07 服と尻尾

 おっとりとした女性の声が聞こえた。どうやら誰か来たらしい。


 エスタ先生は、キッチンのシンクに皿とカップを置くと、声の方へ向かった。私も物陰から様子を伺う。彼は扉を開け出ていくと、そこは店舗スペースだった。


「やあ、ミケさんこんにちは。」


「エスタ先生!こんにちは。今朝、先生から頼まれた品を持ってきましたよ。お預かりした予算内で納められました。サイズや服のタイプも先生が教えてくれた通り、丁度在庫が有ったから良かったわ。」


「ミケさんは仕事が速いな。助かるよ、ありがとう。」


「いいんですよ!いつもお世話になっているのですから。それよりも先生!?もう噂になっていましたよ。」


「噂?」


「ええ、今朝先生がいつもよりおしゃれな朝食を2人分も買っていったって・・・、先生にもついに恋人ができたんじゃないかって、みんな盛り上がっていましたよ。もちろん頼まれていた品のことは話していないから安心してくださいね。」


 女性から噂話について聞き、先生が慌てふためき始めた。「いや!」とか、「それは!」など弁明をしている。

 噂話かぁ。懐かしいな、この噂の広がるスピード。地元を思い出した。

 面白がってもう少し覗こうと身を乗り出したら、近くに置いてあった壺に羽が当たって。ごとん、と音を立てた。まずい。


「ちょっと!ミケさん!?そんなんじゃないって。・・・おい!マヤ。いるんだろ?こっちへ来い。」


 先生が慌てて呼ぶので、私は小走りで駆け寄り先生の隣に立った。

 おっとりとした声の主は、猫耳のご婦人だった。


 人間の耳にあたる部分が、猫の耳に似ている。三角形でふわふわの毛が生えている、かわいらしい耳だ。髪の毛は明るい茶色ベースだが所どころ白と黒のメッシュが入っている。髪の毛を左の肩の上でゆるく結っている。そして猫のような尻尾も生えていた。小柄で、イエローにうっすら青味のかかった綺麗な目をしている。年齢は50代くらいか、笑顔が可愛いご婦人だ。


「あらまあ!綺麗なお嬢さんね!マヤちゃんって言うの?こんにちは!私はミケ=ニャーゴ。衣料品店をやっているの。みんなからはミケって呼ばれているのよ。どうぞよろしくね。」

「はじめまして、ミケさん。マヤと申します。今日から先生の助手として働くことになりました。よろしくおねがいします。」


 私も彼女にならって自己紹介をする。


 そこに冷静を取り戻した先生がさらっと混ざった。


「今日から住み込みで、として働く事になったんだ。この見た目の事もあって、世間から隔離されて育てられていたから、マヤも分からない事が多いらしくて。ミケさんにも色々迷惑かけることがあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。」


 先生もお辞儀をする。なるほど、その設定で行くのか。それならば多少変な行動をしても、怪しまれない。この世界でもこの角と翼と尻尾は珍しいのかな?


「あらあら、大変だったのね。分かったわ!先生。ね。マヤちゃん、困ったことが有ったらどんどん頼って頂戴ちょうだい。うちにもマヤちゃんと同じくらいの年の娘がいるの。よかったらうちにも遊びに来て!・・・と言う事はこの服、マヤちゃん用よね?先生?」


 ミケさんが先生に手渡した包みを指さす。そして先生を見上げる二人。

 服?私の?

 先生は気恥ずかしそうに、答えた。


「・・・え、ええ。こいつ着の身着のままでここに来たから、着る物が無かったので。」


 ミケさんはあらまあとキラキラしている。

 私は驚いてすぐに反応できなかった。来たばかりで服がないから、用意してくれたって事?確かに今着ている服は背中がボロボロなのでとても助かるが・・・それにしても、今朝って先生こそ行動が早い。どこの馬の骨と知らない人間寄りのサキュバスにそこまでするなんて・・・。驚きと嬉しさが混じって、言葉が直ぐに出なかった。


「先生・・・ありがとうございます。とても・・・うれしいです。」

「俺の着なくなった服でもよかったが、サイズが違うから不便だしな。足りないものは自分で買うんだぞ。」


 先生は私にぶっきらぼうにそう言うと目を逸らした。ミケさんが「サイズ合うか気になるからさっそく着てみたら?」と勧められたので。お言葉に甘えて着ることにした。

 魔法屋店舗部分のカーテンを閉め、先生をそこから追い出し、ミケさんに色々教えてもらいながら着替えた。


 私に翼と尻尾があるとう情報は先生が事前にミケさんに連絡したので、それを基にチョイスしてくれたらしい。スカートとブラウス、ボレロの組み合わせだ。背中は翼を出すため大きく開いているが、背中が寒くないように丈が短いボレロを羽織る。有翼向けの服はここら辺では取扱いが少ないらしい。地域差があるとのこと。ただ、尻尾は割とポピュラーなのでデザインが豊富らしい。


(へぇ~!ポピュラーなのか尻尾。どんな種類の尻尾があるのかな。)


 スカートは尻尾が出る部分に穴が開いており、穴から尻尾を出してスカートをはく。尻尾の付け根が見えないよう尻尾隠しを上から腰に巻きつけた。


 尻尾は他人に触らせることは少ないらしい。勝手に尻尾を触るのは失礼に当たる行為だから、尻尾を触られたら「容赦なくひっかいていいのよ!」と教えられた。


(ふむ。尻尾は胸と同じ扱いなのね。先に教えてもらってよかった。危うく私が誰かからひっかかれる所だった。)


 長年の勘が働いたミケさんは念のため、下着も別に包んで入れてくれていた。ミケさん神!正直、服の着方や注意点が分からなかったので彼女に教えて貰えた事はとても大きい。服や布地、デザインなど嬉しそうに話すミケさんの話はとても楽しかった。彼女には感謝の気持ちでいっぱいだ。―――着替え終えたので、出資主にお披露目になる。


「先生!着替え終わったからいらして。」


 やんわりとミケさんが先生を呼ぶと、「別に見なくても」とぶつぶつ言いながら先生が入室した。ミケさんと話してテンションが高かった私はくるりと一回転する。

 先生がと目が合ったが。すぐ逸らされた。


「まあ、似合ってるじゃないか。良かったな。ミケさん今日も色々とありがとう。」


 ミケさんは「もう!先生素直じゃないんだから」と先生の背中をばしばし叩きながら「じゃあまたね!」と言って帰って行った。ミケさんいい人だ。

 二人きりになってしまった。改めて服のお礼を言う。


「先生・・・ありがとうございました。」

「・・・ああ。」


 中々目を合わせてくれない・・・。そうだ、直接確認しよう。重要なこと聞いていなかった。


「先生、念のため確認したいのですが・・・。」

「なんだ。」


「先生って、恋人いますか?ご結婚されてます?」

「は?居たらお前をこの家に置いていない。ほら、ぼさっとしてないで行くぞ。」


 いつも以上にぶっきらぼうに言われていってしまった。

 良かった。誰かを傷つけてしまう懸念が無くなり安心した。恋路を邪魔するのは気が引ける。

 私はパタパタと小走りで先生の後を追った。

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