上客
「100000テリア……良い眺めだ」
雑に布団を放った寝台に寝転がりつつ、いくつかの金貨を頭上に掲げる。
殺しはあったが、後処理抜きでこれだけ良い報酬が出るってのは素晴らしいと言う他ない。
掲げた金貨をじっと眺めて十数分、未だに飽きそうにない程気分が良い。
そんな至福の時も束の間。
突然鳴り響いた呼び鈴が、俺への来客の存在を報せた。
「はいこちら万事屋セッカ」
「おうレティアス。ちょっといいか」
扉を開けた先に立っていたのは最近ですっかり見慣れた顔だった。
朽ち木色の髪を揺らすその男の名はブレット。
万事屋セッカの上客の一人だ。
「ブレット……依頼か?」
「ああ」
肯定したブレットを歓迎するように、開いた扉を任せる。
入ってすぐにある机を挟んで、俺とブレットは向かい合って座った。
「早速だが依頼をしたい。内容は俺の護衛だ」
「ふうん……久々だなそれ。お抱えの用心棒じゃ足りないって?」
彼は常連ではあるが、最近は直属の用心棒を手に入れたこともあり、護衛依頼ではなく運搬や諜報などの別の依頼をしてくる印象にあった。
それが今になって護衛を依頼してくるとは少し意外だった。
尤も、その理由については何となく察しはついているが。
「足りなくはないが、警戒するに越したことはないからな」
「へえ、そんなに怖いか。例の放火魔」
「怖いとも。だから話を持ってきてるんだ」
そう言いつつも、彼の顔には軽薄な笑みが張り付いている。
随分慢心しているように見えるが、こうして依頼をしている時点で一応こいつなりに警戒はしているんだろう。
まあ無理もない話だ。
この町——スピーラでも既に一件。
メロ川沿いの町や市場でも数件。
小火騒ぎと言うには些か大きな規模で、最近不審火が報告されている。
見逃せないのは、現場が全て奴隷商の牢であるということ。
事故なわけもなく、誰かが意志を持って行っている行為だというのは明白だった。
さて、何を隠そう、目の前のブレットはその奴隷商なのだ。
連続放火の下手人を警戒するのは至極当然と言える。
「で?いつまでお前の護衛すりゃいいんだ」
「期限は明後日の朝から深夜。丁度次の奴隷市が終わるまで……で、どうだ」
「妥当だな。報酬は?」
「成功報酬で200000テリア。そんで前金はお前が欲しがってたこいつだ」
不適に口角を上げたブレットが、携帯していた小箱をこれ見よがしに掲げる。
布を解き、箱の蓋を開くとそこには、漆黒に煌めく鉱石がその存在を強く主張していた。
思わず目を見開く。
人によってはゴミ扱いもされ得るだろうこの石ころが、俺にとってはブレットが提示した200000テリアにも劣らぬ価値に見えていた。
石の傍らに置いてある鑑定書を眺める。
“炎鍛石 産地:飛竜地帯”
“鑑定士:オリヴィア”
間違いなく本物である。
ダメ元で頼んでおいた甲斐があったというものだ。
元々昨夜の報酬をはしゃぐ程に楽しんで堪能していた俺だが、今となってはそれも霞む程に更に気分が高揚していた。
「その依頼、承った」
「即答とは……その石ころの何がいいんだか」
「強いて言うなら、全部だな」
「はあ?」
怪訝な表情を見せる彼をよそに、黒光りする石の表面をそっと撫でる。
ひんやりとしたと感触と共に、名状し難い感覚が全身を突き抜ける。
予想はしていたが、やはり当たりだ。
この石からは確かに馴染み深い力を感じる。
「……よく分からんが、まあいい。護衛の配置だが、お前とそれ以外の奴らの二つに分けることにした」
「んだそれ」
「お前は俺の護衛。他の連中は牢の方の護衛ってだけだ」
「牢から離れる用事でもあんのか?」
「まあそんなところだ」
場所につかせる護衛と人につかせる護衛で、前者の方が人数が多いこと自体は理解に易い。
だがまあ、後者の護衛に今回の最高戦力である俺を選ぶところが何ともこいつらしい。
この界隈である程度幅を利かせているだけあって、保身には余念がないというわけだ。
そんな所感の通り、微妙に怯えた様子でブレットが口火を切った。
