3-09 ルーチェンス邸

「エスタ殿下、遠い所良くいらっしゃいました。」


 屋敷に入るとルーチェンス公爵が出迎えてくれた。


「いや、こちらこそ無理を言って悪かった。宿まで提供してもらってすまない。」

「いえ、息子が出て行ってから屋敷が静かで。部屋もありますし護衛の皆様もお使いください。」


 そう言われて私と小隊の皆はお辞儀をする。ニグルム陛下の意図をくみ取ったルーチェンス公爵がそう取り計らってくれたのだ。彼とエスタが話していると聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「あら?エスタ殿下にマヤ様!」


 ベル嬢だ。華やかだがどこか妖しさだだよう笑みでこちらに近寄ってきた。

 エスタは彼女の手の甲にキスをして挨拶する。


「先日は陛下との縁談ありがとう。ゆっくり話せずすまなかったね。今も昔みたいにパズルやボードゲームの強さは健在かい?」


 彼女は扇を取り出し口元を隠した。一瞬の間をおいてニコニコと答え始める。


「……いえ、子供じみた遊びからは卒業しましたの。私も将来の事が気になる年頃になったので。」

「そうか、それは失礼。結局君にボードゲームで勝つことは敵わなかったか。そうだな、誰もが振り返る様な立派なレディーだからな。皆放っておかないだろう。」

「まぁ! お褒め頂けて嬉しいですわ。さて、みなさんお腹減りましたでしょう? ディナーにいたしましょう。」


 そう言えば……そんな時間か。屋敷内においしそうな香りが漂っている。

 元々自身たちで食料は用意してきているが……どうするのだろう?エスタが同席するのかな? 私も小隊の皆と一緒に食事をするはずだったが、隣のルーチェンス領となり領主となる事もあり、彼らとのディナーに同席することとなった。隊長がエスタに小声で確認する。


「エスタ陛下毒見はいかがいたしますか?」

「俺達は不要だ警戒されては元も子もないから食べる。万が一の時は頼む。そちらは念のため警戒してくれ。」


 毒!! 確かに油断してはいけない。私も簡単な知識は教えてもらったが早速とは……そしてエスタは私とすれ違いざま小さく囁く。


「マヤ、この後は出来るだけ喋るな。会話は最低限にしろ。俺が何とかする。」


 そうだ、ここでは気を許せない。これからが任務本番だ。

 エスタと私はルーチェンス公爵の後をついてディナー会場へと向かった。移動中に使用人とすれ違うが、皆どことなく雰囲気が暗い。


 部屋に到着し着席するとテーブルに料理が続々と運ばれてくる。

 ジビエなど王都では珍しい料理ばかりだ。この料理を楽しんでエルフ村での傷を癒したいものだが……そうとはいかないのが悲しい所だ。


 幸いにもこの食卓では銀製の食器が使われているので、万が一毒が入っていたら気づく事が出来るだろう。私達は食事を始める。


 会話はエスタと公爵が回すが時々ベルが混ざってくる。そして私への質問も投げかけられるが、エスタが私の代わりに答えてくれたり、それでも私が答えざるを得ない時はハイやいいえなど一言で簡潔に答えた。食事も終盤に差し掛かった頃ベルが楽しそうに話した。


「そうですわ! 今日は父様の蔵からとっておきのお酒を出していただきましたの。」


 そう言うとワインが運ばれてきた。

 それぞれの前に置いてあるシルバーのワインカップに酒が注がれる。


 公爵とエスタは何事もない様に飲んだ。

 ちなみに私はお酒が強い方だ。たしなむ程度にしか飲まないが……ワインカップ一杯程度ではベロベロに酔わない。


 私も、皆に倣いワインを少しずつ飲んだ。


 とっておきだけ有って飲みやすい。味も前の世界で飲んだワインと変わり無い様に思えた。その後は何事も無くディナーは終わりお開きとなった。


 その後屋敷内に有る一室に案内された。泊まる部屋だ!私とエスタは隣あった部屋だった。部屋の前でエスタが話しかけてきた。


「マヤ大丈夫か? 何かあったら呼ぶんだぞ。あと偵察も頼んだ。」

「……はい。わかりました。……明日の朝報告しますね。」


 心なしかぼうっとする。気が抜けて疲れが出てきたのだろうか?これからが私の仕事なのに。


「……? 疲れているのか? 疲れている所すまないな。よろしく頼むぞ。」


 そう言って彼と部屋の前で別れ、それぞれの部屋に入った。

 とても綺麗な部屋なのだが……何かおかしい。


 部屋の中に甘い匂いが漂っていた。「もう思考を放棄して眠りたい」と思うような脳を惑わせる香りだった。次第に目が回ってくる。


 あれ? そんなに強いお酒ではなかったし、一杯だけしか飲んでないのに……。なのに許容を超えた様な酔い方をしている。


 私はベッドに倒れ込んだ。


 さっきのエスタは変わった様子が無かった、みんな同じものを飲んでいるのに。何でこんなに酔って……真夜の君?


(……)


 真夜の君も酔っていて反応してくれない。ぐるぐると目が回る中、昔読んだ探偵物の話を思い出した。


 私のカップにだけ薬を仕込まれた? この香りも、もしや危ない?


 これはまずい。エスタに知らせなければ。彼の部屋の壁を叩こうとしたが、その前に力尽きてしまった。


 私は妖精化すらできずそのまま深く眠りに落ちてしまった。

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