3-03 縁談当日

 今日は忙しい。フロリーテ兄弟の縁談の日だ!


 一件目は午後一番にエスタ。先日聞いたどうしても逃がしてもらえなかった縁談だ。……そしてもう一件はニグルム陛下で先週お会いしたベル嬢。縁談にしては珍しく日暮れ後に行うというのだ。私もニグルム陛下の縁談を見守ることになるので今日は魔法屋に帰れない。寮に泊まることになる。


「はぁ……今日の縁談ヤダな……。」


 朝の打ち合わせが終って縁談に向けて準備をしている最中、そう愚痴をこぼしていたのはシャルだった。その言葉を聞いて私は彼を二度見する。


 今日の彼は秘書官モードで実際に縁談をするのはエスタだ。エスタが言うならともかくなぜ彼が?


「どうしたんですか? そんなに面倒な方がいらっしゃるんですか?」


憂鬱そうに机に突っ伏している彼は私を見て話し出す。影武者というより彼の本音がだだ漏れだ。任務中にそんなんでいいの?


「面倒なんだよぉ……過去に問題を起こした令嬢で……。エスタにゾッコンで色々旺盛でお転婆すぎる令嬢なんだよ……。彼女は昔エスタは盛ったことがあってね……。おっとこれは秘密だった。」


「え?『盛った』って何を……?」


 それは聞き捨てならないので詳細を反射的に聞いてしまった。

 シャルは周囲をきょろきょろと確認しそっと耳打ちした。


「媚薬だよ。エスタは薬が効きにくい体質だからすぐに逃げてその令嬢とは何も無く助かったけどな。それでも大変だったらしい。その一件から令嬢が苦手になったらしい。これ、秘密ね。」


 ―――ひぇ。媚薬を盛られた?

私は目を丸くして無言で激しく頷いた。薬を盛るのはギルティだよ。


「何で受けちゃったんですか?? そんな縁談??」


「諸侯のお墨付きの令嬢だから断れなかったんだよ。事件も公にしなかったし、彼女人前ではすごく評判いい子だからね。今まで避けて来たけど……とうとう逃がしてもらえなかった。一応、俺がずっと傍について食べ物には十分注意するけど、エスタや陛下だけじゃなくて周囲の家臣もターゲットにされる場合が有るからマヤちゃんも喰われないようにね。飲物や食べ物から目を離しちゃだめだよ?……んじゃ執務室行こうか。」


 ……ドロドロだ。……闇を、垣間見てしまった。

 私は小さく「ハイ」と答え彼と一緒に執務室へと向かうのであった。


 ◇ ◇ ◇


 午後も近衛の方々の雑務を手伝って王宮内の荷物を届けたりなどバタバタしていた。陛下に『プライベートルームに荷物を置いてきて』と頼まれたので、私は仰せの通り彼の部屋に行き机の上に資料を置いて出てきた。

 このプライベートルームが有るゾーンは彼等の許可が無いと入れない。陛下だけでなくエスタの部屋や寝室も近くに有るのだ。

 さて、執務室に戻ろうとした時だった……。

 廊下に人影が……廊下の壁にもたれながら歩くエスタの姿が有った。足元がおぼつかない。この時間は縁談中のはずじゃ……?

 私は慌てて彼に駆け寄る。


「エスタ! 大丈夫ですか?? 何が……」

「……なんでマヤがここに……近づくな離れろ……」


 熱でも有るのだろうか彼の顔は赤く息も荒い。苦しそうだ……そんな人を放ってはおけない。


「寝室へ行くんですよね。一緒に行きます!!」


 私は彼を介助するために近づくと彼は困ったように頭を振るがその目は熱を帯びていている。切なそうに何かに抵抗するような目だ。彼は空いていた左腕で私を抱き寄せた。


 ……ひゃっ―――!!


 彼は苦しそうに私の耳元で囁いた。私は彼の変化に気付いてしまう。


「嵌められた……俺を部屋に放り込んだら人払いしてくれ。マヤも逃げろ……」


 抱きしめられこの言葉を聞いた私は全てを察した。遠くから女性の声が聞こえてきた。

 噂の令嬢、またやらかした!? このままではいけない! 早くエスタを寝室へ運ぼう。


「わかりました! もう少しで寝室だから頑張って……」


 あと10メートル程だ。私は彼の左腕を肩に組んで進む。

 そして二人で部屋に入ると扉を閉め鍵をかけた。それを見たエスタは狼狽うろたえる。


「何している……マヤも外に……」

「わかってます……でも……その……辛いでしょ? 横になって?」

「なっ……お前! まさか……」


 私は狼狽える彼の手を取りベッドへと寝かせるのであった。


 ◇ ◇ ◇


 ―――ドンドンドン!!