「……来ると思うか。放火魔の野郎」
「知らねえよ。どっちでも良いように俺を雇うんじゃねえのか」
「それもそうだな……」
漏れた弱音を隠すように、ブレットはぎこちない笑みを浮かべた。
何とも頼りない様子だが、この臆病さは保身の裏返しでもある。
この世界で生き残るには適していると言えよう。
まあ、部下を相手にする時に限って態度が大きくなるのは実に小物っぽいが。
「集合場所は奴隷牢。明後日の朝だが、迎えを寄越すからそのつもりで頼んだ」
「別に要らねえけど」
「こうでもしないとお前集合時間に来ないじゃねえか!」
失礼な物言いだ。
俺が遅れたのではなく、集合時間が早いだけだというのに。
「まあいいや。話は終わりだな。じゃあ帰れ」
「……ああ」
何か言いたげな様子のまま、ブレットが踵を返す。
それをぼんやり眺めてから、俺は先払いされた報酬を手に取った。
たった一日の護衛だけでこれが手に入るとは、何とも運が良いものだ。
おかしな話だが、件の放火魔とやらには感謝するべきなのかもしれない。
◇
そうして、明後日の朝がやってきた。
目覚めは思いの外早かった。
早起きは好みじゃないが、寝苦しささえ感じる暑さの前ではそんなことも言っていられない。
体を捩ると、薄い掛け布に籠った熱気がじんわりと霧散していく。
元凶は間違いなく、剥き出しの窓から差し込む朝の日差し。
覚束ない目でそれを睨みつけながら、俺はゆっくりと寝床から起き上がった。
まあ、どの道今朝は用事があったわけで。
良い様に言えば、渡りに船といったところか。
そんな俺の考えに呼応するように、玄関から静寂を裂く大声が聞こえてきた。
「レティアスの兄貴ー、迎えに来たっすよ~!」
扉越しだというのに異常に喧しい。
まだ動くのは面倒だが、これ以上軒先で騒がれても面倒だ。
最低限の支度だけ済ませて、気持ちのんびりと声の方へ向かった。
扉を開けると、見覚えのある後輩が一人。
「ご苦労……あー、名前なんて言ったっけお前」
「ヤンスっす。というか、前に自己紹介したっすけど」
「……そうでやんすか」
「あの、馬鹿にしてます?」
「いや全く」
若干冷えた視線を受け流しつつ、スピーラの裏路地へ足を踏み入れる。
目的地はそう遠くはない。
だが、寝起きの身体はまだ気怠く、微妙に億劫な気分だった。
「他の奴らはどーした」
「先に牢で待ってるっす」
「そうか」
「にしても、今回ブレットの兄貴やけに気合い入ってますよね。こんな大所帯初めてっすよ」
怪訝そうにぼやくヤンス。
まあその気持ちは分からんでもないが、理由の方は一つしかないだろう。
「物騒な噂があるからな。あいつも気が立ってるんだろ」
「ああ、例の放火騒ぎっすか」
「お前も精々気を張っとけ。焼け死にたくなかったらな」
「う……やっぱり、来るんすかね」
「俺に聞くな」
一昨日も別の奴から聞いた質問をばっさりと切り捨てる。
途端、ヤンスは不甲斐なく顔を歪ませた。
「そりゃないっすよ兄貴~」
「知らねえもんは知らねえよ。つーか、来た時のための護衛だろうが」
「それはそうっすけど……もし相手が奇蹟持ちだったらって思うと怖くて怖くて」
そうぼやく彼の表情は実に情けないもので、不安を紛らわせるための質問だったことは明白だ。
前にブレットから請け負う仕事で顔を合わせた時も思ったが、何故こんなビビりがこの界隈で働いているのだろう。
「その時は自慢の奇蹟で助けを呼べばいいんじゃねえの」
「大声出すだけの奇蹟の何処に自慢する要素があるんすか……」
「少なくとも目覚ましには使われてるじゃねえか」
「全然嬉しくないっす!」
ブレットが迎えにこいつを寄越した理由は、こいつが持つ馬鹿みたいな声量が目覚ましに効果的だからであろう。
それを指摘して励ましてやったというのに、ヤンスの顔は浮かないままだった。
と。
そんなことをうだうだ話しながら進んでいると、急に周囲のボロ屋通りが開けた景色に変わった。
眼前には一面の淡水と、彼方に見える対岸。
