番外編 ミッドナイト・サクリファイス 後編

 俺は2件同時に異世界転移を行なうので、『真夜の君まよのきみ』の転移に立ち会えなくなった。代わりに、何も知らない同僚μミューに立ち会いを依頼した。


 あくまで立会いだけだ。


 全責任は俺になるよう、転移魔法陣や資料など重要な部分を準備して、彼女に引き継ぐ。ただ「時間だけは未定で俺から指定する」とだけ伝えてこちらの準備は終わった。


 次は真夜マヤの保護だ。前々からの未来計測で明日の夜にケイオスが動く事は分かっていた。

 この保護でコケたら終わりだ。12時間前から彼女の周辺に異変が無いか観測する。奴が現れる時は異変が起こる。そして、奴が真夜を攫った所を俺が奪還する。


 ちなみに、妹は俺の事を覚えていない。俺も過去、ケイオスに存在ごと居場所を奪われた口だ。なので、全世界から俺の記録と記憶は消えている。なので今回彼女とは他人として話すことになる。


 予定時刻になった。夜10時。彼女が住む部屋の周りの空間に亀裂が入る。少しずつでも確実に切り取っている。


 ―――ミシッ!


 完全に空間が切り離された所で家が軋んだ。それと同時に部屋の照明が落ちる。

 切り取られた部屋の上に、半分欠けたキツネ面を付けた青年が独りポツンと座っていた。

 ケイオスが現れた。あのキツネ野郎。俺の妹に手を出しやがって。

 奴は余裕そうに窓ガラスをひっかいて遊びだす。



 ―――カリカリカリカリ・・・



 俺は部屋の床側に回り奪還用の魔法陣を転写した。

 部屋の中から小さな悲鳴が聞こえる。そうだ、妹はこの手の怖さが苦手だ。昔と変わっていない様だ。


 妹がこの陣を踏むと発動する。発動まで3・2・1・・・捕まえた!俺も急いで帰還用の魔法陣を踏み抜く。俺が魔法陣に溶け込むところを、ケイオスがニヤリと笑いながら、左手の甲をこちらにかざした。

 薬指に黒い指輪が嵌っていた。婚約指輪を見せつけて・・・キツネ野郎、俺を煽ってやがる。


「妹とお前との結婚なんざ反対だ。おとといきやがれ。」


 俺は静かに低く言い放った。奴に中指を立ててそれを見せつけて、魔法陣の中に消えた。

 魔法陣から抜け出て床に着地する。床に蹲る女性が居た。


良かった。無事、妹を奪還できた・・・。


 

「大丈夫?」


 と真夜に声をかける。彼女はピクリと反応してゆっくり顔を上げる。何処か気が弱そうだが落ち着いて周囲を観ようとする黒い瞳、黒く緩やかにウェーブする髪。


 そうだ・・・真夜だ。


5年ぶりに会う妹はすっかり大人になっていた。髪が伸びたな・・・

再会にこみ上げて来るものが有るが、ここで泣いては彼女が不安になる。


 まだ状況が理解できていないようで、周囲を見渡す。「ここはどこ?」と聞かれて困ってしまった。

 正直に説明するには複雑すぎる。なので、悪い夢とだけ伝た。


 さて、ここからは時間との勝負だ、だが焦って不信感を持たせてもいけない。俺は仕事に取り掛かった。


 ◇◇◇


 妹の転移が終り、魔法陣の光が収まる。


 ケイオスに追い付かれる前に送り出せて良かった。

 転送魔法陣へと飲み込まれた彼女は何か思い出したのだろうか・・・俺の正体を明かすつもりはなかったのに。感傷に浸っていると、扉をノックする音が聞こえた。


「べー太、入るよ~。」


 俺の事を“べー太”と呼ぶ女性は、何も知らない同僚のμミューだ。


 薄いピンク色の髪と紫色の瞳、極めつけは幼女というファンシーな見た目だが、年齢は俺のx倍生きている。そして、彼女にはパーソナルスペースという概念が無いので、だれ彼構わずくっついて来る。

 そう、こうしている間にも彼女は俺の右隣に寄ってきた。


「妹さん無事に行った?女王様真夜の君の方も無事転送出来たよ~。ひゃー!この前の件もあって怖いかなって、思ったけど、今日会ってみたら全然毒気が無かったから拍子抜けしちゃったよ。」

