6話 深夜に同期と研究室
「白州さん、とりあえず頂いていた仕事やってみましたが、怪しい部分があるので後で確認お願いしても良いですか?」
「了解。見ておくよ」
エナジードリンク片手にキーボードを叩いていた白州さんは俺の依頼に頷くと即座に仕事に戻る。
俺も似たようなもので以前のように仕事の合間に白州さんと雑談に興じる暇はなく、休憩時間すら惜しんでパソコンと向き合っていた。
件のオフラインイベントまで残り2週間。
本番が近づくにつれこなすべき業務量がどういうわけか増え続け、社内はどこを見ても殺人的な仕事量に追われている。
結論として俺はアルバイトを止めなかった。
イベントが近く今俺が突然離れると白州さんを初めとする方々に迷惑がかかるというのももちろん理由の一つだが、なによりアルバイトを犠牲に研究することを俺が許容できなかった。
だが当然、卒業しなければそもそも来年から入社できないので、教授に脅されたとおり俺は研究をしなければならない。
そこで俺はアルバイトはこれまで通り行い、その後研究をすることにした。
アルバイトの時間は減るどころか増えているので、その上研究も教授を満足させるほど十分に行うとなると残った時間はごくわずかになる。
従って睡眠時間は極限まで削らざるを得ず、疲労がたまっているのを感じる。
だがこれもイベントが終わるまでの数週間だ。
今が踏ん張り時だろう。
「白州さん、会議ですが行けますか?」
予定の時間が迫っていたので肩を叩くと、白州さんが呆けた顔で振り向いた。
「ぁ、・・・・・・ああ、すまない。一緒に行こ――っとと」
しばらくして俺に焦点を定めた白州さんは力なく笑い立ち上がろうとしてよろけた。
慌てて俺が肩を支える。
白州さんは「すまないな」と小声で礼を言うと会議室に向かって歩き始めた。
そのあまりに危なっかしい様子に俺は急いで追いつく。
「白州さん、大丈夫ですか? ちゃんと寝てますか?」
「ああ、問題ないよ。さっきのはただの立ちくらみだ。良くあることだから気にしないでくれ」
確実に嘘だろう。
先ほどの俺への返答からして疲労が隠せていない。
ただ白州さんがいないとイベント開催が立ちゆかなくなってしまうのも事実。
そんな現状を歯がゆく思っていると誤魔化すように白州さんが笑った。
「私は君の方が心配だよ、雪城くん。自分の顔を鏡で見たことはあるかい? ひどい隈だよ」
「・・・・・・まあ僕はまだ若いんで」
「私もまだ若いんだが?」
痛いところを突かれぼそっと呟いた俺を白州さんが睨んでくる。
失言に気づいて、どうフォローすべきか考えていると白州さんが苦笑した。
「君がそれだけ頑張っているんだ。私が頑張らないわけにはいかないだろう? それにイベント開催までもうすぐだ。やりとげるさ」
「・・・・・・無理だけはしないでくださいね」
上手い返答が思い浮かばなかった俺に白州さんは「分かっているさ」と俺の肩を叩いて笑った。
その後ノルマをこなした俺は研究室に直行した。
止まらないあくびにかすむ月光に目を細める。
すっかり冷たくなった夜風に縮こまりながら、研究室を目指して足早に歩く。
日付が変わる直前なので、ほとんどの研究棟は完全に消灯しているがその中にも幾つかの窓からは明かりが漏れている。
真夜中に自身の研究室を訪れるようになって知ったのだが、俺の研究室はかなりの確率で電気がついている。
今日も例に漏れずついている電灯に、研究している人間を想像しながら実験室に入る。
熱心に研究をしているのは見慣れた女性。
濡れ羽色の黒髪は高くくくられ、研究を進める手つきは見惚れるほどに丁寧。
七々瀬明日花である。
うす、とかなんとか適当な事を言うと七々瀬が「こんばんは」と返事をくれた。深夜に研究室を訪れるようになった初めのころは七々瀬も驚いていたが、最近は毎日のように深夜に顔を合わせているのでそのようなこともない。
座席に着いた俺は教授を黙らせるのに必要な最短ルートを思い浮かべそのための今日の計画を組み立てる。
卒業まで半年を切っている。
その制限時間で教授を納得させるための成果を出すのは無理ではないが簡単ではない。
その上全ての実験が確実に成果に繋がるわけではない。どうしたって失敗して成果が出ないこともある。
だからこそ俺は効率的に実験を進めなければならない。
改めて現状を認識した俺は七々瀬の隣の実験机に座って実験を開始する―――――。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「・・・・・・ろくん。雪城くん」
「・・・・・・ぁ?」
しきりに俺を呼ばわる声に身体を起こし顔を上げる。
心配そうにこちらを見つめる七々瀬と目が合った。
少し寝てしまっていたらしい。
「すまん、ありがとう」
言いながら俺は実験を再開する。
時間を無駄にしてしまったことに若干の焦りを感じる。
「休んだ方が良いんじゃないですか?」
「俺もそうしたいけど、教授がうるさいんだよ」
「ならアルバイトの時間を減らしたら良いじゃないですか」
「無理だろ。研究のために仕事の時間を減らすなんて出来ない」
実験をしながら答えると七々瀬が呆れたように息をついた。
勝手にしろということらしい。
1時間もしないうちに帰った七々瀬を見送った俺は太陽が昇る前に帰り、数時間の睡眠を取る。
そして午前は研究室に行き、午後はアルバイト先に行く。深夜になれば再度研究室に行き研究をする。
そのような生活を俺は研究の成果を出すために続けた。
しかし成果は出なかった。
「クソッ・・・・・・!」
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