09 夢を渡る

 最近は度重なる異世界転移など、大きく環境が変わることが多すぎるので、慣れてしまった。そのため今回は声を上げることはなかった。


 ―――ここはどこだろう? また変な所に飛ばされてしまった。


 辺りをきょろきょろと見渡すと、眼下には幾重もの書架が並んでいた。巨大な図書館のようだった。図書館にしてはとても大きな建物だ。果ての無い見渡す限りの書架の森、天井も見えず頭上には黒い闇が続いていた。


 迷路のような書架の間に見知った髪色の人物がひとり。エスタ先生だ。


 どうやら彼は本を探しているらしい。慌てた様子で、本を見つけたかと思い、手に取るも本は砂の様に崩れて指の隙間を零れ落ちてゆく。それを何度も繰り返しながら本を探して迷路を進んでいく。


 私は先生の後を気づかれないようにそっと追った。私は飛べるので、上空から俯瞰ふかんする。

 離れていても分かるくらい彼は焦っていた。何を探していたのだろうと、離れた所で降りて彼が見ていた本棚を確認する、召喚関係の書籍だった。これは彼の夢の中だろうか?


 夢は、現実で有った事象を整理するために、睡眠中に脳が映像を見せていると聞いたことがある。確かにそうだ、先生は王を助ける為に行った召喚でひどく悩んでいるのだろう。命が懸かっている。解決方法を探しているけど、見つからず焦っている。

 しかし、今日はここまで焦った素振りを私に見せず、むしろ気遣ってくれた・・・すごく申し訳なく感じ、胸が締め付けられた。


 先の見えない本の迷宮を先生はどんどん進んで行く。


 次第に図書館の様子がおかしくなっていく。荒廃した幽霊屋敷のように、書架が荒んでいる。床にも何か落ちていることが多い。図書館に似つかわしくなし剣や鎧など、どんどん増えていく。床に穴が空いていることが多くなってきた。


 不穏な空気を感じ取り、私は先生との距離を詰めた。


 距離を詰めて正解だった。周囲から軋む音が聞こえるが、先生は気づかず本を探している。そして異変は起った。行儀よく並んでいた本棚がドミノのように倒れてきた。

 先生がいる列に向かって左右から。同時に床に大きな亀裂が入った。


 (危ない!これは助けないと!!)


 私はツバメの様に一直線に彼の元へと向かう。

 床が陥没して書架と一緒に先生が穴に飲み込まれていった。しまわれていた本たちもバラバラと穴に落ちてゆく。


 穴の中も底が見えない。

 底が見えなくても、万が一衝突してはまずい。


 私は先生の体の下に滑り込み、彼を抱き止めた。


 ずしっと重みと感じた。重みでグラッとふらついたが、翼をバサバサと動かしバランスを取る。何とか体勢を安定させた。この世界では先生に触れられるようだった。―――よかった。


 私の上で動かない先生の様子を確認する。目に力が無く意識が朦朧としている。


「先生?先生!大丈夫ですか?怪我ありませんか?」


 私は先生の背中をトントンと叩く。

 しばらく声を懸けながら叩いているうちに、彼の目に光が宿り、ゆっくりと辺りを見渡す。そして私と目があった。―――気が付いたよかっ・・・


「なあぁぁっ!!!!」


 先生が驚いて大声を上げた。

 あたかも未確認生命体でも見つけたかのように。私UMAじゃない。

 超至近距離で叫ばれ私も驚き体制を大きく崩す。それと同時に周囲が明るくなり。体が吹き飛ばされた。


 体がくるくる回って、やっと回転が止まり目を開けると先生の部屋のベッドの上に浮いていた。ベッドの上では、先生が体を起こして苦しそうにしている。「大丈夫ですか?」と声をかけようとしたら、先生がキッと睨み、静かに言う。


「お前・・・何をしている・・・。」


 眼鏡で弱められていない眼力にギクリとして、冷や汗が流れる感覚がした。私は慌ててフワフワと浮きながら床付近に正座した。そして事の経緯を説明した。


「幽体離脱をしてしまって」

「ユウタイリダツ?何だそれ。それにその姿はどうした。妖精体になってるじゃないか?」


 ―――ヨウセイタイ・・・?


 妖精は実体を持たず、物体に触れることが出来ない。そんな妖精の体の状態を妖精体とこの世界では言うそうだ。


 幽霊や霊体みたいなことかな?


