05 異世界の朝

 鳥のさえずりが聞こえる・・・部屋に差し込む日差しで目が覚めた。

 布団の中のようだ。もう一度目を閉じ記憶を辿る。βベータさんと別れた後黒い空間でいきなり溺れそうになり、助かったと思ったら無茶な契約を結ばされて、更に首を絞められるとか。酷くないか?私は怒る元気もなくフラットな感情で思考を巡らせる。あれは散々な夢だ。


 ―――二度寝しよう。今日は出勤日ではない。


 寝ようと抵抗するが、体は逆で感覚が目覚めてくる。寝具がいつもと肌触りが違う、知らない匂いがする。でも嫌いじゃない。

 目をそっと開けると、木目の天井が見えた。私の部屋とは違う。それにお腹が減った。背中とお尻に違和感がある。あの翼と尻尾だろう。そっと頭に手を伸ばし触ってみる。やはり角が生えている。

 現実を痛感し一気に気持ちが重くなった。人間ですらなくなったか・・・βさんは私を騙したのだろうか?聞いていた話と全然違う。

 寝返りを打つと翼が壁に当たり大きな音を立てた。痛い。羽も痛覚が有るみたいだ。ただぶつけただけなのに、酷く悲しくなった。勝手の違う現実と体に涙が出た。


 足音が近づいてくる。足音は扉の前で止まり、三回ノックが鳴った後、扉ががちゃりと開いた。昨日私を召喚した男が心配そうに部屋を覗き込む。


「起きたか?腹減っただろう。飯でも食うか?」


 ぶっきらぼうだが、昨日のような敵意は彼にない。

 そんな気分ではなかったが、空腹には敵わなかった。

 私は「はい」と短く返事して、涙を拭き、むくりと起き上がりベッドから降りた。服は昨日着ていたモコモコのワンピースだ。部屋の入口にかけてあったローブを纏って彼の後をついて家の中を歩いた。外は青空が広がり窓からは柔らかな日が差す。

 緑の木々が見え遠くに街並みが見えた。私の気持ちと真逆の風景がとても眩しく思え、目を細めた。


 階段を下り、キッチン・・・ダイニングだろうか?テーブルと4脚の椅子がある。椅子に座るよう促された。彼はキッチンでカップに茶を注いでいた。道具はどことなく前に居た世界と似ている。木製のカップで取っ手は無い。

 彼はカップを私の前と、彼が座るであろう対面の席に置き、キッチンに置いてあった籠の中から紙のような包みにくるまれたものを2組取り出し、皿に置いた。

 その皿も目の前にトンとそれぞれの座席に置く。


「朝食だ。食べろ。」


 差し出されたのは、サンドウィッチに似ていた。香ばしく焼かれたバケットの間に彩豊いろどりゆたかな野菜と、ベーコンだろうか。肉らしきものが挟まっている。私が不思議そうにサンドウィッチをみていたので、


