3-12 お手上げ

「さあ、ここに入って。」


 男にそう言われて、私は背中を押される。バランスを崩すが同時に手も解放されたので手をついて転ぶことが出来た。急いで目隠しを外して後ろを振り返る。


 初めてグロシーの兄を目で捉えた。


 黒いローブを纏いフードを目深に被った男が……椅子に座る女性の喉元に刃物を当ててこちらを見ていた。正確には彼の目は見えない。刃物を当てられ怯えている女性はベル様だグロシーが化けていた時とはだいぶ雰囲気が違う。本当に別人だ。


 私はすぐに両手を上げた。杖も護身用のナイフも彼に取り上げられた。魔法を使えない今、抵抗する術がない。


「物分りが良くて好きだよ。初めまして。僕はノクト。この子はルームメートだ。暫くはこの部屋で二人で過ごしてくれ。そして君はそこに置いてある服に着替えて。着替えられないようならさっき君が誘惑した男どもに手伝わさせるけど?」


「自分で着替えます。だから彼女を離してください。」

「着替え終わったら離すよ。」


 見られながら着替えるの? 悪趣味。

 仕方なく指定された服に着替えた。背中がざっくりと開いた黒いナイトドレスだ。ご丁寧に尻尾を出す穴まである。私の姿を見た彼は満足そうに話し出す。


「素直でいい子だね~。似合っているよ! では暫く寛いでいてくれ。テーブルの物は好きに食べていいよ。じゃあ夜に食べに行くから待っていてね。」


 何が素直だ。軽蔑の視線で彼を見た。

 そして彼は素早く扉から出て鍵をかけた。

 私は椅子に座り青い顔をしているベルに話しかける。


「大丈夫ですか? ベル様?」


 彼女は震えながら私に抱きついて、心を落ち着けようとする。彼女に怪我は見当たらない。良かった……


「ええ、大丈夫。あの……あなたは?」

「私はマヤと申します。王宮から派遣されて参りました。」


 そう聞いて安心したのか彼女の目から涙があふれた。でも私も捕まっているのだよね……無力で大変申し訳ない……


 しかし、目を塞がれるだけでこんなに弱くなるなんて盲点だった。彼が来る前に妖精体になってここを抜け出そう。


 私は室内の様子を観察する。部屋は暖かくとても綺麗だった。ちょっとしたホテルだ。しかもスイートルームレベルの。この屋敷は何だろう?閉められていたカーテンを開けるとやはり遠くにルーチェンス邸が見えた。窓から脱出するには高くて難しそうだ。


 二人でソファーに並びでかけて、落ち着いた彼女に話を聞くと……丁度一週間前に偽物グロシーに捕まり、彼女を使い偽物はルーチェンス公を脅したそうだ。そのご別の部屋に監禁され昨日の夜まではエルフニクスと同じ部屋に居たが今日の朝この部屋に連れてこられたようだ。


 食事も与えられていて今の所大丈夫とのことだが……彼女の目の下にはクマが有った。


 一通り話し終えた彼女は私に寄りかかりながら、うとうととし始めた。

 やっと少し安心できたのだろう。私は彼女が眠るまで見送りソファに寝かせた。


 よし、私も今のうちに妖精体になってエスタの元へ向かおう。


 私も一人がけのソファにもたれかかり、幽体離脱……もとい肉体から抜け出し妖精の体になる。このままあの兄弟を倒しに行こうとも考えたが、応援を優先にした。


 建物を出て上空へと上がる。振り返り建物を確認しようとするが……建物が消えていた。

 残骸しかないという感じか……。さっきまではあったのに……


 取り壊された邸宅、エルフの行方が途絶えた地。そうかここは旧シールバ邸か……と言う事はエスタもこの近くに来るはず!


 そう!今日はこの近くを調べる予定なのだが……

 ルーチェンス邸に向かいながら飛ぶも誰もすれ違わない。


 とうとうルーチェンス邸についてしまった。門の近くで人が集まっていた。ニクスだ!彼女はどうやら無事に辿り着いて小隊のメンバーに保護されている。彼女が持っていた私のジャケットを見てざわめきが起って居る。


 あれ? エスタが見当たらない……もしやグロシーに捕まってしまったのでは……


 私は建物の表からエスタの部屋が有る窓へと近づくと隣の部屋から声が聞こえた。私の部屋?私は窓から中の様子を伺う。


 部屋の中では私に化けたグロシーがエスタに抱きついていた。そして彼女はエスタに口づけをした。


 絶句である……時間が止まった。


 ちょっと! 待ってよ!!


 時が動き出したので窓から室内に押し入ろうとした時、右角が引っ張られて声が聞こえた。


「【私の元に戻って来てくれ】」


 二グルム陛下の声だ。え!こんな時に!? 窓の外に居る私に気が付いたのかグロシーが私を見てあざ笑う。

 そして彼をソファーに押し倒した。


 はぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?


 私は怒りながら引きずられ王都へと呼び戻されるのであった。

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