3-07 湖の人魚

 私の領地は湖と森からなる土地で特殊な場所らしい。


 湖には人魚が住まい森にはエルフが居ると。何ともファンタジーな!そしてこの領地は彼らの保護地域でもあるのだ。


 王都から馬車で三時間ほど揺られて旧シールバ領に向かう。飛行魔法で飛んで来れない距離ではないが、疲れるだろう。領地に近づくにつれて寒くなっていく。最近雪が降ったのか日陰に白い雪の塊が残っていた。そして、どことなくエスタの表情が曇る。


 私達は初めの目的地、人魚の湖へと向かう。


 この異世界の人魚達の殆どは水辺が生活圏になっている。海辺に住まう方々が大多数だけど……遙か昔、海からこの湖にやって来た者によってこの村が出来たらしい。

 時々海住まいの人魚もやって来るそうだ。


 この時期に湖か……さぞ寒いのでは。人魚達は寒くないのかな……?


 そんなことを考えながら歩いていると不思議な光景が映った。

 私達の進行方向に湯気が立ち上っているのだ。以前いた世界でも見たことが有る気がする。

 

 これは……温泉?


 カポーン!と頭の中で効果音が鳴った。人魚の住まう湖は温泉湖だった。とても広く湯気の影響もあってか対岸が見えない。ほとりには数件の家が建っていた。湖の中央には小島が有り祠の様な建物が立っている。


 エスタは慣れた足取りで湖のほとりに建てられた一軒の建物へと向かう。

 そこには暖炉が有る無人の休憩所だった。室内をキョロキョロと見渡しているとエスタが説明してくれた。


「誰でも使えるように作ったんだ。薪は外に有る。俺とマヤで村長に有ってくるから皆はここで待っててくれ。」


 なるほど旅人向けの山小屋みたいなものか。ここなら寒くない。小隊の皆はここで別行動となった。私とエスタは休憩小屋から出て近くにある一番大きな建物へと向かった。扉をノックすると応答が有り、私たちは入室した。


 扉を開けると、もわっと湯気が立ち込める。

 温泉施設の浴場にとても似ていた。中央に四角く湯が張ってある。いや、湖が繋がっているみたいだ。人魚が二人その淵に寄り添って腰掛けていた。


 一人は男性で見た目は30代前半くらい。銀色の短髪で整ったワイルド系の顔をしている。鉄色の鱗が生え所々赤とブルーの差色が入っていた。上半身にはガウンを羽織っている。

 もう一人は女性で20代後半ぐらいだろうか。濃いブルーのロングヘアーのかわいらしい方だ彼女も上半身に薄いピンクのガウンを羽織りその下から見える脚は青から白のグラデーションが掛かった鱗が生えており、鰭はレースのようにひらひらして綺麗だった。


 男性の人魚が私達の姿を捉えると話しかけてきた。


「やあ、久しいね。エスタ。王都が大変だったみたいだね。」

「ああ、忙しくてたまらない。こっちにも中々来られずすまなかった。村長就任式以来だな。今日は紹介したい人物を連れて来た。」


 エスタはそう言って私を紹介する。


「マヤだ。この度俺の……」


 二人は私の顔を見てぱっと表情を輝かせ、エスタの言葉を最後まで聞かず話し出す。


「結婚するのか!おめでとう。」

「話を最後まで聞けチーレル。俺の後任になるんだ。ここの領主になる。マヤ、こちらはこの村の村長チーレルと夫人のステラさん」


 私はチーレルさんとステラさんに挨拶した。

 二人も笑顔でよろしくと返してくれる。しかし、チーレルさんはさびしそうにつぶやく。


「なんだ、結婚の報告じゃないのか……。」

「期待させてすまなかったな。」


 いろいろ驚きを隠せていない私を見たステラさんが話しかける。


「マヤさんはここに来るの初めてよね?湖はどうかしら?」

「寒い湖を想像していたのですが、温泉湖に驚いています!それに湖も綺麗で感激しています。私の故郷も温泉に入る風習が有ったので懐かしいです。」


 この国にも温泉が有ったのかぁ……寒いから肩までつかりたい気分まで有る。

 人魚と温泉不思議な組み合わせだが、水が寒くないと知って安心した。


「気に入ってくれてうれしいよ。何なら二人とも浸かっていきなよ。」


 と言う事で、私とエスタは足湯を愉しませてもらう事になった。

 温かくて気持ちいい。最高!