メロ川下流だ。
そして、その川辺に立つ石製の家屋が目的地の牢だった。
「お、丁度みたいっすね」
ヤンスの声に川の向こうを見ると、そこには小さく映る船影。
中央から来た卸の船だ。
確かに、丁度良いタイミングで来たらしい。
「兄貴、前から気になってたんすけど」
「あ?」
「中央の奴隷商は、何でわざわざここまで来て奴隷を卸すんすかね。手前で勝手に売りゃ良くないすか」
思ったより初歩的な質問が来た。
まあ、こいつがブレットの使いっ走りになったのは割と最近のことだ。
この界隈の七面倒臭さを知らないのも無理はない。
「中央じゃ奴隷契約はともかく奴隷の売買は禁止されてる。その王令自体最近の話だけどな」
「ああ、それで」
「そうだ。契約は出来ても結局売れないんじゃ奴隷商も商売あがったり。だから、この国に来てこっちの奴隷商に奴隷を卸すんだ。幾らかの分け前を渡してな」
「そりゃまた回りくどいっすね……」
全く以て同感だが、そうしてまで稼ぐ商魂逞しさだけには共感出来た。
他ならぬ俺もそんな彼らと同類であるが故に。
ヤンスとの会話もキリが良い所で終え、いよいよ牢の前に着いた。
屯しているのは、ブレットとその他大勢の部下。
濃い葉巻の臭いが鼻を擽った。
「来たか、レティアス」
「おう」
「受け渡しが終わったら手筈通りに頼むぞ。牢の方は俺の部下に任せて、お前は俺の方についてくれ」
「分かってる」
「あれ、ブレットの兄貴どっか行くんすか?」
「ムント……あの商人と話すんだよ。まあ、市場が開く頃には戻るさ」
そう言うなり、ブレットは何人かを伴って川の方に近づいて行った。
何の用事かと思えば密談か。
「絶対儲け話っすね」
「だろうな」
呆れることはない。
ただ事実として奴の態度を咀嚼して、俺はヤンスと共にブレットの背を追った。
岸辺には既に大きめの船が一隻。
ここら辺では定番の木製ではなく鉄製。
華美な装飾などはないものの、それ相応の財力を感じさせる。
そして、甲板の先頭。
ゆったりとそこに立つ恰幅の良い男が口火を切った。
「ブレットはん、お待たせしました」
「ごきげんよう、ムント。全く気にしていないとも」
背筋がゾッとする口調だ。
ここまであからさまに似合っていないと、相手にもバレているだろうに。
ムントと呼ばれた商人はニコニコと微笑んだまま。
ブレットは当然、こっちもこっちで気味が悪い。
「ほんなら、早速受け渡しますわ。あ、此方品書きです」
「トード、ダン、ヤンス。連れてきなさい」
「「「はい」」」
深緑の甲板へブレットの部下の三人が登る。
そうして船内に入って数分、手枷を付けられた奴隷共が一列に連れられてきた。
一口に奴隷、と言っても様々だ。
若い娘、隆々とした男、年端もいかないガキ。
一致していることがあるとすれば、誰しもが沈んだ顔をしていて、小汚いところくらいだろう。
別段こいつらの境遇に思うところはないが、やたらと辛気臭くなることだけは不快だった。
そんな風に、興味もやる気も湧かない光景をだらだらと眺めていると、突然ブレットが声を上げた。
見れば、目を見開いている。
「ム、ムント……まさかあれが?」
「おっ、やっぱり気付きますか。流石ブレットはん、お目が高い」
得意げにムントがにやつく。
ブレットは動かない。
目線を追うと、彼らが何を言っているのかが俺にも分かった。
くすんでいてもなお、朝焼けを照らし返す金の髪。
俯きがちに光を湛える碧眼。
目鼻立ちは整っていて、その少女は小柄な体躯ながら隣の大男にも負けない存在感がある。
「今回の目玉商品です。どうです、良い買い物でしょう?」
「あ、ああ。……これは凄いね。300000テリアは下らない」
時間が経って我に返ったブレットが、興奮した様子で皮算用する。
運搬を中断して下賤な会話は続くが、誰もそれを止める者は居ない。
自身の商品を掲げるムントは勿論、ブレットもブレットの部下共も、降って湧いたような宝石に浮ついていたのだ。