 数分後、激しく扉が叩かれる


「エスタ様! 開けてくださいまし!」

「おやめ下さい! お戻りください!!」


 女性の声ともう一人はシャルだろう。扉の外で言い争いしている。

 私は服の乱れを正し、気合を入れ扉の鍵を開けた。


 勢いよく扉が開き令嬢が中に入ろうとするが……それは許さない。私はそれを妨害する。

 部屋の中から出てきた私を見てシャルは驚いた


 私は部屋を出て扉を後ろ手に閉める。声のトーンを低くして彼女に説明した。


「エスタ殿下のご体調が優れなかったので寝室にお運びしました。今眠った所なのでどうかお静かに願います。」


 私の言葉を聞いて彼女は驚いたようだった。

「そんな! 眠ったですって!? 簡単に眠れるような代物ではないのに!!―――っ!!」


 そこまで言って彼女は口をつぐんだ。

 あーっ! 口を滑らせた! そんなすごいものを彼に?

 私とシャルはそれを聞くと目を合わせ、二人してジト目で彼女を見つめる。


「マヤ殿、エスタ殿下の介助ありがとうございました。」

「いえ、様子がおかしかったので魔術医にも連絡は入れてあります。時期に到着するでしょう。なにか悪いものでも食べたのですかね? それならばあなた様も見て頂きますか?」


私は令嬢の顔を覗き込む。彼女の顔色は徐々に蒼くなるが……。


「い、いえ……! 私は結構ですわ……体調が優れないのでしたら私が看病を……」


 まだ引き下がるの?この令嬢。仕方ない。騒がれても面倒なので奥の手を使う事にした。目には目を歯には歯を。

 私は目を青く輝かせ彼女に一歩近寄り目を見つめる。そして、満面の笑みで彼女に語りかけた。


「大変申し訳ございませんが、【本日はお引き取りください。】」

「えっ…………わかりました。帰りますわ……」


 彼女の瞳に青い光が一瞬宿ると毒気が抜けたようにそう言って素直に去って行った。彼女の後姿を見送って私とシャルはため息を吐いた。


「助かったよ。ごめん近くに居たのに防げなかった……。彼女、今度はマジックアイテムで惑わせたんだ。エスタが直ぐに気づいて逃げ出したから良かったんだけど……。そんな強力なのを使うってどんだけだよ……エスタ大丈夫?」


 ひえぇぇぇ……一度ならず二度までも。彼女、エスタを捕まえるのに必死だ……


「ええ、今朝シャルから話しを聞いていたお陰ですぐに理解できました。だからエスタからドレインさせて貰って催眠で眠っています。だから今は大丈夫。」


 私は彼をベッドに転がした後、彼の両手を握り彼の頬にキスして思いっきりドレインをした。彼をくたくたに疲れさせた後、催眠で眠らせた。

 今の私は過剰に生気が満ちているので髪や肌がつやつやだ。それを見てシャルが一言。


「さすがサキュバス。俺はてっきり……。」


 私は彼の脇腹に肘を喰い込ませた。ぶふっと彼はくぐもった声を漏らす。

 ちょっと! 変な妄想しないで欲しい。


「そんなことしないです! エスタも望んでませんし。さ、魔術医さん呼びに行きましょう。」

「あれ嘘だったの?」

「そうですよ。じゃないと彼女引き下がらないじゃないですか。それでも引き下がらなかったので新技使わせてもらいました。」

「え……? 新技? ちなみに聞いていい?」

「……【支配】です。」


 私は遠い目をしながら白状した。


 先日の学院騒動の時にレベルが上がり【魅惑】の進化系の【支配】を覚えていた。

 支配と言っても要は強い魅惑だ。これをかけた者を心酔させて一時的に支配する。そう魅惑に魅惑をぶつけて令嬢にお返ししたのだ。

 シャルはギョッとしながらこちらを見てゴクリと唾を呑みこんだ。


「怖いような……かけて欲しいような……」

「なっ! 嫌ですよ! 支配って言っても魅惑には変わりないから、彼女がしている事と変わりません。非常時だけです。じゃあ私呼んできますからエスタの事よろしくお願いします!」


 そう言って私はシャルを残し医務室へと駆けこむのだった。縁談一件目からこんなにバタバタしていいのであろうか?


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