3-08 森のエルフ
エルフが住まう森の入口に辿り着いた。針葉樹が多く凛とした空気を漂わせる不思議な森だった。不用意に入ると迷子になりそうな……どこか人を拒んでる。
エスタは道の端に座り込み雪を払って何かを探している。私も一緒にしゃがんで雪を払った。そこには平たく大きな石が置いてある。
「よし、あった。雪が少なくて良かった。マヤ、この石を杖が壊れない程度に叩いてくれ。」
叩く?私はそう言われたので、しゃがんだまま自作の杖でその石を叩いた。
―――カーン!
静かな森に澄んだ音が響く
「エスタ殿下これは?」
「ああ、杖かロッドでこの石を叩かないと村に入れないんだ。」
遠くから返事のようにカーンと音が響いてきた。その音を聞くと彼は「さて、いこう」と皆を促して歩き始める。三十分程、針葉樹林の森の中を歩くと木でできた門が見えた。
「マヤ、門に触って少し魔力を流してくれ。」
そう言われ、門に手を触れて魔力を流す。門が一瞬光りそのあと自動的にゆっくりと開門した。魔術式自動ドア! ……これがエルフの技術!?
中に入ると幾つかの建物が見えた。森の外からは気づかなかったが木よりも高い物見やぐらが立っていた。民家もあり、エルフの姿もちらほら見えたが、なにか騒ぎが起こっている様だ。人が一つの家に集まっている。
「なんだ? あそこは村長の家だ行ってみよう。」
エスタは人をかき分け中へと進んでいく。私も後を追って入って行く。
分隊は表で情報収集を始めていた。
「村長、お邪魔する。エスタだ。どうした何かあったのか?」
一瞬静かになり、皆がこちらを見る。
村長と呼ばれた人物がこちらを一瞥して眉をひそめて面倒くさそうに答えた。金髪のエルフの女性だ長い髪をフレンチツイストで纏めている。長命種なので年齢は分からないが人間の30代半ばくらいの見た目でしっかり者と言った印象を受けた。
「領主殿か……今、見ての通り立て込んでてな?話は後ででもいいか?」
彼女の眼光が鋭い、引いてしまいそうになるがエスタは一歩も引かず話す。
「人魚の村で結界が壊れて村人が襲撃された。こちらでもか?」
人魚村の結界と襲撃と聞き、皆の目の色が変わった。
「……そこまで知っているなら同席してくれ。そちらの青年は?」
「マヤだ。俺の後任だ。こいつも同席させてもらう。」
「わかった。空いている席に座ってくれ。皆、一度話を整理しよう。十分休憩後にまた再開する。」
―――10分後
「私の娘が行方不明人になった。名前はニクス。女性で年齢は64歳。……そこの彼と同じ年だな。」
そう言って村長は一人の少年を見ると彼は手を挙げた。ちなみに人間で言うと10代半ばくらいの見た目をしている。あの見た目で60代半ばなのか。……さすが長命種!村長は話を続けた。
「娘は2日前の夜から家に帰って来ず、昨日今日と仕事場に現れなかった。怪しく思い付近を探している最中に、彼女の持ち物で有る杖が森の入口近くに落ちていた。」
「彼女が自主的に村を出る可能性はあるのか?」
「無い。外界に興味を持っている子ではなかった。今は外に知人もいない。それに必需品の杖を落としているから事故か人攫いだろう。そちらの情報は?」
「約7日前に旧シールバ領の結界が何者かの手によって壊された。二つ脚の足跡が現場に有ったそうだ。その後から人魚達が何者かから襲撃を受けた。けが人が出たが命に別状はない。現在人魚たちは水底に籠っている。今日から結界の修復に入り3日後には再度結界が張れるようだ。失せ者さがしの魔法は使ったのか?」
そうだ。所持品から人や物を探す古典魔法が有る。杖が有るのだから探せるだろう。
「使ったが見つけられなかった。正確には糸の先に何もなかった。」
「何もないだと? 糸はどこに?」
「シールバ邸跡地だ。」
「婆さん家だと? それに跡地?」
「ああ、我々も家を取り壊したことは知らなかった。今は塀が残るぐらいだ。糸はその近くで消失した。敷地を探したが何も見つからなかった。」
それを聞いてエスタは絶句する。何も聞いていないという表情だ。
彼は悔しそうに言葉を絞り出す。
「……すまない。シールバ邸が取り壊された事は初耳だ。」