その隙が、あまりに分かりやすかったからだろう。
最後尾に近い位置に居た奴隷の一人——老いた緑髪の男が、露ほどの前兆も見せずに走り出した。
足取りに迷いは見られない。
足枷が消える瞬間、つまりこの受け渡しの時を待っていたわけだ。
「なっ」
「あ、ちょっと。止まらんかい!」
駆けていく男に二人は慌てるが、追いかけようにも出遅れが過ぎている。
そのままの勢いでヤンスらも振り払った老人の進路は、偶然にも俺の居る方向だった。
老人の気迫は物凄い。
裸足で荒い砂利を踏み締めて、その容貌は魔獣か何かのようだ。
近付く危機を前に脱力する。
そして、腰のホルダーに突っ込んだ鉱石に触れる。
頑強なそれは、手の甲に触れるとたちまち溶けて消えていく。
準備は終わり。
後はただ腕を振るうだけだ。
力は要らない。
突けば崩れる。
「かはっ……!」
鳩尾に深手を負った男が蹲る。
それを無感動に見つめつつ、俺は確かな手ごたえを感じていた。
単純な硬さだけでもこの性能。
やはり、ナイオンアークの炎鍛石は出来が違う。
それにしても、老いているにしてはやたらに足の速い男だ。
俊足の奇蹟でも持っているのだろうか。
……いや、だが奴隷には――。
そこまで考えて、俺は彼の首元に巻き付いた黒い輪が罅割れていることに気付いた。
隷属輪。
そう呼ばれるあれは、拘束された者の膂力を削ぎ、それだけでなく奇蹟を封じる機能を持つ。
これに繋がれている限り、間違っても奴隷は今のような動きは出来ない。
だが、それが壊れているとなれば色々納得である。
「よくやったレティアス!」
ブレットが歓喜の声をあげる。
裏腹にその表情は憤怒そのもの。
これから起こることを予想した俺は、二歩ほど下がった。
「てめえ、ふざけたことしてんじゃねえぞっ!」
「ぃ……ぎっ……」
情け容赦のない蹴りが老人を襲う。
一発、二発、三発……。
繰り返される雑な暴力は、しかし確実に奴隷の体力を奪っていく。
やがて老人の姿勢はくの字に折れ曲がり、呻き声もどんどん小さくなっていった。
「ブレットはん、その辺で……」
「っ……そうだな。死んだらそれこそ損だ」
見かねたムントが声をかけると、ブレットの激情は収まった。
そこまで分かっているのなら最初から必要ない追撃などしなければいいのに、癇癪持ちというのは度し難い。
今度こそ呆れつつ、俺はこれからの仕事を減らす作業に取り掛かった。
「あー、見て分かったと思うが、逃げ出そうとした奴は俺が処理する。それが嫌なら大人しくしてろ」
突然始まった脱走劇にざわついていた奴隷たちが静まり返る。
懸命な奴が多そうで何より。
俺としても、出来高制でない以上無駄に仕事が増えることは好ましくない。
「それと、その隷属輪壊れてるぞ。新しいのにした方が良い」
「……そうだな」
「ブレットはん、面倒かけてすんません。ほんま何処で壊したんやろか……」
「気にしないでいいさ。どの道換えなきゃならないんだから……ダン、隷属輪の準備を」
「はい」
相変わらず気色悪い猫被りを止めないまま、ブレットが部下を顎で使う。
指示に従って部下が麻袋から取り出したのは、今しがた見たばかりの黒い輪だ。
随分と仕事が早いが、それも当然のことだろう。
隷属輪は奴隷商にとっては必須と言えるほど有用な道具だが、いくつか不便な点も存在する。
まず一つ。
隷属輪の効力は、所有者となる者が自身の血液を定期的に注がないと発揮されない。
使う血液の量は数滴程度でいいものの、それは新鮮な血液である必要があり、注ぐ間隔は大体一週間程が目安となる。
これが何を意味するのかというと、隷属輪は所有者と一対一の関係にあり、他者への譲渡は一週間が限界だということだ。
二つ。
隷属輪は膂力を削がれた奴隷には解けないが、それなりに脆い。
やろうとすれば、外部から壊すことはそう難しくはない。
また、特定の条件で自壊することすらある。
三つ。
これだけ面倒な制約があるというのに、隷属輪の購入には結構金がかかる。