「大丈夫だ、毒は入っていない。茶もそうだ。」


 彼は自分の分のサンドウィッチを一口かじって見せて、お茶を飲んだ。

 毒を疑っているように見えてしまったらしい。・・・彼も食べているし問題ないだろう。


「いただきます・・・。」


 私は手を合わせ、サンドウィッチらしきものを手に取り食べだ。

 やっぱり似ていた。バケットも具材もとても美味しかった。無心で半分くらい食べ、お茶を飲み、落ち着いたところで話がはじまった。


「俺はエスタ=フロリーテ。この町で魔法屋をしている。お前のことはなんて呼べばいい?」


 召喚士兼魔法屋のエスタ。昨日の契約書に書いてあったからすでに名前は知っている。確かに、お前お前と言われ続けるのも煩わしいので、私も彼に従い名乗ることにした。


「私はマヤ、佐伯真夜さえきまやと言います。・・・ごはん、ありがとうございます。エs・・・」


 あれ?なんだろう?言葉が詰まって、彼の名前が呼べない。声にならない空気が漏れている。首を傾げもう一回エスタと言ってみようとするが、声がでない。


「そうか。マヤと呼ばせてもらおうか。おそらく、おま・・・コホン。マヤは俺の名前を呼べないはずだ。召喚された者は召喚士の名前を他に知られないように呼べなくなる。」

「そんな縛りが有るんですね、じゃあ・・・何とお呼びすればいいですか?」


 正直まだ頭が回転していない。ぼうっとする頭で召喚された側なら、どう呼ぶか考えた。


「あなた・・・?あるじ・・・?それとも・・・ご主人様?」


 首をかしげ思いつく限り聞いてみた。今まで読んだり、プレイしたことのある作品からチョイスしてみた。他にもあったとは思う。マスターもあったかも。

 言った後にふっと我に返った。本当にこの中から選ばれてしまったらどうしよう。


 ―――ぶふっ。


 彼は気管に茶が入ってしまったのか、げほげほとむせた。どうしました?大丈夫?


「それは・・・やめてくれ・・・。」


 よかった。嫌だったのか。悦ばれたらどうしようと思った。

 彼からの呼び方の提案を待った。


「・・・すまない。町の人から先生と呼ばれているから、先生でたのむ・・・。」


 先生!確かに彼の知的な風貌にも合う。思いの外普通で安心した。言い易いし。

 それでは早速。


「先生、ごはんと・・・あと、介抱かいほうしていただき、ありがとうございました。昨日の件詳しく知りたいので、教えて頂けますか?」


 昨日、意識を失った私を床に転がして放置せず、介抱してくれた件についても礼を言った。ただ、召喚に関しては内容と説明次第によっては怒ろう。お腹が少し満たされて元気が出た。

 エスタ・・・いや、先生は少し驚き、茶を飲み、コホンと一つ咳払いをして、召喚に至る経緯から説明し始めた。事の始まりは、王宮で起きた事件がきっかけだった。


 2日前、国王とその弟君が、城に侵入した何者かによって人質にされた。侵入者は何もないところから唐突に現れて、城内で魔法を放ちながら、二人を人質に取り、そして瘴気と魔獣を放ち、城を制圧したそうだ。あまりのも急で誰も対応できなかったらしい。賊と瘴気と魔獣が城外に出ないように急遽、聖女様が城に結界を張って閉じ込めた。


 そして昨日、弟君だけ、救出された。彼の話によると、王は『何か』に取りつかれて操り人形状態になってしまったそうだ。そして、傀儡かいらいになってしまった王に暴行され危機に陥った所、偶然、聖女の結界にほころびが出来て、脱出できたらしい。

 王は取りつかれる直前彼に『この国はお前達に任せた、私のことは切り捨てろ』とだけ言い残したらしい。そう話して弟君は昏睡した。


 それを聞いた先生は王宮の魔術師で対応できないなら、外部の力を借りるしかないと考え、禁忌の召喚術である「異界の王の眷属」を召喚することにした。自身の命を対価に召喚したそうな。

 先生と王は旧知の仲らしい。だからどうしても助けたいそうだ。


 そして、そんな中現れたのが私。だそうです。




 私はお茶をすする。


 この召喚で私が登場するのは、場違いな感じがする。申し訳なさでいっぱいだ。何で、一撃で悪党を倒せる召喚獣を送らなかったの?異界の王。


 しかもその召喚、異界の王が送る眷属の人選は彼の気分次第らしい。だから、召喚する側もギャンブルだ。命を賭けても当たり外れがあるから禁忌なんじゃないのか。それ。


 ちなみにサキュバスは命を奪えるほど強力な妖精ではないそう。

 しかもポピュラーな妖精なので、わざわざ異界から呼ぶ程ではないらしい。

 何なら簡単に契約して使役できる。命を懸けず、禁忌を犯さずとも呼べるサキュバス。

 それなのに、先生は命を賭けて私を呼んでしまった。先生も、妖精よりも更に強力な精霊レベルを想定していたらしい。


 リスクとリターンが見合っていない・・・。


「あの・・・追加で召喚はできないのですか?」

「命は一つだけだからな、出来ない。それにこの召喚中は通常の召喚もできなくなる。」


「異界の王に連絡は・・・?」

「調べて、やってみたが駄目だった。」


 ひーん・・・。―――心中お察しいたします。

 気まずくなって、サンドウィッチをまた一口もぐもぐと食べ。お茶を飲んだ。

 これ・・・私、何も悪い事していないよね?


