけだったし」
「いや、まあ、そうだけど……一応こういうのって言葉にしておかないと後々荒れる場合もあるからな」
宝箱。それは魔性の存在。宝箱の取り合いで壊滅したチームなんてザラにある。だからダンジョンに潜る前にはどう分配するのか、ロットルールはどうするのか、そういう話し合いは物凄く大事だったりする。
ちらり、と横に浮かぶホロウィンドウに視線を向ける。
:特殊エリアの宝箱だろ? 絶対アーティファクトだろ
:はよ開けろ
:もたもたすんな
:wkwk
:流石に試練系の後に罠付きはないだろ
……好き勝手な事ばかりが書かれている。やはり苦手だ、この配信とかいうコンテンツにはどうしても相性の悪さを感じる。自分の自由にやらせてくれないというか……どうしても気になってしまうというか。ダンジョン配信者とかいう連中は良くもまあ、やるもんだと思う。俺には無理だ。
そう思いながらコメント欄を表示しているホロウィンドウを押し退けて宝箱へと向き合う。安全性を考えれば少し離れるか後ろから開けるのが定石だ。とはいえ、このエリアの特異性を考えると、これは報酬の宝箱だ。そこまで執拗に警戒する必要もないだろう。
「……開けるぞ」
「お、おう」
口の中に溜まった唾を飲み込んで宝箱の両端に手をかけ、一気に宝箱を開いた。出てくるのは金銀財宝か、武具か、それとも特殊なアイテムか―――何にせよ、レアな何かである事に間違いはない。確かな期待を胸に輝けるアイテムが出てくるのを期待して、期待したはずで―――。
「―――」
「……え?」
言葉を失い、呆ける様な声が後ろから聞こえてきた。配信画面も一瞬コメントの流れが途切れていた。宝箱を開けたポーズで思わず自分も停止してしまった。
瞬きを一度。視線を宝箱の中へと向けて、そこに収められているものが決して嘘ではない事を確認する。
深呼吸。意識を落ち着けて中身を見る。これは罠かもしれないと思いつつも、ちゃんと宝箱の中に入っているものを確認する。
それは一人の少女だった。膝を抱えるように曲げて宝箱に収まっている少女。長い白髪が雪のように宝箱の底に広がっている。ドレスを纏って目を閉じた姿は或いは何らかの人形のようにさえ見えるだろう。ただ、その背にひび割れたような、結晶の光の翼さえなければ。
揺らめき、煌めく光の翼は何よりも目の前の戦利品が生きている事を示している。
そぉっと、手を伸ばして手で触れてみる―――感触は柔らかい、血の気を感じる。これは間違いなく生きている。背筋を伝わる嫌な感触に迷わず宝箱を閉じて、立ち上がり、背筋を伸ばす。
「さて―――宝箱の中は空っぽだったな! 出口! 出口探そうぜ!」
「無茶言うな」
:現実逃避止めろ
:女の子!? 人!?
:天使だよ天使!
:人間って宝箱から出てくるんだなあ
:もしかしてこれ全部やらせか?
:俺もダンジョンに潜れば彼女が手に入る……って事!?
「いや、これヤバイって。こんなケース聞いた事ないよ。絶対に触っちゃ駄目だって。100歩譲ってダッチワイフは出るかもしれないけど宝箱から天使が出てくるなんて聞いた事ねぇわ」
「ダッチワイフって宝箱からの出現報告あるのぉ?」
あるよぉ、と答えつつ必死にどうするべきかを考える。幸い、部屋の奥にある転移陣は宝箱を開けた事で起動したらしく、ここから脱出する事は出来るようになった。直感が今すぐにここを離れれば厄介ごとに巻き込まれずに済むと断言している。
これまで裏切った事のない直感だ、従うべきなのだろう。
「あー、灰色、本当にその宝箱そのままで良いのか? その、中にいる子さあ……」
「言いたい事は解る……ワンチャンミミック娘って線もある、って事だよな?」
「それはそれでロマンがあるけどそういう話じゃないだろ」
はあ、と溜息を吐くとぎぃ、と音がする。思わず動きを止めてゆっくりと振り返れば宝箱が開いて行くのが見えた。内側から宝箱を押し上げるように蓋が開いて行く。開ける前の高揚感は全部消え去っていた。代わりにあるのは逃げるタイミングを逃したという後悔と諦め。
配信中に出会ってしまった以上、もはや逃げる事も隠れる事もない。ダンジョンから出た後の追求が恐ろしいとは思いながらも、振り返る事しかできなかった。
「ふぁぁ……ぁ……」
宝箱を開けて上半身を晒す姿が欠伸を零すと眠そうに目元擦り、まだ半分閉じている瞳を俺へ、そして後ろにいる友人へ、それからドローンへと向けて首を傾げた。宝箱の中は窮屈だったのか、上半身が持ち上がると解放された光の翼がばさり、と広げられたはばたいた。
:うおっ、顔が良い……
:俺も今からダンジョン潜ります!!!
:滅茶苦茶美人
:馬鹿かお前ら、人型モンスターの可能性だってあるんだぞ
:いや、ヤバ草
爆速で流れるコメントは先ほどから中身がぐちゃぐちゃになって流れている。現実逃避するのにこのコメント欄を眺めるのは悪くないかもしれない。なるべく無関係を装うかと思ったが、もう無理だろう、これ。警戒を落とす事無く寝ぼけ半分の宝箱の天使へ、視線を向ける。
「……」
「……」
天使の視線と俺の視線が交差する。互いに無言。駄目だ、何を考えているのか一切読めない。だがその碧眼には警戒や、悪意、害意といったものは何も感じられない。寧ろ、生まれたての赤ん坊の様な無垢さを感じた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
にこり、と天使は笑ってにこり、と俺も笑みを返す。よし、パーフェクトコミュニケーション達成!
:その会話デッキで大丈夫か?
:思春期男子の会話だ!!
:もっと、こう、あるだろ! 会話の選択肢!!
やっぱこの配信コメント害悪だよ。指でホロウィンドウを摘まんで、それをぷいっと横の方へと投げ捨てる。そんな俺の様子にこてり、と頭を横に倒した天使は困った様子で口を開いた。
「えーと、ですね」
「お、おう」
「質問を、宜しいでしょうか?」
振り返った。まだ魔力焼けもしていない日本人らしい黒髪のマイフレンドに視線を向けると、大きく両手でばってんを浮かべてこっちに話を振るなって顔をしてる。さりげなく会話から外れるだけの距離を開けるの、ズルいと思う。
「―――おう、質問どうぞ」
「ありがとうございます」
いい加減覚悟を決めるかと思い、動揺する心を抑え込んで向き合う。不意打ち、奇襲、なんでも来いの精神で待ち構えていると、天使が辺りを見渡してから言葉を続けた。
「それで、ここはどこでしょうか?」
「ん?」
「後、私は誰なんでしょうか?」
困ったような笑みを浮かべたまま首を傾げる天使は翼をばさばさと羽ばたかせながら答えを待っている。それに対して俺は両手で顔を覆い、天井を見上げる事しかできなかった。
どうして―――どうしてこうも珍妙な事になってしまったのだろうか?
何が悪かったのだろうか? 一体どこで間違えたのだろうか? その原因を思い出す為にも素早く、記憶を数時間前、ダンジョンに潜る前、学校を出る前まで遡らせて行く―――。
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