人間用の小さなものでも10000テリア以上、大きな魔獣用のものならその十倍以上はするのだ。
そのせいもあり、奴隷を買う際に客用の隷属輪をついでに買えるというのに、購入者は一部の貴族に限られている。
まあ肉体労働をさせるつもりなら邪魔でしかないし、奇蹟も万人に授けられるものでない以上、金額のことが無くともそうなっていただろうが。
さて。
長くなったが、今挙げた不便な点の一つ目が肝だ。
現在この奴隷どもを拘束しているのはあくまでムントの隷属輪で、ブレットのそれではない。
だからこそ、こうした奴隷商から奴隷商への奴隷の引き渡しの際は、隷属輪の付け替えは必須ってわけだ。
「あ、兄貴……脅しとかするんすね」
「ん?」
退屈過ぎてつらつらとどうでもいいことを考えていた俺に、ヤンスが小声で話しかけてくる。
どうでもいいが、手伝わなくていいのだろうか。
「何だ、ビビったか」
「そりゃもう。一瞬本気でチビリそうになったっす」
「お前、よくそんなんでこの仕事出来るよな」
さっきからずっと思っていたことを口にする。
どう考えても、こいつにこの仕事の適性があるとは思えない。
「俺だって好きでやってるわけじゃないっす……」
「へえ?」
「ブレットの兄貴に借りがあるっていうか。それで使われてるんすよ」
「そうか。てめえも苦労するな」
「どうでも良さそうっすね……」
俺に対して、他人の事情に興味を深く持てという方が無茶ぶりだ。
ともあれ、こいつのここまでの経緯は分かった。
まあそんな理由でもないとこんな奴がこれを職にはしないか。
「兄貴はいいっすよね強くて。ってか、そんだけ強いのに何でこんな仕事してるんすか?」
「あん?」
「いや、翼剣会で魔獣退治とか仕事にした方がいいんじゃないかって思って」
「あそこは規則が多い。一人で営業した方が楽なんだよ」
翼剣会というものは、言ってしまえば世界最大の万事屋だ。
その営業形態は、依頼人が依頼を協会に預けて、その依頼を会員がそれぞれ請け負うというものである。
依頼人とそれを受ける者の間に協会が立つことにより、会員の安全の保障や煩雑で無数にある依頼の明瞭化などの恩恵を与えるといった仕組みだ。
一人で似たような稼業を営むよりも、こうした組織に属した方がいいのでは、という意見も理解は出来る。
だが言った通りで、翼剣会に属することで得るのは恩恵だけではない。
殺しの禁止などを代表とする面倒な規則などがあって、俺には向いていないのは分かり切っていた。
「それに、報酬が減るとか考えられねえからな」
「……ああ、やっぱりそこっすか」
「当たり前だろ。そこが一番大事だ」
規則だけじゃなく、翼剣会には報酬の天引き制度がある。
まあ仲介業者としては当然も当然の仕組みではあるが、俺にはその当たり前が我慢ならない。
何が悲しくて自分で稼いだ金を分けてやらなきゃいけないのだろう。
「兄貴ってそればっかりっすよね。そんなに金集めてどうするつもりなんすか」
「特に何も。金はあればあるだけいいだろ」
「え」
「金さえありゃ大抵のことは出来るんだ。目的を決める必要はない」
「はは……まあ、兄貴らしいっすね」
ヤンスが苦笑する。
共感を得られないのは不思議だ。
これ以上ないくらい分かりやすい行動理由だというのに。
「いつまで駄弁ってるんだ。そろそろ行くぞレティアス」
「へいへい」
いつの間にか搬送が終わっていたらしい。
気の抜けた返事をして、俺はブレットとムントの方へ向かった。
「そういや、密談の場所って決めてんのか?」
「裏通りの宿の部屋を借りさせてあるからそこだ」
「ふうん……」
取り留めのない会話をしつつ、ブレットの後を追うように足を進める。
何ともなしに遠ざかった牢に視線を移すと、じっと此方を見つめる空色の瞳と目が合った。
何を言うでもない。
その不気味さに、俺は言い知れない予感のようなものを抱いていた。
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