番外編 ミッドナイト・サクリファイス 中編

 俺の実の妹が、敵の花嫁候補に選ばれてしまった。妹や家族の幸せな思い出が頭を過る。


 上司ζゼータは静かにこちらを見つめる。これ以上の動揺はマイナス評価だ。俺はそう予測して言葉を絞り出した。


「また、奴の気まぐれで未来予測が大きく狂いましたが・・・これで俺の意志は固まりました。」


「やはりそうか。候補の中に君の妹は居なかったから、一目惚れされたな。・・・さて、意志が固まったとは?」


「アイリス、これから話すことは、聞かなかったことにしてほしい。」


 『アイリス』これはζゼータの本名だ。彼女と腹を割って話すときは必ず本名を呼ぶ。

 彼女は俺の空気を察してか眼鏡を外し、腕を組みこちらを真っ直ぐ見る。俺は計画を話し出す。


「妹、佐伯真夜に異世界と召喚契約をさせて転移させる・・・そして、先日、捕獲したサキュバスを、転移事故を装って二人を融合させる。」

「中々大胆だね。メリットとデメリットを続けて。おっと、これは独り言だ。」


 彼女は眉を動かさず、話しを聞いている。


 ちなみにその事故、起こすと組織委員会に掛けられるなど大事だ。もちろん上司にも監督責任で処分は免れない。それを涼しい顔して聞いているのだから彼女は肝が据わっている。


「メリットは・・魂の融合により魂が変質するから『ケイオスが結婚を破棄する可能性が高い』サキュバス・・・“真夜の君”は本来強力な魂だが、現在は非常に弱っている。妹に融合させることにより『真夜の君の完全消失が防げる』妹の魂の方が健康である事、また体が有る事によって、人格主導権は妹が握る。融合した妹を監視下に置くことにより『二人の管理が容易だ』『妹を懐柔すればこちらの戦力になる』更に現在、双方が異世界に派遣される予定の案件において、『成功率が上がる』」


 人として、兄として如何な話だ。更に説明を続ける。


「デメリットは、魂の融合により『妹の体が変化する』。サキュバスの能力を得るので、それに合わせて変わるだろう。『魂の分離方法が確認されていない』。『契約の依頼主の一方にエージェントが未到着状態が出る』。以上だ。」


 彼女は一通り聞くと、考え込み、独り言を話す。


「デメリットをもう一つ忘れている、『私とお前に何らかの処分が下る』。最後に、お前の本心はどれだ。」


「妹の無事だ。・・・また、融合して真夜の君の戦い方を知ることによって、以後万が一ケイオス側に襲われても、自分の身を守れるようになってもらいたい。それだけです。メリットとして挙げたが・・・駒としては、できるだけ使いたくない。」


 ふーん、と言って彼女は資料に目を落とす。妹が任に就く予定の召喚契約ニグルム国王陛下の資料を見ながら、彼女の情報を見比べて眉をしかめる。


「君の妹はこの召喚契約に耐えられるのか?ケイオスの部下と一戦交えるぞ。大人しそうに見えるのだが、真夜の君と共戦するとはいえ、素人だ。付与能力だけで何とかなるか?」


 そうだ・・・彼女は見た目も性格も狸の様におとなしい。しかし、この妹は狂犬をも咬む狸である。

 我が家の狂犬と長年に渡り兄弟喧嘩でやり合った実績がある。


 彼女は負けると悔しくて俺に泣きついて来るが、仕返しをして欲しいではなく、『仕返しの方法を教えろ』と泣きついて来る負けん気を持っている。

 なのでこれを利用して、彼女がゲームで負けた際は俺が彼女をコーチングして、弟が負けた時は弟をコーチングして二人の実力を伸ばし遊んだ時期もあった。


 弟が荒れた始めた時は、彼女に護身術や武道を習ったらどうだと助言をした。素直な彼女はその言葉を実行した。俺の助言は功を奏し、弟が妹に手を上げようとしたら、あっさり彼女に敗れた。その時の悔しさのあまり、彼も武道を習い始めた。まぁ、そのおかげで弟の荒れた思春期は終わったのだ。短期間では有ったが簡単な事は身に付いているはずだ。


「ええ、多少の危険は問題ないかと。それに、素直で流されやすい性格でもあるので契約も問題ないかと。」


 上司の「酷い兄貴だな」という、軽蔑の眼差しは甘んじて受けよう。確かに酷い。


「そうか・・・この二人は君のエゴの生け贄になるのだな。それに契約者にも私にも迷惑がかかる。・・・覚悟はできているか?」

「・・・はい、どんな処分でも受けます。」


 彼女は少し黙り、未来予測を始めた。目が薄っすらと光る。ニヤリと笑いゆっくりと話し始めるが、段々と早口に成っていく。


「まあ、マヤマヨの二人を生かす点では面白そうだ、二人のアフターケアは頼んだぞ。それに、契約者双方の願いも終点が同じだからな。未着が出る側に『迎えに行かせる』と伝えてくれ。。・・・事故による処分だが、お前のお土産メリットは爺どもが好みそうだ。最悪減給で済むように立ち回るが、爺共を寝かしつけるのにちょうどいいクソ長い報告書を頼むぞ。あと、巻き添えで減給になる私だが、自炊をしなくてはならない。私は料理が苦手でな。うまく作れずやつれてゆく未来が見えた。これも独り言だ。」


 この上司、いやアイリスめ・・・どんな処分でも受けると言ったが、飯を作れだと?そこにはひとまず触れずに話を進めよう。


「独り言、ありがとうございます。丁度、事務作業したいと思っていたので、報告書は任せてください。」


 彼女は「私のごはんはどうする?」可愛く小首を傾げてと無言の圧をかけてくる。時代が時代でも異世界に行っても、パワハラとセクハラだ。・・・だが、俺達はそんな事を主張する仲ではないので、こう答える。


「・・・分かった、俺が作りに行く。」

「独り言なのに、君は優しく気遣いが素晴らしいな。ではマヤマヨは君に任せた。首尾よく頼む。」


 彼女はにっこりとそう言って、眼鏡をかけ上機嫌に部屋を出て行った。

 これで済むなら。安上がりだ。

 何とか『真夜の君』と『真夜』の方針が決まり、役者が揃った。

 彼らが滞りなく演じられるように準備を進めよう。



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