03 異世界斡旋

 私を助けてくれた、βベータと名乗る優しい空気をまとうこの男。異世界転移・転生予定者に対して転移先の仲介や紹介斡旋あっせんをしているらしい。


 優しい笑顔で胡散臭い事をさらりと言われてしまった。私はコーヒーを一口飲み、冷静を無理矢理取り戻そうとする。


 順応だ、順応しよう。


「βさん。助けてくださって、ありがとうございました。あの・・・これからの事ですが・・・。」


 彼の語る言葉の真偽は分からない。でも、頼れる人もβさんしかいない。運の無さを嘆いても仕方がない。ぐっと覚悟をきめた。泥船でも進むしか無い。


「異世界転…移?について詳しく教えて頂けますか?えっと・・・転生ではなく転移なんですね?」

「ああ、転生だと生まれてから育つまでに、能力を発揮する時間がかかるんだ。その分得られる力は強いけどね。逆に転移は、到着直後から能力を使えるのが利点だ。依頼の達成に掛かる時間が少ない。簡単な依頼や急ぎの依頼は後者が多いかな。」


 βさんは思いのほか前向きな私に驚きつつも、説明してくれた。

 本来彼らは、困難を迎えている異世界から要望を受けて、その要望に添えられそうな転移・転送希望者をマッチングし、送り出して問題解決の手伝いをしているらしい。


「君をケイオスから逃がす為に、異世界に送りたいのだけれども、異世界は君を無条件で受け入れてくれないんだ。」

「つまり、異世界側にメリットがない状態では行けないって事ですね。」


私は希望者でもないのに、けったいな話だ。


「そう、簡単でもいいから、異世界側を助ける理由を持たないといけない。半ば強制的に転移させられる君には大変申し訳ないのだが、君にはある異世界に被召喚者として転移してもらう。そこで君を召喚する人物を助けてやって欲しいんだ。」


 被召喚者・・・英雄や聖女として召喚されるみたいな感じのやつかな?私は知識を総動員して情報を整理する。

 彼は手持ちのファイルを綺麗な長い指でペラペラとめくり、書類に目を通している。真剣に資料を見る彼の頬に、睫毛が影を落とす。


「その異世界はケイオスがまだ手を出していない。だから、奴は君を見つけにくい。それに召喚主からの要望も簡単だ。『君を召喚した人物を探し出し、迎えに行く。』ただこれだけ。依頼主は困っているみたいだね。これだけだから、気負わずに異世界を楽しみながら挑戦して欲しい。もちろん、生活や依頼をクリアするために必要な能力は付加するよ。」


 彼は召喚依頼内容を見て、表情が柔らかくなる。本当に簡単みたいだ。

 『世界を救え』とか『魔王を倒せ』じゃない。私もほっと胸をなでおろした。それに能力の付加。これは楽しみだ。できればいい能力チートが欲しいな。


「ざっと内容はこんな感じなのだけど、大丈夫かな?では、確認の証として、ここに手を置いて。」


 彼は革張りのバインダーをすっと差し出した。そこには奇妙な文字が羅列している紙が挟まっていた。


まぁ大丈夫でしょう。


私は促されるまま謎の紙に手を置いた。すると紙はすっと消えて行った。何だ・・・この紙と技術は。


「あと、依頼をクリアすると依頼主から報酬ほうしゅうがもらえるんだ。・・・ちょっと待ってね。」


 話している途中にβさんの右の耳元がキラリと光った。彼は耳飾りに手を添え誰かと話している。次第に彼の顔が曇り、緊張感が走る。追手が近づいているようだ。


「もうそろそろ時間らしい・・・雑な説明で申し訳ない。この後すぐに飛んでもらう事になる。」


 私はこくりとうなずく。先ほどの部屋へ戻るそうだ。そこに転移するための魔法陣があるらしい。私達は小走りで移動し魔法陣の前に立つ。黒い床の上には、不思議な模様が描かれた魔法陣が白く光っていた。彼は私の手を取り魔法陣の中央へいざなう。


陳の中央に立つと、βさんはポケットから何かを取り出した。


「最後にこれを…」


 そして私の左手を取り手首にそれを装着する。それは金色のバングルだった。模様が描かれ石が幾つか嵌め込まれている。そして一冊の本を手渡された。


「このバンクルは僕からのプレゼントだ。そしてこの本は異世界転移のマニュアルだ。一人一冊与えられる。読みたいと念じれば現れるし不要な時は消える。決して無くさないように。能力やステータス詳細はこの本に書かれるから。向こうに着いたらゆっくり読んでくれ。・・・こんな形になってしまったが、真夜まやに逢えて良かったよ。」


 ずいぶん距離感の近い名前の呼び方だ・・・今生こんじょうの別れみたいで、悲しくなる。


 なぜ彼はここまで手を焼いてくれるのだ?


 同郷とは云え・・・仕事であろうが、他にも理由はありそうだ。やはり、以前にも会った事があるのだろうか?渡されたバングルと本を見ながら思考を巡らせた。頭がざわざわする。


 ざざっと、私の脳裏に映像が浮かぶ。子供の時の記憶だった。私と兄ともう一人男の子が居る。この記憶は何だろう。さらに映像がどんどん流れ込んでくる。小学生・・・中学生・・・高校と。


 βさんが動く気配がした。私を見ながら後ずさり離れて行く。彼が陣の外へ出た途端、魔法陣が強い光を放ち風が吹き荒れた。


「βさん。いろいろありがとうございました!―――あの!以前お会いしたことありますよね?」


彼は驚くと頷き、さみしそうな笑顔で答えた。


「ああ、僕は―」


 風に遮られ何も聞こえなかった。

 光が強くなり、私は液体に飲み込まれるように陣の中へと沈んだ。


 私もケイオスとやらに存在を切り離されて、世界から忘れられた存在になったから思い出すことが出来たのかもしれない。


 βさんは5年前失踪した私のもう一人の兄だ。


 今の今まで記憶から消えていた・・・。βさんから感じていた懐かしさはこれだった。彼とは年が離れていたため、可愛がってくれた。すぐ上の兄と私が喧嘩した時も助けてくれた。優しい兄だ。


ケイオスとは嫌な奴だ。まったく。


私は膝を抱えて丸くなり、ゆらゆらと黒い空間を漂った。

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