22 ねがいの対価(前編)

 事件から2週間後。

 

 私も先生も怪我はすっかり治り後遺症なども無かった。強いて言えば、翼に傷が残ったぐらいだが機能的には問題ない。

 

 何と!国王陛下のご厚意で、ポーションを分けて頂いたり王宮の医療施設へ通う事が出来た所も大きい。今では以前の様に仕事に励んでいる。平和な日々が続くので、あの事件が嘘のようだ。


 文字通り城から逃げるように帰ってきた私と先生。

 街のみんなは、傷だらけの私達を見て酷く心配した。「素材を取りにダンジョンへ行って、こうなった」と先生が話して騒ぎが波及する事は無かった。

 そして、チャトルルとミケさんに再会できて嬉しい。


 私は鼻歌を歌いながら子ミミックに餌を与えていた。この子も私に慣れてくれたのだろうか威嚇はしなくなった。

 そんな穏やかな昼下がり、穏やかではない顔をした先生が工房から出てきた。嫌そうな顔をして、ため息を吐き私に告げる。


国王陛下兄貴に呼ばれた。マヤも呼ばれているから明日王宮へ行く。ミケさんの所で謁見に合いそうな服を見繕みつくろってもらってくれ」


 国王陛下お兄さん・・・王宮・・・ですって!?明日なんて、急すぎる。

 私は慌ててミケさんの店に行き、正装衣装を見繕ってもらった。

 私も一緒に呼び出されるなんて・・・ナイトメアに取りつかれていたとはいえ、殴ったことを問われるのだろうか・・・。不敬を極めていたので恐ろしい。


 翌朝、二人とも正装に着替え浮遊魔法を使い王宮へと向かった。

 先生は眼鏡を外し、前髪を上げている。先生のこの姿は目の保養になるので、得した気分だ。


 初めて正門から王宮に入った。聖女の結界は、城壁上のみになっていて、以前見た時よりも厚かった。

 到着する国王陛下の執務室へ通された。部屋へ向かう途中、現場となった広間と謁見の間に差し掛かった。

 職人さん達が室内の修繕をしていた。窓ガラスはもう新しいものに変えられていた。修理代掛かるだろうな・・・。


 私は先生と椅子に座って待っていた。先生は慣れているようで、『めんどくせぇ』って顔で座っている。

 私は気が気ではない。王に対する暴力・城を壊した賠償請求・そうだ国王陛下にチャージもしてしまった。・・・数え役満でしょうこれは。


 しばらくして国王陛下が入室した。先生と私は立ち上がり、礼をする。


「堅苦しくしなくていい、二人とも顔を上げて。椅子に座ってくれ。」


 そう言葉を受け、席に着く。

 事件後の国王陛下の顔を初めて見た。怪我が治りきっていないものの、顔色が良くなっている。綺麗な黒髪にオレンジがかった金色の瞳。目元は先生と似ている。美形兄弟だ。先生と違い柔和な空気を纏っている。


「二人とも呼び出してすまなかったね。先日は命がけで助け出してくれてありがとう。今日はその事についてだ。・・・エスタ。君は禁忌を犯して異界の従者を呼び出したらしいね。」


 彼はそういって静かに先生を見つめ、そのあと私を見た。

 そうだ。先生が召喚した。だから私がいるのだ


「契約書を見せて。対価は何で呼び出した?」

「命だ。」


 先生は、契約書を見せる前より先に食い気味に答えた。

 そして深くため息を吐き、呼び出した契約書を机の上に置いた。王はそれを手に取り一通り目を通すと空気が重くなる。


「まったく・・・お前は無茶をする・・・。異界に頼るとは・・・。」


 ―――お前も?

