3-15 誘惑

 ノクトの夢の中に入るとそこは一面白い大理石張りの床で壁は無く、空は黒紫色をしていた。彼の姿を捉えようと辺りをぐるりと見渡していた時に右腕を引っ張られてバランスを崩すとノクトは私を抱きしめてダンスをするかのようにクルクルと回る。


 やがて、ポーズを決めるように止まると彼は甘美に笑い囁く。


「やぁ、夢の中では初めましてだね。君は青い瞳をしているのか。悪くない。じゃぁ遊ぼうか?」

「ええ」


 私は彼の後頭部に手を回して引き寄せて……思いっきり頭突きをした。


 ―――ゴツッ!


 痛い!!

 驚いた彼は離れようとするが私は再度引き寄せて彼の目を見る。彼の赤い目に青い光がキラリと映る。


「じゃぁ……ひざまづけっ!!」

「―――なっ!」


 ノクトは私を離して跪く。私は彼を『支配』した。―――ふぅ。私はふわりと浮いて膝を組んで座り彼を見下ろす。良かった成功した!と思ったのも束の間、跪いた彼は私を見上げて唇の端を歪める。


「……はははは! 面白い。靴でも舐めようか?」


 私は眉をしかめる。……支配の効力が弱い。支配が切れたら何をされるかわからないから早めにやることをやろう。


「何勝手に話しているの? あなたは大人しく私の質問に答えればいい。隣国から来た吸血鬼の兄弟ってあなた達の事?」


「……ああそうだ、腹も減ったし僕達も年頃でつがいが欲しくてね。この術は魅了か何かかい? ああ……たまらなく君が欲しくなってきた」


 ノクトは立ち上がり私の右手を取り甲にキスをした。

 私は彼の右頬を張った。


「何勝手に触っているの? 質問は終わってない。この建物に何の魔法をかけたの?」

「ちょっとした目隠しと魔法を使えなくした。ここは仮の拠点だ。大丈夫僕達の家は別にある。……この指輪男から貰ったの? 婚約者か何か?」


 彼はエスタから貰った指輪を吟味するように触り、ニヤリと笑みを浮かべた。


「あなたには関係ない。」

「関係有るよ。人間と婚約なんてさせたら寂しい思いをさせてしまうからね? あんな短命の種族なんか君に釣り合わない。まさか君、人間と添い遂げられると思ってる??」


 ―――私の寿命?


「どういう事?」

「妖精は人間なんかより長生きって事。僕達に近い。」


「……信じられない。たとえ私の寿命が人間より長くても私は彼の元を離れない。」

「そんなの綺麗ごとだよ!君は孤独を知らない。長い年月生きると言う事は好きな人々が老いて死んで取り残される。……この寂しさを!」


 ―――本当だったらどうしよう……やっと新しい世界に慣れて来たのにまた一人になってしまうのかな……漠然とした不安に襲われそうになった時、私の意志に反して尻尾が動き私の脚に絡みついた。


 ―――!


 彼は私の右手をぐっと引っ張り高度が下がると私の両肩を掴みニヤニヤと笑いながら彼は顔を近づけてきた。息がかかりそうなほどに唇が近い。彼に掛けた支配は解けてしまった。


「びっくりしたかな? 僕と一緒に居ようよ?」

「……そうね。でも……少なくともあんたと一緒に居る気は無い。」


 彼の赤い瞳を冷たく睨む。そして彼の口を左手で覆うように塞いでそこから一気にドレインした。


 「―――!」


 一気に生気を吸われた彼は膝から崩れ落ち、肩で息をするように呼吸をしている。


「ははは……ずいぶん激しいね……驚いたよ。」

「サービスです。これ位疲れればゆっくり眠れそうですね。ではでは良い夢を。」


 本当は恨みを晴らしたい所だけど。まずは彼よりも早く起きて現実の状況を何とかしないと!! 私は彼を一人置いて夢から出て行った。


 ◇ ◇ ◇


 目を開けると明るい……私の上でノクトは眠っていた。重い。

 あれ?見える……目隠しの札が剥がれてるようだ。ベルが心配そうに私を覗き込んでいた。


「マヤさん大丈夫?」

「はい!……何とか。……札を取ってくれたのってもしかして……?」


 私はノクトの体をベッドの上に転がし彼から脱出した。彼からドレインしたのも有って体が軽い。


「はい。魔力を流し込めば剥がれるタイプだったので。二人とも動かなかったので」

「え?でもここって結界の中で魔法が使えないはずじゃ??」


 ベル嬢が嬉しそうに興奮しながら笑顔で話す。


「ええ!! マヤさんが時間を稼いでくれたおかげで結界を破る事が出来ました! 私! ボードゲームやパズルとか魔法陣破り大好きなんです!」


 はぇ~~~!!!!魔法陣破り……!!!怖そうなワードを楽しそうに話すなぁ、この子。でも良かった。これなら二人で脱出できるかも!!


 その時、部屋の窓の外に黒い影見えた。ベルもその影に気付いて私に飛びつく。あの人は!!


「ベル様、あの窓を開けて頂いてもいいですか? 大丈夫悪い人じゃありません!」

「え? ええ……」


 私は手を縛らていて窓を開ける事が出来ないので彼女にお願いした。

 彼女が窓を開けると冷たい外気が入ってくる。


「見つけた。二人とも無事かい?」


 まさか彼が来るとは……私達は思わぬ人物を部屋に迎え入れたのだった。

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