「そうか、……シールバの孫で有るお前が知らんのか。そちらが絡んでいると言う事はなさそうだな。」
シールバ様はエスタの祖母だったのか。
しかしこの領では何が起こっているのだろう……
壊された結界、襲撃された人魚、エルフの失踪に壊された旧領主邸……更には隣のルーチェス領の不穏な動き。
エスタも考え込む。
「明日、俺達もシールバ邸を捜索する。この後攫われた娘の詳細を教えてくれ。」
「わかった。皆は日が暮れるまでは探してくれ、明日は夜明けから捜索する。では解散だ。」
そう言ってエルフたちはそれぞれ捜索を始めた。
「エスタとマヤと言ったな。こちらの部屋に。引き継ぎとやらを行なおう。」
「ああ、こんな時にすまない。手短に行おう。」
私達三人は隣の部屋に入る。簡素な部屋で木製のベンチスツールに色とりどりの敷物とクッションが置いてあった。
そこに座るよう勧められ、席に着き話が始まる。
エルフ村の村長彼女の名前はホロロ。年は聞いていないが、村長たる落ち着きと威厳を彼女は備えていた。
「……なるほど、王都でそんなことが。君は王家の庇護に入り、ここの管理を行うと。」
「命の恩人だからな。それに脅威が無いことを示すためと保護の意味合いもある。」
「まぁ、半人半妖精なんて我々や人魚と同じだからな。狙う奴らも皆無ではない。マヤと言ったね。君は杖を持っているかい?見せてごらん。」
私は彼女にそう言われ、自作の杖と、先生から借りている杖の二本を彼女に手渡した。
彼女は杖をいたるところ観察し、何か納得したように私に杖を戻した。
「成程ね、私たちは杖を見ると大体の事が分かる。ずいぶん身の丈に有っていないものを持っているのだな。しかも古典も使えて呪いも使えるとはなかなか興味深い。エスタ、彼は領主ではなく魔術師団でしごいた方が良いんじゃないか?勿体ない。」
身の丈に有っていない杖……領主より魔術師団……これは、悪い意味と言う事だろうか?私は不安を抱えながらも彼女たちの話を聞く。
「さっきも言ったが色々慌ただしくてな。魔法の師匠としては申し訳なく思っている。だが領主の仕事はマヤにやってもらう。王の命には逆らえん。それにこいつは物覚えがいい、すぐに慣れる。そうだマヤ、ホロロに土産が有るんだろ?」
魔法の師匠として申し訳なく思っている……エスタを謝らせてしまった。
ショックを受けながらも彼に言われて、手土産の宝石スライムの核と内包されていた骨を手渡した。
「ささやかではございますが、これからホロロ村長始めエルフ村の皆様にお世話になるので持ってまいりました。お納めください。」
もう、上の空だが何とか云えた。
彼女は土産を受け取り、手に取って観察する。
「ほう、なかなか質のいい石と骨だな。貴重な物だろうに。では、ありがたく頂こう。今後ともよろしく頼む、マヤ殿。そうだ、領主殿の治める品だがこれになる。」
そう言って彼女は近くにあった木箱を三つ差し出した。40cm程の大きさの木箱だ。
「確認させてもらう。マヤ開けてくれ。」
そう言われて木箱を開けテーブルに並べた。
黒檀の様な木でできた杖や鉄でできた杖、羽根飾りが付いている杖などデザインは様々だがどれも繊細で綺麗だった。
「工房で作ったが引き取り手の無い杖たちだ。こちらを治めさせてもらう。売るなり使うなり好きにしてくれ。……ただ新領主どのはこれを使わないでくれ。これでは勿体なさすぎる。」
……勿体なさすぎる……勿体なさすぎる……勿体なさすぎる……。
頭の中でエコーのように声が響いた。そうですよね。私なんかがエルフの工房の杖を使おうなんて、おこがましいですよね……私の心は灰のように風に飛ばされそうだ……
(おい、マヤ大丈夫か? 卑屈になるな! どういう意味だ? こいつなかなか辛辣よのう)
ああ……真夜の君ありがとう。大丈夫、こんな事会社員時代もあった。
久々だから効いているんだ。そう久々だから……
私は小さく「わかりました」と答え木箱の蓋を閉めた。
その後は上の空でよく覚えていない。
気付いたら馬車に乗っていてさらには今日の最終目的地、ルーチェンス公爵邸についていた。
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