 そう言って、陛下が机に一冊の本と契約書を机に置いた。

 それらは先生が持っている物と非常に酷似していた。それを見た先生が慌てだす。


「おい!兄貴どういう事だよ。それ・・・禁忌を犯したのか?」

「ああ、残念なことに・・・。半分操られた状態で、命を代償に召喚をさせられた。奴らは国を短時間に滅ぼせる何かを呼びたかったらしいが、抵抗してこの召喚で助けを呼んだ。だが異界の王から『今直ぐには助けられないが、必ず迎えを使わせる』と、言われてしまってね。その時、私の元に来たのがこの本とこの指輪だ。」


 ・・・異界の王酷い。

 差し出された契約書を見た。フォーマットが一緒だ。

 何を召喚したのか、読み進めて二人で驚愕する。


◇◇◇


 召喚契約書


 ニグルム=フロリーテ(以後「甲」と呼ぶ)と異界の王眷属人間・佐伯真夜さえきまや(以後「乙」と呼ぶ)は下記任務に関して、次の通り召喚契約(以下「本契約」という)を締結した。


 第一条 目的

 甲は本契約の定めるところにより、下記任務を乙に命令し、乙は実行する。

 甲を見つけ出し、迎えに行く。


 第二条 契約期間

 召喚契約期間は本日より目的達成後の対価支払い完了までとする。


 第三条 対価

 本契約に基づく乙の対価は、甲の命とする。

 支払方法は乙の判断にて実施する。


 ・・・・・

◇◇◇

 

久々に見た自分の名前に驚いてしまった。この契約書はβベータから当初説明されていた内容と合っている。ちゃんと手形まで捺してある。いつ捺したんだろう?手形をそっと合わせるといぴったりと一致する。

 試しにニグルム陛下の名前を呼んでみるが・・・


「ニグr――――!」


 声が出ない。秘密保持の縛りがかかっている。


「【絆を示せ】」


 陛下が服従の言葉をつぶやく。右の角が温かい。

 普段は不可視の絆。私の右角の装具から鎖が彼の小指の指輪につながる。


「まさかそんな!【絆を示せ】」


 先生が慌てて唱えると、私の左角も温かくなり、装具から先生へと鎖が伸びる。


「二重契約?それはできないはずじゃ・・・」


 私と先生は信じられず角から伸びた鎖をみてきょろきょろする。しかし左右の角からはそれぞれ契約の絆がつながっている。騒然とする中、声が響いた。


「さわがしいのう。二重でないぞ、それぞれ一対ずつ契約しておる。」


 私の口から言葉が漏れる。目の前が青くちかちかした。これは眠り姫?

 意志に反して、口は勝手に話し出す。


「少し借りる。話すのは初めてよのう。先生と国王陛下。契約書に不備はない。不備が起きてしまったのは、わたしたち。マヤの魂とわたしの魂、マヤの体には2個分の魂が入っておる。」


 彼女は「はーつ」とあきれたように言い出す。二人の身分など気にもかけず。マイペースに話すので私はひやひやしながら聴く。


「わたしは『真夜の君まよのきみ』と異界の王に呼ばれている。先生の所に送られている最中に、真夜まやとぶつかって、魂が融合したみたいよのう。それでも、各々契約できたのだから、この契約も中々いい加減よのう。」

 

 眠り姫ではなく、真夜の君まよのきみだったのか。

 彼女はマニュアルを取り出した。


「この本はわたしの。陛下が持っている本は真夜の。陛下、返していただいても宜しいか?」


 陛下は頷き。本を差し出す。

 青い革張りの本で表紙と背表紙に「佐伯真夜」と刻印してある。ステータスも人間だ。


「魂の融合に伴ってこれも統合するかのう。」


 そう言って本を重ねると手品のように1冊の本になった。書かれている名前は「佐伯真夜」


「これでいい。真夜の方が割合多いからのう。さて・・・」


 私は顔を見渡す。


「役者が揃って丁度いい。今日の本題はこれじゃろ?先生。わたし達の契約終了に向けて確認しようではないか?」

 

 場が凍りついた。そんな中先生が話し出す。


「そうだな、願いは叶えてもらったからな。もう覚悟は決めてある。」

「うむ。それなら早い【対価回収の確認を行なう】」


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