第30話 第一王女と侍女
「マルセルのメッセージを使っておびき出すという、オレ様の巧みな策略。まあ当然の結果と言えようぞ!」
そう自慢げに語ったバッカスの後方から、巨体の男がリンタローに絡んで来る。
「おまえのこと知ってるぜ。なんかスゲえ配信者なんだってな。ヘヘヘ、どうした? 苦しそうな顔してるじゃねえか。さては料理に失敗して腹でも壊したのか?」
それに続いたのは、痩せぎすの嫌味ったらしい年配の男だった。
「これこれ、ボルケス。高名な配信者のリンタロー様だ。我々には計り知れない、なにか深ーいお悩みがあるのかもしれぬぞ。
にしても、さすがはバッカス様でございます。このアリフォン、お見それ致しました」
「ぬははははは!」
「ガッハッハハハ!」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ!」
……。
とても既視感のあるこのやりとり。
また目にすることになるとは思ってもいなかった…。
にしても、気になることがある。
三人とも誰ひとり、「アカツキ!」とは言い出さない。
え?
ということは、
もしかして、俺って…
あの、自分で言うのもなんだけど、そんなにイケてる感じなの??
てっきり、女性陣のおもちゃにされてるだけだと思ってたんだけど…。
ともかくも、バレせずに済んだのは大きい。
とは言え、追い詰められた状況であることに変わりはないのだが…。
どうしたものか。
リンタローとファスティアを横目で見る。
!!
いまふたり、目配せした気がしたんだけど、気のせい?
「うぉーーーーーーーーっ!!!」
突如、リンタローが大声をあげ、床に突っ伏した。
「マルセルのヤツ、調子のいい返事ばかりしやがって、寝返ってやがったのか!!!」
そう叫ぶと両手で激しく床面を叩く。
「あんなメッセージさえ来なければ、ファスティア様をここにお連れすることもなかったのに!」
四つ這いの状態でワナワナと身体を震わせ始めた。
あ、
これって、
アレだよね…
ファスティアがそれに続いた。
「リンタロー様、そのように自分ばかり責めてはなりません。こうなりましたのも、侍女である私の責任でもあります!」
いや、あなた、侍女って…。
ファスティアが、その小さな身体を折り曲げてリンタローの背に手を添えた。
劇団リンタロー。
これ、完全にふたりで示し合わせていたでしょ。
で、それはいいんだけど…
俺はどうすればいいの??
と思ったら、ファスティアがこちらに振り向いた。
「ファスティア様!」
あ、俺の役、決まってたのね。
「……」
えっと、どう反応したらいいんだろ。
って言うか、喋るとマズいよね。
「ああ、姫様、なんということでしょう…。
あまりのショックにお声が出なくなってしまわれたのですね」
なるほど、そうきましたか。
若干強引な展開にも感じるが、たぶんバッカスたちなら大丈夫だろう。
「…まったく哀れなヤツらだ…」
しばらく俺たちの熱演を見ていたバッカスが、心底軽蔑するようなトーンで言葉を発した。
「マルセルが寝返った? はっ、あんな輩を迎え入れなきゃならいほど、我々は人材に困っとらん。
いいか、アカツキを逃した一件で、これはおかしいと思い見張らせていたら、ボロを出しやがったんだ」
自分の名前が出て一瞬ドキリとする。
「クソ配信者とやりとりし始めたと思ったら、ファスティア様がどうこう言い出した…。容疑としてはもう真っ黒だ。
まあ、オレ様の言うことが信じられんというなら、この後、直接問い詰めてみるんだな」
良かった! マルセルはこっちの味方のままのようだ。それが確認できたのは大きい。
「バッカス王子!」
これまでずっと俺たちを囲んでいた兵士の一人が声を上げた。
「グリムル殿から、ファスティア様を確保された際はまず一番に知らせて欲しいと…」
「うるさい! そんなヤツの話など知らん!!」
バッカスの声色が厳しさを増した。
「ですが、その、陛下やお兄上様からも…」
「ええい! 親父も親父なら、兄貴も兄貴だ。なんであんな外様の怪しい男の話に耳を貸す?
オレ様のマルセルが怪しそうだという話には聞く耳すら持ちやがらなかったくせに!」
バッカスは悔しさを顔いっぱいに浮かべていた。
「おまえ、マルセルの配下だった者だろ! 裏切りモノの上司を持ってさぞ残念だったろうが、いまは誰の配下かよく考えることだな!」
「陛下にはオレ様から報告する。それまでこやつらは全員拘束しておけ!」
そう言い放ったバッカスに、先程とは別の兵士が訊ねた。
「拘束場所はいかが致しましょう?」
「そうだな…」
少し考えてからバッカスは指示をした。
「同じ場所で構わん。マルセルと話させて情報を頂くも良し、皆で地団駄踏んで悔しがる姿を眺めるも良しだ」
醜悪な笑みを浮かるバッカス。
再び周りを囲まれた俺たちは、先導する兵士に付き従い、さっきと同じリフトに乗り込んだ。
リフトに全員が乗り終える。
すると、この瞬間を待っていたかのように、リンタローがバッカスに声をかけた。
最後まで気は抜かず、うなだれた様子は続けたままだ。
「…最後にひとつだけ教えてもらえないだろうか? あの【時計塔の再生】っていう、アレはなんだったんだ…?」
「ふん、あの追加した式次第のことか?」
「ああ…」
バッカスが口にした答えは至ってシンプルだった。
「知らん」
……知らん?
「あのグリムルとかいう野郎が、オレ様に席を外すように言って、親父や兄貴たちと話を始めたときに、ちらっと聞こえたコトバを試しに使ってみただけだ」
「……」
「そうか。おまえたちが、アレに惹かれてこの場にやってきたんだとしたら、ちょっとはあの野郎にも感謝しないとだな」
閉まっていく扉の向こうでバッカスが最後に皮肉な笑みを浮かべるのが見えた。
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