3-17 セイレーンとエルフ
「お父様!!」
「ベル!!ああ……良かった……。」
私は家族に会う事が出来た。
マヤさんが攫われた後、彼の傷口からの出血は止まり動けるまでに回復した。
彼女が咄嗟に私達に生気を分け与えたからできた芸当だ。あの技は何なのだろう?
「……あなた様は……」
父はニグルム陛下の姿を見て驚く。それもそうだ王宮に居る筈の彼がこの地に居るのだから。
「ルーチェンス卿、こんな格好ですまない。王宮の皆には秘密にしてくれ。エスタに会いたい。エスタの部屋に案内してくれるかい?」
「かしこまりました。……ベルも連れて行っていいでしょうか?回復魔法を使える者が少なくて……」
「ああ、構わない。」
どういうことだろう?
私達はエスタ殿下が休まれている部屋へと入った。
ベッドの上には顔色が悪いエスタ殿下が横たわっていた。彼は部屋に入ってきた私達を見て驚く。
「……ベル?……それに兄貴まで……マヤは!?」
「無理をしてはいけません!」
起き上がろうとする彼を父が制した。私は近づき彼の状態を確認する。聖女選定の際には治癒魔法が必須なため心得がある。
「……毒? 酷い! 解毒剤は??」
「エスタ殿下は薬が効きにくい。ベル、毒消しの魔法と回復魔法を頼む。」
私はハッとしてすぐに毒消しの魔法を彼に使った。そうだ、彼の体質を忘れていた。
「ルーチェンス卿、エスタに何が有った?」
「エスタ殿下はあの吸血鬼を捕まえる為に自身で毒を飲み、その血を吸血鬼に吸わせました。そのおかげで吸血鬼は捕まえられ、今は牢に閉じ込めてあります……」
「またお前は体を張ったのか? 」
「すまない、こうするしかなかった」
「マヤがもう一人の吸血鬼に攫われた。潜伏先は他に聞いていないか?大よその位置が分かれば絆を辿って行く」
「なんだと?潜伏先は聞いていない……おい、兄貴なんだよその傷……」
ニグルム様の傷口が開いてしまい血がにじんでいた
「これ位問題ない。時間が無い、知らない様なら行く。彼女を国外に連れてかれたら厄介だからな」
そう言って踵を返し部屋を出て行こうとする。そんな状態でまた飛行するのは無謀だ。エスタ殿下も同じ考えだったのか、陛下を引き留めようと声を張った。
「バカか?それじゃ兄貴が途中で倒れるぞ!! ベル俺の事はいい、兄貴から治療をしてくれ俺はあいつに居場所を吐かせてくる」
え!そんな……私を制して動こうとするエスタ殿下もボロボロだ……せめて30分いや20分でも!!圧倒的に治療できる人が居ない……せめてもう一人
不穏な空気の中扉を叩く音が聞こえた。
「エスタ殿下!エルフの村より使者が……って!ああ!!」
中の者たちの返事を待たず扉が開いた。扉の隙間から小柄な女の子が猫の様に滑り込んで来た。彼女は小走りてこちらに近づくと耳をピコピコと動かしながら話し出す。
「お初にお目にかかる。私はエルフ村、村長の娘ニクス。そしてこの度あの小娘……新領主殿に助けられたエルフだ。……む?忙しかったか?」
雪のように白いエルフの少女がやって来た。
◇ ◇ ◇
エスタ殿下はベッドの上で治療を受けながらニクスの話を聞く。そのニクスも私が直しきれなかった陛下の傷を魔法で手当てしている。
「最近も王宮で兄弟二人が死にかけたと噂が流れたが、ホントだったか。二人ともおとなしそうに見えて血気盛んだな。」
父が人払いをしている為、部屋の中には5人だけだ。
彼女は物怖じせず彼らに語りかける。
彼女の登場で二人の言い争いは休戦となった。ずけずけと言う彼女にエスタ殿下がため息を吐きながら答えた。
「……まったく、何も言い返せない。ニクス、君はどうしてここに?昨日のうちに村に戻ったのでは?」
「ああ、戻った。そして直ぐに人魚村の結界補修を手伝った。領内の結界は完全復活した。新領主様の持ってきた魔石が良かったからね。それが3時間ほど前。チーレル村長からの伝言で『人魚側は暫く守りの唄を歌う』と、結界の威力を上げるらしい。」
「3時間……私達がシールバ邸から脱出する前です!」
「ああ、吸血鬼は領内から出れない! 朗報だ。結界の修繕を急いでくれてありがとう。」
みんなの顔色が明るくなる。
「母から『吸血鬼に一泡吹かせてこい』と送り出された……。今回は吸血鬼の面汚しが2匹も絡んでいた。アイツらは悪知恵が働く。昔もちょっかい出されて苦労したからね。人質を盗られていたら仕方ない。わしもあっけなく捕まってしまったし。」
