第24話 復讐鬼
翌日、早朝から探偵社からメールが来た。
内容は昨晩、五月迅宅に勇者証が届いた事と、五月が早速今日からダンジョンに入る為に出かけたそうだ。
(なんて好都合な展開だ。まるで神が俺に奴を殺せと言っているかのようだ)
俺はすぐに出かける準備を整えた。
「あの、天成様……」
「ん?」
愛歌に声を掛けられた。
なんだと思ったが、昨晩の事を思い出した。
何か話があるみたいだったな……。
だが、今は聞く事は出来ない。
どんな話であれ、今の気持ちのまま愛歌と向かい合えない。
「ああ、そういえば昨日、話があると言っていたね。悪いが急用ができた。話は夜にしてくれないか」
「あ、はい……分かりました。そうですね、いましても仕方のない話でもありますし……」
「すまないね」
俺は家を出ると、通りまで歩いてタクシーを拾い行先を告げる。
タクシーで移動中、ずっと愛歌の顔が頭にちらついた。
そういえば、最近、何か体調が悪そうだった。
話とはそれを関係があるのか?
いや、考えるな。
決意が鈍る……。
もうこれしかないんだ。
十年も前の犯罪の証拠なんか今さら見つかる訳がない。
俺がこの手で処刑するしかない。
大丈夫だ。
完璧にやって見せる。
全てが俺にとって都合のいいように進んでいる。
これは神が俺に命じているんだ。
悪を始末しろと……。
そうだ。
悪だ。
奴らは救いようのない悪だ。
何人もの罪のない女性の命を奪い、その罪を俺に擦り付ける。
法の裁きに掛けても、死刑以外の結論はない。
そうだ。
法も奴を死刑だと言っている。
「お客さん――」
俺が法に代わって奴を裁く。
ただ、それだけの事なんだ。
「お客さん!」
「は、はい!」
「着きましたよ」
「あ、どうもありがとう」
どうやら、もう目的地に着いたらしい。
俺は代金を支払い、タクシーから降りようとしたが……。
「あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「いや、すごい顔色が悪いですよ。それに、そのこんないい方は失礼かもしれませんが、顔がすごい怖いですよ。まるで、今から人を殺しに行くんじゃねえかってくらい……」
「は?」
「あ、いや、すんません! そんな訳ないですよね。本当にすみません!」
「あ、いえ、気にしてませんから、あなたもお気になさらずに……」
俺はそう告げてタクシーを降りた。
"(俺はそんなに怖い顔をしているのか……。
そういえば、愛歌も俺と接するとき少し怯えた様な感じがした……。
大丈夫だ。奴を始末すれば元に戻る。いつもの俺の戻れる……はずだ)"
俺はメールを確認する。
探偵社から追加のメールは来ていない。
まだ、五月はここに着いていないという事だ。
俺は一足先にダンジョンに侵入し身を潜める。
フィールド環境が森なので身を隠すのに困らない。
しばらくすると、五月が到着したというメールが来たので、尾行の終了を告げるメールを送る。
同時に五月迅がダンジョンに入って来た。
その顔を見た瞬間、憎悪をが極限に達し、思わず飛び出して襲い掛かりそうになる。
だが、何とか踏み止まった。
ここでは、いつ聖剣使いが入ってくるか分からない。
行動に移すのは、もっと奥に言ってからだ。
奥に行けば行くほど、人目がなくなる。
だから、早く移動しろとと思っていると、五月が配信を開始した。
「勇者、五月迅のデビュー戦にようこそ! これから大活躍確定の俺のデビュー戦を見れた君らは超幸運だ!」
俺も配信を見る。
人はそれなりに集まっていた。
『は~い、頑張ってな~』
『期待はしてる』
「サンキュー!」
『ま、頑張れ。天成様の次くらいにはなれるだろう』
『だな。どう頑張ってもトップにはなれない。同世代にバケモンがいるし……』
『折角、勇者になれたのに可哀そうに……』
『てか、勇者になれたのもそもそも天成のお陰だな』
「天成……。ああ、あの英雄さんですね。確かにすごいですね。でも、すぐに立場は逆転しますよ。すぐにね……」
俺は背中に悪寒が走った。
画面越しに何故か目が合ったような感覚を覚えた。
(いや、気のせいだ。そんな訳がない)
俺は自分にそう言い聞かせて、動き出した五月の後を追う。
◆◇◆
尾行開始から数時間が経った。
モンスターとの戦闘もある為、人けのない奥まで進むのに時間がかかった。
当然、俺もモンスターに襲われるので、五月にバレないように尾行するためにかなりの距離を取って尾行している。
(ここまでくれば、そろそろ行動に移してもいいか)
正直に言えば、もっと早くに行動を移ってもよかったのだが、配信を見ていると何かにつけて俺と比較されて、徐々にイラつきが表に出始めている五月を見るのが愉快で引き延ばしてしまった感もある。
だが、それもここまでだ。
目的はそれじゃないからな。
そう、目的は奴を始末する事だ。
手順は既に考えている。
まずは五月のバットアイを始末し、その後、五月の四肢を切り落として行動を封じる。
後は、生命力を削りきるだけだ。
ダンジョンで死ねば、死体も残らない。
それは完全犯罪で、アブソリュート・スラッシュはまさに適したスキルだ。
真正面からの戦闘は勿論だが、こういう暗殺や不意打ちにも極めて有用だ。
俺はスキルを発動するための準備を始める。
「【展開】」
俺の言葉に反応し、聖剣のガードナックルがアクティベーターに変化する。
続けて、カードデッキからアブソリュート・スラッシュのカードを取り出し、スタンドにセット。
そして――
「【
アクティベーターをガードナックルに戻すと……。
〈アブソリュート・スラッシュ。アクティベート〉
スキルが発動した。
俺は聖剣を抜く。
俺と奴の位置関係は、俺が奴の右遠方の木で身体を隠している。
奴の視界にもバットアイの目にも映らない。
準備は整った。
(やるぞ。俺はやるぞ! 法に代わって俺が裁くだけだ! よし、やる!!!)
俺が木から体を乗り出すと同時に――
〈メールです。愛歌さんからメールが来ました。緊急設定がされています〉
スマートリングにメールの着信を告げるアナウンスが流れた。
俺は慌てて木に体を隠す。
(メール? 愛歌から? それも緊急の内容? いや、後回しだ。すぐに終わる。今は奴を始末する事が最優先事項だ)
俺は再び木から体を乗り出すと、剣を構えバットアイを捉えた。
後は剣を振るうだけで、不可避の斬撃がバットアイを襲い配信は中断される。
バットアイを始末したら、次は五月だ。
まず、両足を切り落とし奴の前に姿を現す。
奴に自分が誰に殺され、何故、殺されるのか理解させて後悔させてから殺す!
(ふぅ……。やるぞ。やるぞ!)
覚悟を決め、聖剣を振るう!
だが、腕が動かなかった。
金縛りにあったように、腕が動かない。
心が奴を殺せと言っているのに、頭がメールを見ろと告げるのだ。
見ろ、見ろと懸命に告げてくる。
(クソッ!)
俺は三度、木に体を隠しメールを見る。
「えっ……」
そして、それを見た瞬間。
俺の心を支配していた、復讐心はまるで最初からなかったかの様に跡形もなく消え去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます