10 猫耳娘と魔女っ娘
少し早く目が覚めたので、掃除をして朝食の準備を始める。
先生は普段軽くしか朝食を摂らないらしいので、お茶だけ準備してほしいとのことだ。
私は昨日覚えた、水と火の魔法を使い、湯を沸かす。その間にテーブルを拭いたりカップと茶葉を取り出したりと準備する。
陶製の急須に似た茶器に茶葉を入れ湯を注ぐ。茶の淹れ方は、昨日エスタ先生が茶を淹れる姿を思い出しながら真似してみた。紅茶に近い。試しにカップに注いで味見する。うん、大丈夫そうだ。
茶を準備していると先生が二階から降りてきた。顔色を見ると・・・やっぱり疲れている。
そうですよね。睡眠の邪魔をするだけでなく、あんなことが有り、気まずさと申し訳なさでいっぱいになった。先手必勝で挨拶をして、彼にお茶の入ったカップを渡す。
「先生。おはようございます。お茶どうぞ。昨日はお騒がせして、すみませんでした。」
「おはよう。お茶ありがとさん。いや・・・こちらこそ・・・」
先生も気まずそうにそう言って、お茶をゆっくり飲み始めた。
私も席に着きお茶を飲む。先生が指をステッキの様にくるくる回して、戸棚から何か取り出す。それはゆっくりとこちらに近づいてきて、私たちの間にコトンと着地した。クッキーバーのような食べ物だ。何個か容器に入っていた。先生はおもむろに1つ取り出して食べる。そして、フワフワとどこからともなく本が近寄ってきて、先生の目の前にパタンと倒れる。先生はその本をペラペラと読み始めた。
へぇ~魔法ってそんな使い方もあるのか・・・こたつに入った時とかとても便利。
感心している私に気づいて、クッキーバーを勧める。
「悪い、これしかないんだが。よかったら食べてくれ。」
「あ、ありがとうございます」
私は皿から一個クッキーバーを取り、食べる。ほのかに甘く、クッキーの中にはクルミやアーモンドに似た具材が入っている。歯ごたえが有っておいしい。
少し目が覚めたのか、先生がおもむろに話し出した。
「今日の午後は一緒に出掛ける。街に配達と仕入れに行くから、昼食後出掛けられるように準備しておいてくれ。」
おぉ!お出かけだ!異世界の街並みを見られる!窓から少し見える街並みに想像を膨らませていたが、今日は本物だ!!うきうきしながら、午前中に掃除と仕事を手伝い、あっという間に昼食になる。
二人で昼食をとった後、配達の品と買い物かごを持ち街へと繰り出した。
先生の魔法屋は街の外れに有るため街の中心街へは少し歩く。20分程歩くと建物が増えてきた。テーマパークを思わせるような可愛い家が多い。木造建築も多いが、高い建物は石やレンガ造りだ。建物の色はやわらかくて、色とりどりで見ていて飽きない。道は街の中心に近づくほど整ってきて石が敷かれている。
私はファンタジーの中に・・・居る!!
心の中で両手を上げて小躍りしていた。
食べ物や日用雑貨、魔法雑貨を作るのに必要な資材などを購入していく。
先生はよく街の人から話しかけられていた。彼はぶっきらぼうだが、優しい、叩けば響くタイプなので町の人から可愛がられている。街の人も笑顔で感じがいい。先生が噂の助手を連れて買い物をしていたので、いつもより話が弾んでいるそうだ。私も挨拶する。
仕入れと時々の配達を進めるにつれ荷物が増えてゆく。私もしっかりと荷物持ちをして、次の目的地へと二人で進む。すると一軒の店の前に着いた。『ニャーゴ衣料店』と書かれている。ミケさんのお店だ。「こんにちはお邪魔するよ」「こんにちはーお邪魔します」そういって店内に入る。店の奥からのんびりとした女性の声が聞こえた。
「あ~。エスタ先生。こんにちは~!」
しかし、ミケさんよりもっとおっとりとした声だった。商品の合間からひょこっとその声の主は姿を現した。オレンジがかった茶色の髪の毛の女性が現れた。ミケさんと同じく猫耳だ。緑色の目がキラキラとして可愛い。猫のようにしなやかな体つきで、身長は私より高い。年齢は私と同じくらいか少し若い。彼女はにっこりと笑った。
「チャトさんどうも。店番かい?ミケさんは居る?」
「母さん今日は仕入れで出掛けてるんですよ~。もしかして約束してました!?母さんうっかりしてるからな~。」
「いや、約束はしてないよ。買い物のついでに寄ったんだ。これよかったらどうぞ。皆で食べて。」
先生はそう言って鞄の中から焼き菓子の包みをを取り出し彼女に渡した。
「ありがとう~。ここのお菓子、母さんの好物だから喜びます。あれ?先生の後ろに居る子って、噂のマヤちゃん?」
彼女はひょこっと覗き込むように私を見る。この子はきっとミケさんの娘さんだ。
「こんにちは~!僕、チャトっていうんだ~よろしくね。」
「はじめまして!マヤです。よろしくお願いします。」
年が近い子に逢えてうれしい。彼女の笑顔と時折揺れるアクセサリーがきらきら輝いて素敵だった。「えへへ、よろしく~」と二人で握手する。
「ねぇねぇ、近いうちに遊びにおいでよ!友達が王都から帰ってくるから三人でゆるりと遊ぼう!」
チャトさんの纏う空気も穏やかで、とても癒される。彼女に癒されていた所に、急に大声が聞こえてきた。
「ねえぇぇぇっ!チャト!!!!聞いてよーぉぉぉぉ!!!」
突然、店の出入り口をガラッと開けながら、女の子がひとり、大声で嘆きながら近づいてきた。店の商品が多いため私達に気付いていないようだ。
チャトさんは耳をピクリと動かして声に反応する。
「あれ~!帰ってくるの早かったじゃん!ルルおかえり~。」
チャトさんがのんびりと声の主に向かってこえをかけひらひらと手を振る。すると声の主がチャトさんの胸に飛び込んで来た。
「恋人がっ・・・恋人が出来たってっ・・・どうじよう!!」
泣きじゃくる彼女は、ピンク色のロングヘアーで、黒いローブを着ている小柄な少女だった。彼女の手には身長より長いロッドが握られていた。宝石のように輝くブルーの目から涙がこぼれる。魔女っ娘だ。
恋人・・・?確か昨日ミケさんは、先生に恋人が出来た噂が流れていると言っていたけど・・その噂の事かな?
ひとしきり泣きじゃくった彼女は落ち着いたのか、顔を上げ私達の存在に気づく
次の瞬間、幽霊でも見たかのような表情と絶叫を繰り出した。
「ふぇぇぇぇぇ!!!!!」
最近よくこの状況に遭遇するのですっかり慣れてしまった。
彼女はチャトさんから飛び離れ、ロットを両手で握り、先生に一礼する
「エスタ先生。お久しぶりです。」
「ルルさんお久しぶり。学院はどうしたの?」
「は!はい!!・・・学院が暫く休校になっちゃって。先生方の一部に王宮から招集が入って授業が出来ないみたいです。先輩方は寮にて待機で。1・2年の私たちは故郷に帰る指示が出て・・・。王宮で事件が起こってるらしいですけど、心配ですね・・・。」
王宮の事件の影響がこんな所にも出始めていた。
魔女っ娘の大きな瞳が、私の姿を捉えた。彼女は目が合うと・・・また幽霊でも見たようだ。
「ふぇ!!」
・・・分かった。とても驚いたね。私は慌てて彼女に自己紹介をする。
「初めまして。助手のマヤです。よろしくお願いします。」
私は彼女に一礼した。助手を強調して自己紹介した。
そう、私は助手です。怖くないよ。
驚いて凍っていた魔女っ娘は徐々に解凍されてきた。動けるようになった彼女は自信満々に自己紹介を始める。
「わ、私はルル=クルス。王都の魔術学院2年よ。よろしく。」
高飛車そうで可愛い。
助手ということで安心したのか、更に声に自信が満ちてきた。チャトさんが補足する。
「マヤ、さっき話した友達がこの子だよ~この三人で遊ぼ~。」
なるほど、チャトさんとルルさん面白いコンビだ。王都には魔術学院もあるのか。この世界はホントにファンタジーで面白い!いろいろ知りたくなってくる。まだどこかおびえているルルさんに声をかける。
「私ずっと家に
「・・・そ、そうなの?いいわよ!喜んで。何でも聞いてちょうだい!」
ルルはトーンと自分の胸を叩いて答えた。平常運行に戻ってきたようだ。
チャトさんも「うんうん、良かったねー。」と頷く。三人の雰囲気が柔和になったのを感じとったか、先生が一言。
「チャトさんもルルさんも、ありがとう。マヤの事よろしく。マヤうちに居候してるから、二人ともいつでも遊びにおいで。」
私とルルさんが凍りつく。しまった。それを今言ってしまうの・・・?
先生、それは不味いです。ルルさんはぎこちなくつぶやく。
「い、居候?一緒の家・・?」
ルルさんは思考停止してしまった。やはりこの世界も、未婚の年頃の男女の扱いは似たようなものらしい。
チャトさんが「ルルはいつものことで大丈夫だから、気にしないで~。」と、その言葉に促され私と先生は次の目的地へと向かうことになった。ちなみに明日三人でニャーゴ邸にて遊ぶことになった。
帰り道、先生がぼそりとつぶやく。
「ルルさん体調悪そうだったな。明日会うならお茶でも土産に持っていけよ。」
「(えぇ・・・!?)そ、そうですね・・・そうします。」
この男、乙女の恋心に鈍い。
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