8話 朝まで同期と過ごして風呂に入った


 東の空が明らみ始めた早朝。

 俺と七々瀬は某ハンバーガーショップの朝メニューを前に向かい合っていた。



「もしかしてこれが七々瀬の日常だったりする?」

「さすがに非日常です」



 すました顔で両手で持ったマフィンをはむとかじる七々瀬に俺は胸をなで下ろす。

 あの後七々瀬に起こしてもらった俺は七々瀬と共に早朝まで営業している銭湯に向かった。

 俺としてはそのまま解散したかったのだが、七々瀬が俺の事情を知りたがった上に風呂に入りたいと言いだしたためである。

『風呂は話し終わってから入れば良い』と提案したところ、妙に距離を取りたがった七々瀬が頬を赤らめながら言うには『絶対に汗臭いから』らしい。

汗をかく季節でもないし、普通にいい匂いだと思うのだが何を言っても睨まれるのは分かっていたので俺は口をつぐんだ。

 七々瀬は胸の大きい美人さんなので普通に興奮した。

 入浴後、体を火照らせる七々瀬にひっそりドキドキしながらハンバーガーショップに入店し、朝食を摂りながら話すことになったのである。

 要するにかわいい女の子と明け方まで一緒にいて一緒(のタイミング)に入浴し、朝食を共にしている。



「それで昨日は教授に何を言われたんですか? ひどく考え込んでいたみたいですけど」

「ああ、それが――」



 俺は教授から複数のプロジェクトを同時並行で進めるよう言われたことを伝えた。

 口許を紙ナプキンで拭った七々瀬が言う。



「教授、雪城くんに厳しいですね」

「そうなんだよな」



 明らかに他の学生と比べて俺への当たりが強い。



「まあ私も前から雪城くんはもっと研究すべきだとは思ってましたけど」

「思ってたのかよ・・・・・・」



 ひっそり呟くと七々瀬が何を当然のことを、とでも言わんばかりにじっとり見つめてくる。

 まあ確かに少し前まで全然してなかったからな。

 ストローからゆっくりと口を離した七々瀬は容器を置いて言った。



「思ってましたけど、さすがに最近の教授はやりすぎです」



 アルバイトしているとは言え標準的な学生と同程度に研究していますし、教授からの課題もこなしていますし、等々。

 思っていたよりも俺のことを評価してくれているらしい七々瀬に俺はうんうんと激しく頷く。



「でも俺は卒業のためには教授に従わなくちゃならない」

 


しかし卒業のために必要なのは教授の評価だ。

 考え込むように顎をつまんだ七々瀬が俺にちらりと上目を向ける。



「念のため訊くんですが、アルバイトを止めて研究に時間を割いたりは?」

「それはない」

 


俺は対して断固として首を振った。

 これは俺が俺である以上歪められない行動基準だ。

 目を見つめて言うと予期していたかのように七々瀬は「そうですか」と呟き視線を落とす。

 二人のあいだに沈黙が落ちる。

 すでに可能性は考え尽くしたがどこにも逆転の一手は見当たらない。

 であるならば導かれる結論は唯一で、俺の留年。

 および内定辞退。

 改めて振り返っても現状を確実に打開する方法は見当たらない。

 考えるほど浮き彫りになっていく既に詰んでいる可能性を頭を振って振り払う。

 しばらく黙り込んでいた七々瀬が口を開いた。



「・・・・・・分かりました。私が雪城くんのプロジェクトを代わりに一つやります」

「・・・・・・え?」

 


 七々瀬からの提案に俺は自身の耳を疑った。

 七々瀬が俺の代わりに俺の実験をやる・・・・・・?

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