「ああ、こちらは間に合ったよ。真夜の君の件とても助かった。ありがとうな。・・・そうだ、妹がお前の事『可愛い』って言ってたぞ。あと、服と靴ありがとうって。」


 真夜の君の転移作業で疲れていた彼女だが、『可愛い』と聞いてこちらを見て目を輝かせた。


「ふふん!可愛い子に可愛いって言われると、照れちゃうな~もう!妹さんべー太そっくりで驚いちゃったよ。―――あ!ケイオスの反応が消えた。ホントあいつは粘着質!!」


 本当にそうだ、ケイオスの所為で仕事が増える。

 彼女は俺が持ってる資料を凝視している。まぁ、共有資料なので構わないのだが・・・、いつもより食い入るように見ているので、こちらも気になる。

 途端、資料を見ていた彼女が眉間にしわを寄せ首を傾げる。これはまずい・・・


「べー太?この資料おかしくない?転移魔法陣の座標・・・ちょっと!資料見せて。」


 そう言って彼女は俺から資料を奪い、自分が持っていた資料と二つを宙に浮かせて見比べる。

 これは思ったよりバレるのが早い。彼女、こんなに仕事熱心だったか?


「妹さん、この座標だとさ、さっきべー太から頼まれて転送した女王様と軸が近くない?交差しない?同じ世界・同じ国に行くとしても変。」


 彼女は宙に計算用の画面を開いて、座標の計算を始めてしまった。


 5分程計算して、彼女は頭を抱える。バレてしまった・・・。俺はしゃがみ込み、素知らぬ顔で計算画面を覗く。そして、ひと芝居。


「まさか!そんな・・・本当か?」


 彼女はぎょっとしながら俺を見て、宙に浮いている画面の中に表示されている図を見せて解説する。


「ほら、この部分で交差している・・・わぁ~・・・事故だよ事故。接触じゃなくて衝突だったら、最悪妹さん、サキュバスと融合しちゃうよ?」


 まあ、融合させるつもりで俺は座標と時間まで計算して実行したから・・・その正確さには自信が有る。その正確さが証明されて良かった。


 彼女は何か考え込み、ビクリとした。

 そして、ゆっくりとジトッとした目で俺を疑うように見る。そして、久々にパーソナルスペースを思い出したように、そっと俺から離れた。


「え?・・・まさか・・・わざと?妹だよね?まさか・・・融合して魂変えて、ケイオスから・・・。確かに、考えはよぎるけど、ホントにやるんだ・・・。鬼ぃ~。」

「何言ってるんだよ、人聞きの悪い。大切な二人にそんな事しないよ。」


 いや、したんだがな。μは曇りのない目で俺の目を見て真贋を探っている。彼女の瞳が薄っすらと光り始めた。まずい、ここで彼女の能力を使われると勝ち目が無い。全て筒抜けになってしまう。


 負けじと見つめ返すが、彼女に読まれるよりも前に、とうとう目を泳がせてしまった。


 こいつ、普段は資料に興味も示さないのに、こんな時に限って見つけるなんて・・・。

 ジト目の彼女は冷酷に言い放つ。


「事故報告書、ベー太が全部書いてね。」

「わかってる。勿論、最初からそのつもりだ。両方とも責任者は僕だ、μは代理で立ち会っただけで何もしていない。」


 彼女はそういって、少しほっとしていた。


「じゃあ、この後ζゼータへの報告よろしくね!」

 

 彼女はそう言い放ち笑顔で部屋を出ていった。


 この件が発覚して、書類を作るまでに時間が有るだろうと思ったが・・・予想より早く資料作りや事後処理に追われることになってしまった。


・・・俺の先見の力もまだまだのようだ。

 俺は先見の能力を使い妹達の未来を視た。


 大丈夫そうだ。ゆらぎが少ないから予測通り行くだろう。

 そして自分の未来を見た。ノイズが多く大きく揺らいだ後にあるビジョンが視えた。ζと一緒にμも俺が作った飯を食べている。

 

 今日から残業だ、それにζに振舞う料理の献立も考えよう。

 俺はため息をつきながら、仕事へと戻るのであった。

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