08 魔法屋

 エスタ先生は魔法屋だ。


 魔法に関する書物。道具、素材などを扱っている。


『田舎の不定期営業の小さな店だから取り扱いは少ない方だ』と言っていた。しかし、店内には所狭しと商品が置いてある。


 この世界の人は、ほぼ全員魔法が使えるらしい。人により得意不得意、強弱など差はあるが、小さい子供でも使えるとのこと。私は幼児向けの魔法の絵本を見ながら感心していた。


 ページを開くごとに仕掛け絵本のごとく水や火花、光が飛び出してくる。内容を見ると「魔法で遊ぼう」や「これはなに?」など魔法に親しむための本のようだ。


 ―――わぁ・・・可愛いこの本。


 きみのおてては、まほうのおてて。

 ぐっとにぎってぱっとひらくと、なにがでる?

 きらきらおほしさま


 ページから星形の光がぽっと浮き上がりがキラキラと輝く。おおお!

 私は魔法に関しても赤ちゃんである。試しに右手でぐっと握ってぱっと開いてみる。

 ぽんっと小さな丸い光が浮いて、すっと消えた。


 びっくりした。何か出た!!!・・・使えた!初魔法。


 感激しながら読み進める私に向かい、先生があきれ顔で言う。先生に気づき私は我に返る。いけない、夢中になっていた。


「店の本は汚さなければ読んでもいいが・・・それ子供用だぞ・・・。」

「ごめんなさい。見る物すべて新鮮で・・・。」


 そっと閉じ、絵本を元の位置に戻した。このレベルから学びたい。後で借りて読もう。

 売り物の他にも居住スペースにも先生の私物の本が有るらしい。それも借りられることになった。


「店の鍵がかかっている・・・あの書棚の本は危ないから触るな。喰われるぞ。」


 喰われる?さらりと怖い事おっしゃる。この世界に来てから何かと物理的に痛い思いをしているので、十分に気を付けようと思った。


「あそこの水槽の中にある小さい宝箱はミミックだ。こいつにも餌をあげてくれ。手袋をして、このトングを使え。喰われないようにな。」


 食べてくるタイプが多いなぁ。


 ミミックは掌サイズの飾りがついた宝箱で、水槽の中でパクパク蓋を開け閉めしている。人生初のミミックの給餌に恐る恐る挑戦してみる。


 餌は小指の先ほどの大きさの水晶だ。それをトングでつまんでミミックに近づけると口を開けたので、入れる。ミミックは勢いよく口をバクッと閉じるとばきぼきと音を立てなが水晶を砕き、おいしそうに食べている。これは・・・噛みつかれたくない。餌の頻度は三日に一度。この子は人に懐くのかな?


 私の仕事はミミックへの給餌の他に植物の管理や、住居や店舗の掃除など雑用を与えられた。


 一通り終わった後、工房に呼ばれた。工房は私が召喚された部屋でもある。広いが、今では魔法陣が消され、作業台が中央にある。


「初歩的な魔法を教える。生活でも使うからな。」


 火・水・光の魔法あと物を移動させる魔法。

 この4つはよく使うらしい。光は絵本を読んで出せるようになっているから今日は割愛する。

 作業台の上に木製のボウルが有った。中には何も入っていない。


「まずはボウルを浮かしてみろ。」


 魔法のコツはイメージすることが大切らしい。あと絶対にできると信じる事も重要だとか。


 ちなみに、呪文や詠唱は魔法のイメージを具体的にするため。威力を上げるために必要なことが多いらしい。なので簡単な魔法や、想像力に優れている術者は詠唱なしでも魔法が使えるそうだ。ということで、実践。私はボウルとじっと見つめ、ボウルを触らないように手を添える。


(浮け!)


 ―――コーン!!!!――――カッカッカッ・・・。


 天井から軽い音が響き、その後床に転げ落ちる音がした。

 ボウルは浮いたと云うより、天井に向けて思いっきり吹き飛んだ。

 ギョッとして、先生を見ると彼は呆れている。


「浮遊魔法を初めて使って、物を打ち上げる奴初めて見たよ・・・。」


 それはいい意味?悪い意味?どっちですか?


 そんなこんなで、10分ほど練習していると。フワフワと私の掌の上5cm上をボウルが漂うところまでできた。あとは練習あるのみらしいので。次々と先生にレクチャーしてもらう。火と水に関しては、力の加減を覚えたので、大事には至らなかった。体感で1時間は練習しただろうか・・・今日の課題はクリアして、応用の練習方法やおすすめの書籍を借りて今日の魔法の講義は終わった。


 ―――憧れの魔法が使えた!