 私の推測だが、話に沢山出てくる、異界の王はβさん達の事なのではないか?


 異界の王とか仰々しいけど、異界の王もβさんも人選して派遣する。やっていることは同じだ。優しい顔してそんないい加減なことを?それともミス?


 ☆☆☆


 次に、私がここに来た経緯と目的を先生に話した。


 追手から逃げる為、異世界行く事になった。この世界に行く条件として、私を召喚した人を探して迎えに行く事。しかし、いざ到着したら、先生の所に来ているわ、角と翼と尻尾が生えているわと・・・。


 そう!それ。角と翼と尻尾。

 私、元々こんなの生えていなくて、あなたと同じ人間だったんです!と先生に訴える。

 気持ちの高ぶりに合わせるように翼がバッと開き、尻尾もぴんと伸びる。

 先生は私を見て悩みながら言葉を絞り出す。


「サキュバスは妖精の類だ。実体をもたないから人間が触る事が出来ない。しかし俺はマヤに触る事が出来る。だからどちらかと言えば君は人間寄りのサキュバスだ。」


 昨日、先生が私に触ってびっくりしていた理由はそれか。

 ん?実体が有るならもうサキュバスじゃないのでは・・・?


「なんで、断定できないのですか?」

「それは契約書に記載されているからな。俺の所に送り込まれたのはサキュバスだって」


 先生は眉を顰めた。

 テーブルの上に昨日の首絞め契約書が現れた。私はのけぞり、椅子から落ちそうになる。


「昨日はマヤが破こうとしたから、反撃が出たんだ。お互い殺しあったり、逃げたり破いたりしなければ何もない。」


 おそるおそる契約書を見ると『眷属サキュバス・真夜の君』となっている。

 真夜の君って私の事かな?真夜の文字は有っているけど・・・君って。古風で優雅だな。

 優雅な書き方する割に、溺れさせたり首絞めたり扱いが酷い。


 契約書を読み進めると気になる言葉が出てきた。【服従の言葉】って・・・


「そういえば、先生は私に『絶対服従』って言っていましたけどそれって?」

「召喚士は召喚獣に強制的に命令を聞かせることができる。暴走しないようにな。例えば・・・」

「―――!変な命令しないでくださいね?」

「変ってなんだよ。するかよ。」


 サキュバスで絶対服従とか・・・響きがいやらしい。先生が紳士的な人であることを切に願った。先生の右手の指輪が淡く光る。左の角がちりちりと熱を帯びた。


「【右手を挙げろ】」


 私の意志を無視して、私の右手は「はい!」と元気よく挙手していた。

 自分の高く挙げられた右手を見て絶句する。あなた!どうしたの?・・・右手をそっと下した。


「こういうことだ。」


 なるほど。服従の言葉で指示されるとその通りに動いちゃうのね。

 私のリアクションが面白かったのか、先生はドヤ顔だ。


意外にお子ちゃまなのかもしれない。


 気を良くした彼はさっき光った、右手人差し指に嵌った指輪を見せた。


「これは召喚士と召喚獣の契約の証で、俺の指輪とマヤの角の飾りで一対だ。これは不可視の絆で繋がれている。絆は見ることもできる。【絆を示せ】」


 ―――飾り?角を両手で触ってみる。

 角の表面はすべすべしていた。しかし根元の質感が違った。金属の様に固く凸凹している。これの事のようだ。あとで鏡を見てみよう。


 先生の指輪から半透明の鎖が見えた。その鎖は私の方へ伸びて左の角の飾りへ続いている。角の装飾に温かみが宿る。これが召喚士と召喚獣の絆かなかなか厳つい。


「この鎖って、遠くに行くと切れちゃうんですか?」


「契約の概念を可視化しているだけで現実にある鎖では無いから、切れることは無い。それに、今回は一応、双方合意の契約で満了までは途中解除ができない。だから強固な絆だ。第三者から無理矢理切られることも無いだろう。この絆のが有ることにより、遠くに居ても呼び合うことが出来る。」


この絆が好きな人と繋がるなら、どんなに良かっただろうか。

可視化された絆は、すっと不可視に見えなくなった。

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