第2話 アルバイト先の先輩が正直エッチ

同日夕方。

ほのかなコーヒーの香りが辺りを漂い、忙しない打鍵音にときおり笑い声が混じって聞こえてくる。

俺がいるのは内定をもらっている会社のオフィス。

定期的に研究室を早退することにより訪れており、アルバイトがてら学生のうちから簡単な仕事をさせてもらっているのだ。

常に薬品の臭いがかすかに漂い、研究に追われる人間が多いせいで雰囲気が重くなりがちな研究室とは大違いだ。

本当にいい会社に内定をもらったなぁと思う。



「おお、雪城くん。おつかれー」

「おつかれさまです」



軽い笑みと共に挨拶してくれたのは白州沙耶さん。

俺の上司で仕事の出来る人間のお手本のような人だ。

しかしながら非常に面倒見が良く俺をよく気にかけてくれる。

その上美人なものだから社内には白州さんファンクラブがひっそりと存在しているとかなんとか。ちらりと小耳に挟んだ話によると恋愛経験がないそうだが、どう考えても白州さんファンの願望だと思う。



「調子はどうだい?」

「今のところは順調です」

「おお、そうか。さすがだな」



言いながら白州さんは俺の隣に腰を下ろし口の端を上げる。

片手に缶コーヒー、もう片手にはチョコレート菓子。



「休憩ですか?」

「そんなところ」



白州さんは言いながらぐっと気持ちよさそうに体を伸ばす。

女性らしい膨らみが強調されるが、俺は努めて意識しないよう作業に集中する。

おっぱいでっか。

俺の上司という事もあって、社内における白州さんのスケジュールは俺に共有されているのだが休む暇がないほどにギッシリと詰まっている。

それもあって疲労がたまっているのだろう。



「それにしても君には本当に助かっているよ、ありがとう」

「はい?」

「や、その作業さ。重要な仕事ではあるんだが面倒な上に時間がかかるから社内の誰も手を付けられていなくてね。つまらないだろう、その仕事」



俺の行っているのはグッズ情報の整理。

配信者のマネージメントも行っている俺の会社の販売しているグッズなのだが、社員の数がまだまだ足りないこともあり整理されずにファイルに放り込まれていたのだ。

それを整理しまとめるのが現在俺に与えられている仕事だが、確かに面白くはない。



「楽しいですよ」

「・・・・・・へ?」



白州さんの大きな瞳が丸くなる。

いつも冷静な白州さんの表情が面白くて俺は思わず笑ってしまう。



「や、だって、過去のグッズを整理してるとその当時のことを思い出して懐かしくなったりとか、あとはこの整理した情報が今後役に立ってファンの皆さんを喜ばせるために役立つんだろうなとか。そういうことが色々想像できるので」

「お、おおそうか・・・・・・」

「引いてます?」

「・・・・・・いや?」



絶対引いてる。

俺がジト目で見ていると白州さんはふっと笑ってコーヒーを飲み干す。



「実は上手くいかないことがあってへこんでいたんだが、君のおかげで元気が出たよ。ありがとう」

「ならよかったです。僕なんかで良ければいつでも力になりますよ」



白州さんは俺の発言に呆気にとられたように瞬くと、しばらくして「ああ、頼りにしているよ」と笑った。

格好つけて生意気な発言をしたことに気付き、顔が赤くなる。

そのことを悟られないよう俺は作業に戻る。



「雪城くんはないのか? なやみごと」

「えーっと・・・・・・ない、ですね」

俺の返答に白州さんが唇を尖らせる。

「つまらんな・・・・・・」

「つまらんて」



すっかり休憩モードに入ったのか白州さんは頬杖をつく。



「研究は上手くいっているのか? 実は私も理系だからたぶん相談に乗れるぞ」

「あー研究・・・・・・」



俺は言葉をさまよわせる。

つい先ほど研究室にて七々瀬に卒業に関して指摘されたからだ。

特別不安に思っているわけではないが、実際卒業できるラインも知らないし、自身の将来に関わることでもあるから気にはなっているのだ。



「お? 何か詰まっているのか?」

「・・・・・・ああ、いえ、今のところ順調です」



わくわく顔の白州さんに俺は首を振って誤魔化す。

卒業できるか、なんて白州さんに相談するほどのことじゃない。



「それもそうか。雪城くんは何でも卒なくこなしそうだ」

ぱっと笑顔を見せた白州さんにそんなことないですよと笑って否定する。

「でも油断はしないほうがいいぞ?」

「というと?」



チョコをつまむ白州さんに俺は首をかしげる。



「実は私の部署に去年も大学院卒の新卒の子が入社する予定だったんだが、入社できなかったんだよ」

「何があったんです?」

「卒業できなかったのさ。その子もかなり面白い子だったんだが修士論文を提出できなかったとかで卒業させてもらえなかったらしい」

「へぇ・・・・・・あんまり研究してなかったとかなんですか?」

「あーどうだったかな・・・・・・だが確かそう言ってた」

「そんなこともあるんですね」



「まあ雪城くんには関係のない話かな」なんて言いながらふふっと微笑む白州さんに、俺は白々しく笑ってみせる。

俺も研究はあまりしていないが卒業できないほどではない。

白州さんに嘘をついてしまったのは申し訳ないが、まあなんにせよ俺とは無縁の話だ。

俺はそうやって思考を断ち切り白州さんとの雑談に興じるのだった。

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