3-04 令嬢ベル

 縁談中に令嬢からマジックアイテムで魅せられたエスタを魔術医と医師に診てもらった結果。魔法は無事に解けて少し眠れば大丈夫だろうとのこと。


 シャルいわくあの令嬢は出禁にすると。三度目は無いとエスタの顔をして怒っていた。きっと彼も同じだろう。

 エスタも三時間ほどで目が覚めて平常通りだが守りきれなかった責任を感じたシャルが今日の残りの仕事をバトンタッチしてくれていた。『本でも読んでゆっくりしてと』数冊の本を彼に渡していた。男の友情って見ててほっこりする。


 一息ついて間もなく今度はニグルム陛下の縁談が始まる。エスタに比べて彼はガチガチの警護がされている。エスタの件が有ってとの訳ではなく先週の時点で事前に組まれていた。それに今回の縁談は珍しく近衛や私も立ち会うのだ。まるで刺客が来るかのような物々しさだ。


 陛下たちと廊下を歩いている時にルーチェンス公爵とベル嬢に会った。

 

 ベル=ルーチェンス


 ルーチェンス家の長女23歳、彼女も妖精の……確か人魚の末裔だ。聖女候補の1人で最終選考に残るほどの実力の持ち主。リーリはパワー系だが彼女は技巧派だ。お凄い。

 ちなみにリーリは彼女が今日来ると知り色々忙しそうだった。『結界を強化しなきゃ』など珍しく慌てていた。なぜ?


「これはルーチェンス公爵とベル嬢。今日はありがとう。では一緒に参りましょう。マヤ私の荷物を執務室に頼むそしてエスタに連絡を。」


「はっ。」私は低く短く返事して、令嬢と陛下と近衛の方々を見送った。


 令嬢は扇で口元を隠し私を睨んでいる。標的を見つけたように視線が鋭い。今日の彼女は先日よりも大人っぽっく大胆だ。ウエストを細く絞り胸が強調されたドレスを着ている。縁談でそれはいいのだろうか?

 彼女は私を一瞥して。何事もなかったように振り返り扇を戻し、陛下たちと一緒に去って行った。


 こわっ! 私先日何かしちゃったかな?


 私は今朝シャルに言われた言葉を思い出していた。「マヤちゃんも喰われないように気を付けてね」と。……いやいや。まさか。


 そのまさかだったのかもしれない。


 私とエスタに扮したシャルは執務室に荷物を置いて縁談が行われている部屋に入った。丁度、陛下の近辺の者を紹介するところだったらしい。エスタに化けているシャルを紹介する。

 シャルは挨拶で彼女の手の甲軽くキスをした。他のメンバーを紹介して最後に私も紹介された。


「はじめましてベルですわ。あなたは妖精騎士のマヤ様かしら。」


 私は短く返事して挨拶として彼女の手の甲にキスをする。これは挨拶として普通なのだが。彼女は私の手をぐっと掴み返した。


 ひえ!


 これはイレギュラー。

 動揺を見せまいと険しい顔になる。その顔が良かったのかわずかに彼女の顔が上気する。


「この手が陛下をお守りしているですのね。素敵ですわ。」

「おほめに預かり光栄です。」


 彼女の方が階級が上だ、失礼が無い様にしなくてはならない。いつくしむように彼女は私の手を撫でる。そして彼女は私の指輪に気付いた。


「あら?婚約されているの?」

「いえ。」

「まぁ! そう。……ふふふではまた後で。マヤ様」


 そう短く言って手を離した。

 そして彼女は陛下と会話に戻った。

 また後で?


 ◇ ◇ ◇


 和やかに縁談が終り、ルーチェンス公爵とベルたちを見送って別れた後ニグルム陛下一行は揃って執務室に向かって歩いていた。みんなどこか安心したような面持ちだ。シャルがおもむろに陛下に話しかけた。


「ベル嬢はかなり印象が変わってしまいましたね。昨年見かけた時は内向的で落ち着いた方に見受けられましたが……。」

「ああ、そうだね。……ほんと別人だね。」


 陛下は悲しそうにそう言った。ベル嬢もお年頃の女性だ一年で何か心情の変化もあるかも知れないが……別人と言われるレベルは相当だろう。陛下は言葉を続ける。


「厄介なことになった……忙しくなりそうだ。皆、お疲れ様。エスタとマヤは明日の午後一番に私の元に来てくれ。ではこれで。」


 そう言って執務室の前で不穏な空気を感じさせたまま解散になった。陛下は秘書官と共に執務室に入って行った。私とシャルはここまでなのでこの場を離れる。


「エスタには俺から連絡いれておくよ。忙しくなりそうな雰囲気だね。本当は遊びたいけど今日は休んだ方がよさそうだ。じゃあねマヤちゃん。」


 シャルは残念そうにそう言って去って行った。


 あのシャルが!


 ……体力お化けのシャルが言うなら私も素直にそうしよう。

 私はいそいそと寮へと戻って行った。

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