 エスタは私が領主になった経緯を話した。


「まぁ、この領を治めると言う事はフロリーテ家に深く関わりが有る者とは思っていたがそう言う事か。」

「そうだったのね。じゃぁまだこの国に来て半年も経ってないのね。大変ね……」


「マヤは兄貴直属の部下だが普段は俺の魔法屋で助手をしている。引き継ぎはするが、俺も暫くは一緒に来ることにはなるだろう。いきなり切り替えてしまってはお互いに負担が大きすぎる。早速だが、村は変わりないか?というかやけに静かだな。普段は皆歌っているのに。それに結界はどうした?メンテナンス中か?」


 エスタは矢継ぎ早に質問した。静か、歌、結界……。

 今の湖は静かな秘湯といた雰囲気だ。村というには人が少ないような……

 それを聞いてチーレルとステラは顔を見合わせる。困った顔をしたチーレルが語り出した。


「実は一週間ほど前、領の結界が壊されてしまったんだ。それからというものの、村人が数人襲われてな。幸い傷も浅く命に別状はないのだが皆水底に引きこもっている。昔の言い伝えでも信じているやからが出たのかもしれない。結界を張る為に新しい魔法石が必要なのだが……この湖にもなかなか無いし、買うにしてもここまで流通しないからな。」


「昔の言い伝え?」


「ええ、数百年前までは人魚血肉には不老不死の効果が有るって話が出たことが有ったの。人間より少し長寿なだけなのに。食べて著しく長寿になる物なんてないのにね……。」


 ステラさんは目を伏せ悲しそうに話した。

 私とエスタは顔を見合わせる。そんな物騒なことが……それに魔法石……

 私は鞄を手繰たぐり寄せ、中から布袋を取り出しチーレルさんに渡した。


「お土産として持ってきたのですが使えそうですか?」


 以前、狩りで得た宝石スライムの核だ。挨拶の手土産として持ってきた。

 これを見て二人は顔を輝かせる。


「ああ、これなら結界を治せそうだ。ありがとうマヤ君。」

「ええ!これなら前より結界を強くできそうだわ。」


 喜んでもらえてよかった。二人の話だと結界の術式を書き込むのに3日程かかるらしい。しかし問題も残る。結界を壊した犯人だ。


「結界内に入れる人物が壊すと言う事になる。調べたが目撃者が居なくてな。雪が強い夜で皆水底に引きこもっていたんだ。ただわかる事は村人以外と言う事だ。二つ脚の足跡が残っていた。」

「……そうか、頭にとどめておく。何か分かったら教えてくれ。俺達もこの近くに明後日まで滞在するから調べてみる。それにこの後エルフの村にも挨拶に行くから結界の事も伝えるよ」


「ああ頼む。エルフ村に連絡したが返事が来なくて心配していたんだ。何も起きていなければいいけどな。そうだ、領主殿にお納めするものが有る。」


 そう言って彼は近くの棚から袋を取り出し私に渡した。

 私は受け取ってそれを開けると色とりどりの鱗だった。それも沢山ある! 人魚の鱗は装飾品や魔法アイテムの原料として人気なのだ。中には宝石並みの価格で取り扱われる場合が有る。


「半年分だ。俺達の納税がこれでいいって言うんだから。」

「ああ、人魚の鱗は貴重だからな。集めるのも手間だろう感謝している。また村に必要なものが有ったらマヤに連絡してくれ。」

「わかった。そうさせてもらう。今度は二人とも肩まで温泉につかれるくらいゆっくり遊びに来てくれ。これからもよろしくな!マヤ君。」


 こうして、人魚の村での引き継ぎ挨拶は無事に終わった。


 村長たちと別れ小隊の皆と合流する。小屋で皆に人魚の村で起きた件を伝えると小隊の二名程調査に当たり別行動となった。私達は次の目的地エルフの村へと向かう。


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