 集中するので多少疲れるが、今は達成感でハイになる。乱発するとひどく疲れるらしい最悪倒れるとも言っていたので気を付けよう。


 日が暮れてきた。オレンジ色の空が窓から見えた。


 夕飯の準備を手伝う。ここでも先ほど習った、火や水の魔法を使用した。なるほど、使えないととても不便だ。元居た世界の様に水道やガスコンロが無いので、この魔法は生活にかかせない。


 夕食をとり、片づけた後は自由時間で良いとのことなので本を借りて読んでいた。

 先生は調べものをすると自室に戻って行った。私も体を清め終えてから自室で本を読むことにした。


 使っていない部屋をあてがわれた。今夜からここで寝ることになる。昨夜は急遽きゅうきょ先生の部屋を借りていたため、先生はソファで寝ていたらしい。誠に申し訳ない。


 私はベッドに転がりながら、自分のマニュアル書を読んでいた。

 アビリティーに魔法の項目が増えていた。


『光初級Ⅰ』『火初級Ⅰ』『水初級Ⅰ』『重力初級Ⅰ』


 今日使えるようになった魔法だ!使える物が増えて独りでニンマリとする。


 それにこのマニュアルを読んで分かったことがある。この本は疑問に答えてくれるらしい。これを調べたいと念じながらページをめくると。読みたいページが出てくる。これは面白い。電子辞書やスマホ感覚で夢中になって調べてしまうが、やっぱり体は疲れている訳で・・・次第に微睡まどろみ始めた。 


 明日から本格的にお手伝いだ。私はマニュアルを収納して、寝ることにした。

 眠りに入るのはスムーズだった。すっと融けるように眠りに就いた。おやすみなさい・・・


 ―――の、はずだった。


 寝たと思ったのに私は宙に浮いていた。え?何で?

 きょろきょろすると、下に眠っている私が見える。私の知識でこの現象について答えを探す。・・・これは幽体離脱ってやつ?


 ふわふわ浮いているが、行きたい方向を念じれば移動できる。気温の感覚は無く快適だ。壁を触ってみた。壁に触れず私の手は壁に埋もれて見えなくなる。そのまま頭まで壁に埋もれてみると壁を通り越し外の景色が見えた。


 異世界の夜は私の心を鷲掴みにした。 


 夜空には欠けた月と星空が広がっていた。とても幻想的で綺麗だ。田舎町で建物が少い為か、はたまた電気が無く街灯も少ないためか。よく星が見えた。


 呆けていると、あることに気付いた。うっすらと空を飛びまわる影が多く見える。ゆったりと。大きさや形は様々だ。百鬼夜行まで大勢ではないけど、そんな感じ。彼らの正体あとで先生に聞いてみよう。


 幽体離脱は体から離れすぎると危ないと聞いたことが有る。ホントか嘘か分からないので、出来るだけ近くを冒険することにした。家の中をフワフワと漂ってみる。


 夜の店舗部分。水槽の中でミミックがおとなしくしている。寝ているのだろうか?

 よく見ると箱の装飾が可愛い。小さな宝石があしらわれている。

 まじまじと観察していると。ミミックが急に飛び起き、私に向かって威嚇し始めた。

 ミミックに驚いて私はフワッと上へ逃げた。ミミックには見えているらしい。

 店舗の真上は先生の部屋だった。まずい・・・勝手に部屋に入るのは失礼だよね。


 先生はやっと自分のベッドで眠れたからかぐっすり寝ていた。普段、長い前髪と眼鏡に隠された素顔が見えた。整った顔立ちも相まって寝顔は恐ろしく綺麗だ。イケメンなのに顔を隠してもったいない。


 眠る直前まで本を読んでいたのだろうか。枕元に本が数冊置いてある。先生が寝返りを打つと、枕元に置いてあった本がバランスを崩し床に落ちそうになった。


 私は反射的に慌てて本をキャッチしようとするも、本は手からすり抜けでバサッとあっけなく着地する。当然だ。壁をすり抜けるくらいだから、今の私の体は物体を触れない。


 しかし勢いが良すぎた。拾おうとした勢いのまま先生に近づいてしまった。

 触れないから起こすこともないだろうと推測していたが甘かった。

 先生に触ったかと思ったら、目の前がぐにゃりと歪み風景が変わった。

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