番外編 ミッドナイト・サクリファイス 前編

 俺は自分の研究室で資料を見ていた。先日の戦闘で出会ったサキュバスについてだ。


 彼女には名前が無い。


 悠久の時を過ごしたのだろう・・・自分が何者かを忘れ、記憶と力を徐々に擦り減らしながら、少しの思い出と刻まれた復讐心を抱ええて、ここまで流れ着いた。


 先日の戦いではサキュバスらしからぬパフォーマンスを見せた。全盛期は恐ろしい化け物だったのだろう。


 しかし戦闘で彼女は弱り過ぎた。妖精で有る彼女は何か手を打たなければ、このまま消えていく。あれだけの力を見せつけられたのだ。彼女を失うには惜しい。


 それに、駒は沢山有るに越したことは無い。


 彼女と面会するためにカウンセリングルームに入った。室内に入ると彼女は机の近くで、足を組んで座るように浮きながら待っていた。


 自身の青い髪の毛をもてあそんでおり、戦闘狂の片鱗へんりんも無く表情は穏やかだ。


 これだけ落ち付いて居れば何とか口説けそうだ。

 俺は椅子に掛けて彼女に向かい、話しかける。


「この間はどうも。僕はラプラスの魔βベータだ。君の事は何て呼べばいい?」

「・・・ふん、何とでも好きに呼ぶがいい。」


 呼び名は重要だ。ぼやけていた存在が輪郭りんかくを得て鮮明になる。


「では、こう呼ばせてもらっていいかな?『真夜の君まよのきみ』なんてどうだ?サキュバスである君は、真夜中に君臨していたのだろう?真夜中に青く煌めく君の瞳はさぞ美しいのだろね。考えただけで震えるよ。」

「お前、私を口説く気か?気持ち悪い奴め。・・・マヨノキミ。・・・分かった呼び名はそれでいい。私を捕まえてどうするつもりだ?お前達の駒になるつもりは毛頭ない。私には行く所が有るからのう。」


「そうですね、あなたが悪夢ナイトメアと呼ばれる存在を探しているのを知っています。それに力の消耗が激しすぎて、あまり時間が残されていないようだ。僕達もそんなあなたを僕等の戦いに投じて使うつもりはありません。ただ。協力したいんだ。あなたの復讐に。」


 復讐と聞いて、初めて彼女はこちらを睨み見た。彼女の目の奥に復讐の炎が煌めく。


「ほう?復讐とな?私が長い時間をかけて探した悪夢の居場所がお前に簡単に分かるというのか?」

「ええ、調べるのは僕達の得意分野でね。そいつは今、違う世界で悪さをしている様だ。」


 彼女は目を見開き尻尾と翼に力がこもる。それはそうだ。こんな簡単に復讐相手が見つかるのだから。


「早く教えろ。」

「そんなに焦らないでください。それに僕達と異世界の間には様式決まりが有る。それに沿わないと向こう側にも行けないし奴にも辿り着けない。あなたは様式決まりに従ってくれますか?」


「・・・ほう、様式決まりとは?聞くだけ聞こうか?」


「興味を持って戴きありがとうございます。あなたは、召喚士に使役され彼の願いを成就する必要があります。今回の依頼主の願いは、『悪夢ナイトメアに捕らわれている人を助けたい』あなたの仇がこの件に深く関わっています。その依頼中に悪夢を倒せばいい。そして、捕らわれている人を助けて頂きたい。」


「ほう、私を利用して人助けとは・・・小賢しいと言いたい所だが、それくらいは許そう。」


「ご理解ありがとうございます。任務が達成されたら報酬として召喚士の命がもらえます。文字通り、腹いせとして奪うなり、栄養にするなり、気に入ったら世界に残り人生を添い遂げても構いません。報酬の受け取り方、方法はあなたに一任されます。そのあとは自由の身です。ただ、二つ懸念点があります。」


「懸念とは?」


「一つは、召喚士との契約に服従の項目があります。暴走したり、召喚士の意に反する事をすると、強制的に服従させる言葉を使われますので、あなたにとってはそれが窮屈きゅうくつかと。」


「それは我慢しよう。そして?」


「二つ目は、残念ながら・・・今の貴方では悪夢には勝てません。本来なら転生して力を蓄えてから倒すような相手なのです。」


 彼女は勝てないと聞き、瞬怒りを露わにした。静かに怒りこちらを睨む。それはそうだ、彼女のプライドが許さない。


だが、10秒程で彼女は冷静を取り戻す。


「・・・ほう、勝てないと申すのに、私を送り込む算段つもりなら・・・何か考え有っての事だろう?話してみろ。狸。」


 た、狸・・・。狸爺たぬきじじいって事か?

 しかし、流石だ。彼女は悠久の時を過ごしただけある。こちらの意図に感づく判断力が残って居てくれて安心した。


「ええ・・。今は力も時間もないので、僕も力技を使いたいと思います。あなたの能力に縛りを課して送り込もうと思います。今まであなたが磨いた技の威力や種類、全て初期化されます。しかしある条件を達成すると、技の威力が倍増します。」

「つまり、サキュバスの赤子も同然で向こうに渡るのか。ドレインとチャージ初期技が使えれば十分だ。・・・その達成すべき条件とは?」

「それは答えられません。ただ、悪夢との戦いには間に合うでしょう。現地に着いたらできるだけ体力の回復しつつ依頼に臨んでください。」


「ふむ、理解した。その条件でやる。いつ現地に行くのだ?」

「ありがとうございます。現地へは明日の夜、転送します。契約書も現地で。先にこのバイブルを渡します。あなたの情報がこの本の中に視覚化されます向こうで役立ててください。では、それまでは控え室にてお待ちください。案内させます。『μミュー、彼女を部屋まで頼むよ。』」


 彼女は納得し本を受け取ってくれた。一段階目はクリアした。同僚を通信で呼び、彼女を控室へと案内を頼んだ。しかしこれで解決ではない。


 真夜の君を手中に収める為にまだ必要なものが有る。彼女の魂は非常に脆い。本人には伝えてないが、今回の転移も耐えられるかわからない。器に入れなければ散り散りになってしまう。おそらく器に入っても、到着後暫くは動けないだろう。


 彼女には体という器が必要だ。その器役に抜擢したい人物が居た。そのもう一人のキャストの正体を知る為、部屋を出て廊下を進み目的の部屋に入る。ζゼータ、上司の部屋だ。


「失礼します。『ケイオスの花嫁』の情報を伺いに来ました。速報は出ていますか?」


 ζゼータと呼ばれた、知的な美女は資料を眺め、眉をひそめている。俺の方を一瞥いちべつして、さらに眉間の皺が深くなる。

 俺たちの敵ケイオスは、自身の花嫁候補者を攫おうとしている。その人物をケイオスから奪還して保護するのだ。俺はその花嫁に用事が有る。


「ああ、出ているよ。この子は君に任せて大丈夫か?辛いかもしれないが、私より君の方が適任だろう。何とも皮肉なことだ。」


 彼女はそういって資料を俺に手渡した。本来、この件花嫁保護は彼女の担当になる。俺は無理を言って変わってもらうつもりだったので丁度いい。この花嫁が俺の計画に出てくる最後のキャストだ。



 俺は資料に目を通し凍りついた。資料には保護対象の顔写真やプロフィールも乗っている。俺はそれを全て知っていた。


「彼女、君の妹で間違えないね。佐伯朝陽さえき あさひ。」


 俺は冷や汗を流し思考が止まっていたが、彼女に本名を呼ばれ思考が戻される。資料に載っていたのは、俺の妹、佐伯真夜さえき まやだ。

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