3-10 狙われた妖精

 甘い香りがする。


 ……む! そうだ! 何か盛られたんだった!! 起きなきゃ!!


 と思い出し飛び起きようとしたが……体が動かない。

 手が縛られて頭上に固定されていた。ベッドの上のようだが最後に見た部屋とは違っていた。

 私が体をよじると足首に鎖がついていてジャラジャラと音が鳴った。頭を持ち上げて視線を足元へと移動する。服は制服のままだけど足首には枷が付けられて鎖はベットの支柱へと繋がっていた。


 ―――何これ? 捕まっている!?


 はぁ~!初めてこんな風に拘束された!映画やドラマや漫画でしか見たこと無かったがまさか私の身にも降りかかるとわ……なんて感心している場合ではない!


 私は部屋を観察するためにきょろきょろと見渡していると、女性の声が聞こえてきた。


「ふふっ……。やっとお目覚めになりましたね。マヤ様。」


 嬉しそうに話しかけるこの声の主は知っている。そして同時にその主が私の体の上に馬乗りで座った。


「ベル様……」

「捕まえましてよ。私の王子様♡ ご理解が早くて嬉しいわ。そのままおとなしくして頂けまして?」


 彼女は妖艶に笑い、私の頬を撫でる。

 ひえ……鳥肌が立った。


 白いネグリジェを着た令嬢ベルと側近というかゴロツキ三名もいた。ベッドサイドにはオイルランプがある。珍しい、この世界は魔法の光が主流なのに。


 しかしこれは一体どういう……?王子?

 私の姿に騙されている様なので彼女から情報を引き出すことにした。低い声色で尋ねる。


「なぜ私を?」

「だって実体のある妖精なんですもの!それに古の妖精まで食べたとなったら、私もあなたの事食べたくなっちゃうじゃない?私達めざめたばかりでお腹が減っているの。それに私ももうそろそろ相手が欲しいと思っていたから食糧兼王子様候補が王都に居ると知って頑張って潜り込んだのよ。」


 古の妖精は食べてないけどね、ドレインしただけだよ。尾ひれ背びれ迄付いてる。

 彼女はうっとりとしながら私に触ってくる。頬から首筋へと手をゆっくりとスライドする。

 そして同時に彼女は本性を現した。

 紫色の髪と赤い瞳、顔つきはどこか気の強さを感じる。そして体が変化してメリハリのある体になった。この体でこのネグリジェは見とれてしまう殿方も多いだろう。かというわたしも彼女の谷間をほほうと見ていた。


「ふふっ、やぼったい体で窮屈だったわ。どうかしら?私、綺麗?」

「本物のベル様は?」

「あの野暮ったい娘は捕まえてありますわ。……都合良くあなたが手に入ったから先ほど兄様に差し上げましたわ。そうだわ!私の事はグロシーと呼んでくださいませ!ああやっと手に入れたわ……」


 ひぇっ……。

 彼女は私の体を上から下へと触っていたが、彼女が何かに気付いたようだ。

 眉をしかめた。


「……え?」


 私の胸のあたりとお腹の下をポンポンと叩き、慌てて私のジャケットのボタンを外す。シャツのボタンを外し胸のふくらみを見て彼女は声にならない悲鳴を上げた。



「―――――! 私の王子様は!?」

「残念、夢でしたね……いたぁっ!」


 彼女は私の頬をぴしゃりと叩きベッドから降りた。すごっく怖い顔をしている。

 私をキッと睨みつけて吠えた。


「何よ! なんなのよ! もう!! 苦労して捕まえたのにぃぃぃ!! ……はぁはぁはぁ、それならもういいわ。あんたも兄さんにあげる事にするわ。あああ!!! でも悔しい!!!」


 彼女は地団駄を踏んで悔しがった。いるんだ……ホントに地団駄踏む人。


「はっ!……確か王弟エスタ殿下も来ていたわよね。」


 彼女はそう言うと私の指を口に含みぷちっと噛みついた。チクリと傷んだ痕に何か這う感覚がして肌が粟立った。すると彼女の周りの空気が歪み紫の髪は黒へと変わった。そして彼女の姿は段々と私の姿へと変わる。


 変化!? なにその技! 本人より色っぽいの止めてもらえます?まさかその姿でエスタに言い寄るのではないよね? ねぇ!?


「妖精の家系と言う事で、彼で我慢するわ。あなたの姿利用させてもらうわ。あんた達!そいつ兄さんの所に運んどいて。味見くらいなら良いけど殺しちゃ駄目よ。」


 彼女はローブを着こみながら、捨て台詞を吐いてゴロツキを一人連れて出て行った。まずい。矛先がエスタに向いてしまった。

 しかし情報は得られた。本物のベル嬢が居る。彼女を保護したいが……まずはこの状況を打破しなくてはならない。


 グロシーの指示を聞いたゴロツキ二人の目線が私の胸元に集まる。そして私は身動きが取れない。

 この状況はかんばしくない……。あまり使いたくないけど緊急事態だ。

 ゴロツキの手がじわじわと私に向かって伸びてくる。


「ねぇ……何、勝手に触ろうとしてるの?」


 私は不敵ににかっと嗤う。

 状況と似つかわしくない声色に驚いた二人と目が合う。彼らは私の青く光る瞳を見てしまった。

 一瞬の間を置いて、慄いた彼等はその場にひざまづいた。


(お?珍しいのう)


 珍しい状況に真夜の君も食いついてきた。それくらいこの技は使わないのだ。

 魅惑の進化技【支配】がうまく効いている様だ。私は高圧的にゴロツキ達に話しかける。


「いい子ね。じゃあ、まずは足と手の拘束を外してもらおうか。」


(そう、その調子じゃ。こやつらより強いと思ってかけないと支配できないぞ。)


 彼らは私の言葉を聞くと、慌てて私の拘束を解いた。解放された私は胸元をしまい着衣の乱れを整える。いつも持っている荷物入れが無い。それに護身用の短剣とエスタから借りた杖も。


「私の荷物は?」


 不満げに聞くとこれもささっと出てくる。よしよし。

 荷物を受け取り身に付ける。荷物入れの中に入っていた自作の杖を取り出し手の中に収めた。魔法を使おうと思ったけどうまく発動できない。あれ? 何でだろう?? それよりも先にベル嬢だ!


「私以外に閉じ込められている人の所に案内できるのはどっち? 鍵は持っているの?」


 そう聞くとゴロツキの片方がおずおずと手を挙げた。素直で宜しい。


「そう、じゃあ鍵を持っていないあなた。ベッドに腰掛けなさい。」


 ハイと頷き素直に腰掛けたゴロツキAの顎に手を添え、私と目を合わせる。彼は何かあるのかと期待の目で私を見つめ返す。すまんのう。


「いい子。『おやすみなさい』」


 ニヤリと笑って催眠をかけた。

 ゴロツキAは甘い吐息を吐きながら卒倒した。八時間ゆっくり寝てくれるだろう。


 ゴロツキBが彼の吐息を聞いてうらやましそうな目でこちらを見てくる。私は彼の襟首を掴み顔を引き寄せ耳元で甘く囁いた。


「大丈夫。あなたにもご褒美をあげるから、案内して。」


 ゴロツキBはごくりと唾をのみ頷くと先導を始めるのであった。


(―――ひゃ! 愉快愉快!! まさかマヤがここまでするなんて。)


 したくないよっ!!


 真夜の君が腹を抱えて笑い転げる姿が安易に想像できた。

 私のキャラではない。いつ破綻するのかひやひやモノである。

 偽りの女王様を続けながら私は部屋を後にするのだった。

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