12 塔の乙女(⁠前編)

 城の敷地内に侵入して、魔獣に追われて辿り着いた離れの塔。屋根を通り抜け静かに侵入していく。

 今の私は妖精の体なので、物質は通過できる。ふわふわと降りてゆくと広い部屋に出た。

 その部屋は白を基調とした部屋だ。寝室のようだ。


 ベッドが有り、そこに一人の女の子が仰向けに眠っていた。とても綺麗な子だ。わずかな月の光にキラキラと輝く白い髪。透き通るような白い肌。白い衣に身を包み横たわっている。一瞬人形なのかとも疑ったが、胸が静かに上下している。生きている。しかし、うなされているようだ。時折、綺麗な顔の眉間が歪み、声が聞こえる。


 ―――私は先生の話を思い出す。


 この国には確か、聖女様がいたはずだ。もしかして彼女のことだろうか?

 乙女の寝室に忍び込んでしまい、罪悪感が有る。しかし眠る彼女の様子がおかしい。


 苦しんでいる。心配になりもう少し彼女を観察する。


 彼女の額の上に球状の魔法陣のような模様が浮いていた。そして小さな口から言葉が漏れた。


「や・・・めて・・・来な・・いで・・・」


 悪夢を見ているのだろうか。苦しそうな顔をしている。人の夢に勝手に入るのはよくないけど・・・ごめんなさい!

 心の中で謝り、私は彼女の顔に触れようと手を近づけた。吸い込まれるような感覚に陥り、周囲の風景が歪む。


 瞼を開くとそこは先程の部屋だったが違和感がある。


 ドラマや映画のセットのような造りになっていた。天井が無く私は上から俯瞰ふかんするように部屋を見ていた。部屋の周囲には何もなく、真っ暗な空間が広がっていた。

 セットの中から声が聞こえた。男女の声だ。私は見つからないように壁の後ろに隠れる。壁を触ると透過した。・・・この体の法則がまだつかめない。


 女性の悲鳴が聞こえた。


「嫌・・・来ないで!」

「ごめんね・・・命令されっちゃったんだ・・・優しくするから心配しないで。ほら、おいで。」


 白髪の綺麗な女の子・・・聖女様が男に迫られているようだった。

 聖女様は拒否しながら壁際へと追いやられている。聖女様は壁を透過できない様だ。


 私は聖女様に迫っている男の姿を見て絶句した。同族だ。だが私が絶句した理由は他にある。


 ―――少し長めのサラサラとした金髪、美しい髪の中に羊のような角が2本生えている。白い肌、優しいエメラルドの眼差しで優しく微笑む端正な顔。すらっと伸びた手足、適度に筋肉がついた体躯。どこかの美術館に飾ってありそうな体だ。その背中には白い翼が生えていた。色こそ違うが、私と同じ形状の羽。腰からはしなやかな鞭のような白い尻尾が生えていた。神話に出てきそうな体は、首に黒いチョーカーと白く薄い羽衣だけを控えめに纏っている。


 そしてモロ見えである。隠せていない。非常に目のやり場に困る。


「(うわぁ・・・)」


 夢魔の女性サキュバスは来る途中見かけたが夢魔の男性版、インキュバスって言ったっけ?それは初めて見た。際どい格好しているなぁ。ギリギリを攻めるとかではない。

 私が絶句している間にも聖女様は追い詰められている。とうとう逃げ場がなくなった。

 男はしゃがみ壁に手をついて、聖女様に声をかける。


「もう逃げられないよ。大丈夫、僕を受け入れて。」


 ・・・ひぇ。私に言われたわけでもないのに鳥肌が立った。今夜は悲鳴ばかり上げている。

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