「眠ったと思ったら、この姿になっていました。そしたら偶然、先生の部屋に入ってしまって気が付いたらあのような状況に・・・。」

「ったく!勝手に人の夢に入りやがって・・・。」


「夢・・・(やっぱりそうだ・・・)」

「そうだよ、お前は急に俺の夢の中に現れた。どこから見ていた?」


 夢の中という予想は当たっていた。悪意がなかったとは言え失礼な事をしてしまった。他人に知られたくない記憶や秘密は誰にでもある。それを勝手に覗いてしまったのだから。


「ごめんなさい。先生が本を探している所からいました・・・落下して見つかる所までです。」


 それを聞いて、彼は大きくため息を吐いた、どこか安心しているようにも見える。

 ムッとした顔でこちらを見つめ。


「故意に入った訳じゃないから今回は大目に見るが。・・・もう勝手に入ってくるなよ。」


 先生はサイドテーブルに置いてあった眼鏡をかけ、いつもの顔に戻った。

 そして、今回の件を考察する。


「つまり、今のマヤは眠ると妖精体になる事が出来て、サキュバスと同様に夢の中に侵入できるところまでは分かった。サキュバスの能力、『夢渡り』って奴だな。夢の中では、対象とも接触可能で、対象が目覚めると夢から追い出されると・・・。」


 ―――ふむふむ。今私は名実ともにサキュバスという事か。


 改めて自分の体に興味が湧いたので観察する。自分の両手を見てみる。よく見ると半透明に透けて向こう側が見える。立ち上がり振り返ると尻尾も翼もある。ちなみに足もあった。装いは就寝時の姿のままだ。服を着ていて良かった。


 そして人の夢の中に入ることもできるが、現実では壁などの物体に干渉されずに移動することが出来る、どれくらい私の体から離れて移動できるかは不明だけど・・・偵察ぐらいなら出来るかな?少しは国王救出に役に立てるのだろうか?


 今回の技が「夢渡り」なので、私のまだ見ていない技は、「誘惑」「ドレイン」「チャージ」の3つになる。以前見たマニュアルには簡単な記載があった。ドレインとチャージは経口と書いてあったので、方法は大方予想がつく。誘惑の発動条件はなんだろう。果たして私にできるのであろうか?


 考察中の先生と目があった。目の前がキラッと青く光った気がした。


 いやいや。先生に試すわけにもいかない。と言って他人にも試す気にもなれないので、これは話題に出さず部屋に戻ろう。夜も遅い時間帯だ。部屋に戻ろうと立ち上がり話しかけようとした時、フワッと私の周りの空気が動いたように感じた。考え事をしていたはずの先生が目を丸くして驚き、口を押えている。


 ―――何か起った?どうしたんだろ・・・


 私はあたりをきょろきょろと確認した後、最後に自分の姿を見た。言葉が出ない。服装が変わっていた。しかし、この格好は・・・丈が短い!!裾から見えないように、裾を長く伸ばすように引っ張り、座り込んだ。と言っても床から浮いてはいる。


「なんですか!?これ!!み、見ないでください」


 やだやだやだやだ・・・・シンプルに恥ずかしい。何が起こったの?どうすれば戻るの?


「お前・・・『誘惑』も発動しただろう・・・。読んだな・・・。」


 先生は目をつむり、頭を抱えながら言った。耳が赤い。誘惑ですって?

 どうやら私は誘惑を発動してしまったらしい。


 一瞬考えただけで発動したって事?確かマニュアルには『対象者が望む姿になり誘惑する。成功確率は30%』とは書いてあったのに。こんな時に限って・・・いや、待ってそれより『読んだ』ってことは・・・この格好は先生の好みという事?改めて自身の姿を確認する。


 先生の名誉の為に、服装の詳細は伏せる。


 説明通り相手の好みの姿を自動的に反映して誘惑するのか。何この術!使いたくない!


 今回は、百歩譲って服着を着ていたから良かったけど。最悪何も着てないケースもあるじじゃない!私はこの技の下らなさに呆れ頭を抱え、項垂れた。・・・賊を誘惑するのか・・・?嫌すぎる!

 絞り出すように、先生の声が聞こえた。


「【部屋に・・・帰れ】」


 その言葉を聞いた途端、左角がちりちりと熱を持ち風景が一気に変わり、私は目を覚ました。

 実体のある体に戻れた・・・!服従の言葉!

 感激と同時に先ほどの痴態を思い出し、ひいひい言いながら布団を頭までかぶって丸くなった。


 おねがい忘れて・・・

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