3-13 食事

 私は王宮のニグルム陛下の執務室に到着した。引っ張られた勢いで、体が宙でくるくると回る。


「マヤ、良かった! 急に呼んですまないね……どうした?」


 陛下は私の顔を見て驚いた。きっと、すっごい顔をしていたのだと思う。

 悲しみと怒りの負のフルセットだ。

 さっきのエスタとグロシーを思い出すと涙があふれてきた。この体でも泣けるのかと思った。


 なんでエスタは抵抗せず自らを差し出したの?操られてた?

 私を放って……助けてほしいのに!!!


 言葉も無くただひたすら零れてきた。


 それを見た陛下は私に触ろうとするが手がすり抜けてしまう。彼はキッと私を見つめてこういった。


「【私を眠らせろ】」


 この言葉によって私は自身の意志に反して泣きながら言われるまま彼に催眠をかける。

 彼は床に崩れた。


 妖精体の私は彼の夢に自動的吸い込まれる。


「よしよし、大丈夫かい……なにが有った?」


 彼は子供をあやすように私を抱きしめて背中をさすった。子供の時に兄に慰められた時を思い出した。

 彼は私が落ち着くまで静かに背中をさすってくれた。


 私も次第に落ち着きを取り戻す。


「すみませんでした……落ち着きました。ありがとうございます……」


 私は服の袖で涙を拭い顔を上げる。安心したように陛下は笑った。


「良かった……話せそうかい?」

「はい……」


 そう言って私は彼から離れる。

 夢の中で座り込み私は今まで起こったことを話した。


 人魚村・エルフ村での出来事。

 エルフを逃がせたが、捕まってしまった事。

 ベル嬢も一緒に居る事

 グロシー達がベル嬢を攫ってルーチェンス公爵を脅していた事。

 グロシー兄妹とゴロツキ達の事。

 グロシーが、エスタを狙っている事……


 一通り話を聞いて、ニグルム陛下は話し出す。


「実は北の隣国から手配書が届いた。封印されていた吸血鬼兄妹が逃げ出したらしい。見つけたら捕えて欲しいとの事で今朝エスタには連絡した。おそらくマヤが接触している奴らがそうだろう。」


「吸血鬼?」


「吸血鬼の末裔は世界にたくさんいて珍しいものではないのだが、その二人は原種に近い。原種はエルフ並みに長命で、再生能力が高い。人の血を食事として、日の光を嫌う。その二人は封印されて数百年ほど眠っていたらしいが、今年に入り目覚めたらしい。そいつらはこの後何をするとか言っていたかい?」


「えっと……『食べる』とも……あと妹の方は、相手が欲しいとか王子様候補とかも話していました。」


 私は話してぞっとする。エスタを食べる気だ……それに私とベル様も食べに来ると宣告を受けている。


「今朝エスタから私に報告が有った、マヤが攫われたと。置手紙が有ったが、君の文字ではないからすぐに攫われたと理解したらしい。だから君を呼び出してしまった。すまなかったね。マヤたちはどこにいるか分かる?」


「私達はシールバ邸にひゃっ!!!」


 いきなりの感覚に背をのけぞってしまった。口から漏れ出た声に驚き手で口を塞ぐ。

 尻尾にぞわぞわと嫌な感覚が走る。虫に這われている様な……いや、誰か触っている?その感覚はだんだんと全身に広がってきた。


「ひゃっ! ……陛下……本体の方で問題がっ……あっ!……」


 私の様子を見て陛下はすぐに行動した。


「わかった。【体に戻れ】」


 私の妖精の体は彼の夢から弾き出されて北へと向かい飛ばされている。日が暮れ始める空を飛ばされながら旧シールバ邸に到着する。がれきで何もなかったが急に屋敷が現れる。


 ―――!壊れていない!!魔法がかけられてる?


 そして部屋の中に入ると、私が座るソファーの肘掛にあの男が腰掛けながら私の体をべたべたとさわっていた。更に本体の私の顔には目隠しのように札が貼られていた。


 こいつ! 好き勝手して!!!


 幸運にも奴は顔を隠していない。白い肌、明るいブラウンの髪に赤い瞳。

 彼は私に気付くと妖しくニヤリと笑う。その口元には鋭い牙が生えていた。

 私は技を使おうとするが、否応無しに体に入ってしまった。


 えええええ!? そうだ!【体に戻れ】だからか……


 肉体に戻った私は飛び起きる。

 目を開けるが何も見えない。あの札だろう。


「お帰り。勝手に出かけちゃダメじゃないか?」


 耳元であざけるように話しかけてきた。

 動こうとするその刹那、首筋にピリリと痛みが走り、生暖かいものがつうっと流れた。


「ダメダメ、これ以上動くともっと切れちゃうよ?」


 私は歯を食いしばって動くのを我慢した。非常に悔しい……


「そうそう、いい子いい子。本番前に味見させてもらおうかな?勿体ないし。」


 その言葉の後に、生暖かいものが首筋を這った。背筋が凍りつき一瞬何が起こったか分からず思考が止まった。次第に肌が粟立つ。……舐められた?傷口がピリピリと痛む。


 以前、敵対していたモロからの首元から口径でチャージした時を思い出した。

 モロ……ごめん気持ち悪かったね……。


「いいね、美味しい美味しい。さぁて、今日はどっちを食べようかな?活きの良いサキュバスか若い妖精の末裔か……」


 彼はそう耳元で囁きながら舌なめずりをした。

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