「……誠に申し訳ない」
父が悔しそうにつぶやいた。
ニクスは横目でチラリと彼をみて静かに話した。
「……気にするな。結界の件は解決した。さて、新領主様はどこにおられる?彼女から借りた物を返したいのだが。」
そう言ってかの状は小さな棒のようなものを手の上でくるくると弄んでいた。小さな杖だ。
「マヤ様はあの吸血鬼に攫われて……」
「はぁ!? まだ連れまわされているのか。あまり長く一緒に居るとあの色ボケ吸血鬼の番にされるぞ!? 夜明けまでに決着つけないと。居場所は?」
「私が分かる」
そう言ってニグルム陛下は右手の小指に付けた指輪を見せた。風変わりな指輪だ。目を凝らすと一瞬絆が見えた。召喚契約の指輪……それを見てニクスも気付いたようだ。
「成程、訳ありか。しかし王よ、また無理をしたらこの傷開くぞ? 絆の
「服従の言葉は危険だ。妖精体ならともかく肉体に入っている状態で動かすと身体に危険が及ぶ。それに今彼女は肉体の中だ。」
「ふうん、意志に関わらずボロボロになっても従ってしまうか。恐ろしい契約だよ」
彼女は少し悩んだあと部屋を見渡して口の端をニィと歪め軽快に話す。
「では王がここで絆を顕現させて、他の者が鎖を辿って助けに行くか。ベル嬢は王の体力回復をすればたどり着くまで絆を顕現できるだろう。」
それが、できればどんなにいいか。なぜなら私も魔力が尽きかけてる。
「あの私も魔力がもうそろそろ
「ポーションは?」
「吸血鬼に処分されて屋敷内には一本も……」
父が悔しそうに首を横に振った。彼女は「気休め程度だが」と前置きをしてポーションを一本私に向けて差し出した。薄い若草色の液体が入った小瓶だこれはホント気休め程度だろう。これを飲んでも体力が少々回復する程度で魔力の回復までは至らない……私が悲しそうな顔をしていると彼女は語り出す。
「ルーチェンス家は人魚の末裔だろ? 魔力が枯渇しても他の方法で治癒の術が使えるじゃないか。若きセイレーンよ」
それを聞いて皆驚いた。何でそこまで知ってるの!? 確かに人魚の末裔だけど……人魚のように歌で呪いを掛ける事が出来たのは祖母の代だ。
「そんな! わたし歌えない!!」
「捕まっていた時に歌っていたじゃないか。生まれた時からここで彼らの歌を聞いて育っていただろう? お主の御婆様とは面識が有る。孫の代でセイレーンが復活したと言っておったし。それに今は歌えないんじゃない、歌うんだ。ほれ! 君の祖母から貰ったものだ。貸してやる」
そう言って彼女は鞄から小さな箱を取り出した。オルゴールだ……私はニクスの顔を見ると彼女は頷いた。ネジを巻いて机に置くと……良く知っている曲が流れた。人魚が良く歌っているあの曲……私が良く口ずさんでいた曲だった。
ケース蓋の裏側には一篇の詩が書かれていた。
「中に書かれているのは古い人魚の言葉を訳した物だ。これならイメージできるだろう?」
確かに歌の理解が深まればできる。私がごねていては始まらない。この子はここまで短時間で準備した。それにマヤさんが心配だ……私は彼女の顔を見つめ力強く答えた。
「ありがとうございます。私、歌います……」
それを聞いて彼女は嬉しそうに耳をピクリと動かした。
「頼んだぞセイレーン。じゃああとは現地実行役だな」
「俺が行く」
エスタ殿下が名乗りを上げた。先ほどより顔色は良くなってきたけどまだ辛そうだ……彼を一瞥してニクスは煽るように言ってのける。
「連れて来た小隊の方が役に立つんじゃないか?」
「彼らも一緒に行くが先に俺がその吸血鬼とやらを一発殴らんと気が済まない。」
「ふうん……血気盛だね。けど、元魔術師団の戦闘狂をこの目で見れるとは楽しみだ。見物代として往路の通行料ぐらい私が払おう。私はあくまで杖を返すだけだが構わないか?」
「ああ、ここまでお膳立てしてくれたんだ。十分だ。さすがあの村長の娘だ。」
「よく母の前で褒めておいてくれ。では指揮は旧領主殿にお願いするか。王もそれで異議ないか? あなたも早く城に戻らねば騒ぎになるだろう。」
「ああ、構わないよ。」
マヤさんの救出プランが定まった。フロリーテ兄弟の顔色はいいとは言えないが、さっきよりはマシになった。早くマヤさんを助けよう。
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