第29話 時計塔5階での対峙

 配信スタッフとして、来場者よりもひと足早く現場入りした俺たちは、会場の様子を見て回っていた。


 良さげな撮影場所を探しているていで、階段や通路の位置が図面とおりかチェックし、合わせて兵士の配置なども頭に入れていく。


 時計塔の上へ昇る例のリフトも確認した。

 10人くらい乗れそうなモノが一機、その半分の大きさのモノが一機あった。

 大きい方が上層階へ、小さな方は地下への専用リフトのようだ。


 時計塔の地下と言うと、俺たちがドラゴンやキメラ軍団と戦ったあの空間だ。


 国王たちや、あのモンスター遣いが、フッと湧き出たように現れたのは、たぶんこのリフトを使ったのだろう。


 徐々に招待客が会場へ入って来た。

 みな大人しいもので不思議なほど何の混乱もない。

 ドレスコードもきっちり守られているので、用意したエルフの付け耳の出番もなさそうだ。


 会場の雰囲気を伝えるという意味でも、配信を始めるにはちょうど良いタイミングかもしれない。


 リンタローから号令が下った。


「じゃあ、ライブ配信を始めようか!」


 配信陣を展開する。

 今回は普通のライブなので、A1〜B2の4面のみ。

 1面はメインにして、残り3面は俯瞰で撮れるよう配置することにした。



 11時定刻通りに式典は始まった。


 ステージ上にまず近衛兵が10名ほど姿を現わすと、左右に分かれ等間隔に立ち、続いて片膝をついた。


 そこへステージ奥から、まずは国王、それに付き従うように第一王子そして第二王子という順で登場する。


 バッカスはいないのか…。


 国を上げての大事な式典に呼ばれないとは、バッカスも相当不遇な状況に置かれているようだ。


 それが国王である父親や上の兄との関係性によるものなのか、はたまた、バッカス自身に難があってのことなのかは分からない。


 ただ、見返してやろうというその想いが、冒険者パーティで無謀な戦いに挑んだりするといった変な方向に向いてしまっているのは、まあ本人の問題だろう。



 式典は国王の挨拶に入った。


 この国の歴史、偉大な女王の存在、突然その姿を消したときの悲しみと困惑、そしてその意思を受け継いで国を維持して来たこと。

 苦しい中にあっても、それを誇りとしてこれまで邁進してきたと語る国王。


「…しかし本日、その日々も一区切りを迎えます。

 来場者の皆様、そのお姿に心よりの拍手を捧げてください。

 大いなる女王様の正当な後継者。ニディア・ロンバルディア様です。


 !!!


 ステージ奥からひとりの女性が姿を現した。


 ニディア!


 ………。

 ……。

 …。


 いや…

 あれは

 どう見ても

 ニディア…ではない…。


 その顔貌をはっきりと見せないように照明を当てごまかしてはいるが、それは明らかに替え玉だった。


 リンタロー、ファスティアと目を合わせる。

 みな同じ答えなのがわかった。


 だが、招待客からはなにひとつ疑念の声が上がらない。

 それどころか、感嘆や称賛の声があちこちから聞こえてくる。


 これは…

 何かおかしい…。


 展開中の配信陣を替え玉に近づけようと試みる。


 !!!


「接続が切られた!」


 思わず声を上げてしまった。

 幸い、熱狂の声にかき消され、気づく者はいない。


「どういうことだ?」


 リンタローが声を荒げた。


 その問いに、念のため声を落として答える。


「別の配信師のアカウントに強制的に切り替えられたようだ」


 リンタローが手元の端末で現在のチャンネルの状況を確認する。


 そこには俺の展開した配信陣ではない、別の配信陣からの映像が流されていた。


 熱狂する招待客。その向こうに、ステージ上に悠然と立つ王族たちと偽ニディア。


 これじゃあ、まるでエルフたちが現国王への王位の承継を心から歓迎しているように視聴者に……。


 あ…、そうか…。

 国王たちはそれでいいんだ。


 ニディアはニセモノ

 そして

 来場者はサクラ

 だったわけだ。


 自らのプランを逆手に取られたかたちになってしまった事実に気づいたのだろうか、リンタローは苦虫を潰したような顔をしていた。


 ファスティアも厳しい表情でその異様とも言える光景を見回している。


 プランはいくつか考えていた。

 この場合はこうする、こうなったらこっちを選択する。

 それらの分岐の始まりは、ニディアがステージに姿を現すか現さないかの2択だった。


 いまの状況はそのどちらとも言い難い。

 が、強いて言えば、「現さない」の方だろう。


 となると次の選択肢は…


 どうする?

 リンタローに目で問う。


 苦渋の面持ちで、人差し指を立て上を指すリンタロー。


 全員がその意図を理解した。


 敵の真っ只中かもしれないが、そこへ、乗り込もうということだ。


 撮影をしている雰囲気を醸し出しつつ、場所を移動しリフトへと急ぐ。


 リフト脇に設置された上向きのボタンを押した。

 少し間があって、扉がゆっくりと開く。


 辺りに気を配りながら急いで乗り込んだ。

 扉横の「5」と書かれた数字に触れ、続いて扉を閉めるボタンを連打する。


 扉が閉まると、身体が上方への加速を感じた。

 万が一の状況に備え、扉に向かって身構えて待つ。


 程なく、小さな機械音をたてて、リフトが5階に止まった。


「……」


 ん? 扉が開かない…。


 と思った次の瞬間、音もなく、俺たちが乗り込んだのと反対側の扉が開き始めた。


 と同時に、リフト内に兵士がなだれ込むように乗り込んで来る。


 開いた扉側に背を向けていた俺たちは、あっという間に周りを取り囲まれた。


 兵士の向こうから聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「ほら、見てみろ。オレ様の計画どおりだろ!」


 声のした方向にいた兵士が囲みを解く。


 そこには悦に入った表情で、仁王立ちするバッカスが待っていた。

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