スワンプマン

 ライラはまた一つ年を取った。二十台も終わりが近い。そうすると、彼女はますます、自らの“老い”を恐れるようになった。声が出なくなる、自分はこれ以上歌姫でいることができない、と。


「まだ足りないの? 今夜は二十人にする?」


 この頃になるとライラがコンサートの夜の度に集める男の数は常に両手の指の数を越えるようになっている。


「そうじゃない。わたしの肉体は老いていくわ。どうすればいい?」

「まあ、女の肉体も三十を越える頃には変調を迎えて、特に声帯には大きな劣化が生じるといわれているからねぇ」

「そんな能書きはわかっているわ。わたしは怖いの。かつて彼に愛された、天使を呼ぶ歌声を失ってしまったら、わたしはもう生きていくことなんかできない」

「あなたも芸術家のはしくれなら、衰えていくパーツの性能に見切りを付けて、いっそ引退公演でも始めたらどう? 一生、今の道楽暮らしを続けていくだけの財産は、とっくに貯まっているわけだし。あたしの分まで含めて」

「そういう問題じゃないわ。わたしは娯楽のためにこんな生活をしているわけじゃない。わたしが天使を呼ぶための歌声を維持するためには、これはどうしても必要な儀式なのよ。わたしは神に愛された、地上に降り立ったかんなぎなのだから」


 ちょっと『スワンソング』の量を減らした方がいいかもしれないな、ここまで深刻な精神の変調はかつてなかったことだ、とライラは冷徹に思う。だが、実際にはそれどころの騒ぎではなかった。事態は唐突に一気に悪化した。ライラが、その夜は少年ばかりを二十人も集めて乱痴気に耽っていたのだが、そのうちの一人の喉笛を、突如として食い千切ったのである。


 リンネが急報を受けて現場に駆け付けた時には少年は虫の息で、ライラは正気の目をしていなかった。いくらスキャンダル屋や警察が関心を失って久しいといっても、ここまでやられては話が別であった。


「ライラ。その子を離しなさい。そして、いい子だから、その銃を脇に置いて」


 ライラの目がリンネを見た。片手には、護身用の銃を持っている。弱い銃だが、人間ひとりくらい殺すのはわけはない。ライラの腕前では他人を撃ち殺すのは無理だろうが、彼女が銃を持っている意図がそういうものではないことくらいは当然リンネにはわかった。


「わたしは機械になりたかった。天使を呼ぶ為の機械に」

「そう。その夢は、残念ながら我々の社会の科学技術では残念ながら叶えられそうもないわね。で、その少年を離しなさい。いつまでも舐めまわしていないで」


 少年は既に死んでいた。


「無垢な少年や少女の血を啜ると、若返ることができるって聞いた。でもダメだった」


 その少年、あたしが把握してるだけで十回以上この饗宴に呼ばれてたから無垢でもなんでもないけど、とリンネは思ったが、それを口にはしなかった。


「ライラ。落ち着きなさい。一緒に警察に行きましょう。いい子だから。ね?」

「そこで、わたしは天使を呼ぶことができるの?」

「……ライラ」


 そして、銃声が鳴り響いた。


「ライラ!」

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