第22話 床に着く

 当主との話を終え、俺達は家に戻ってから時間が経ち、もう夜だ。

 俺達、夫婦は既に床に着いていた。


 ちなみにダンジョン攻略で疲れたので営みはなしだ――


 ったのだが、今になってムラムラしてきた。

 したい、無性にしたい。


 とはいえ、床に着いてからもう30分が経過している。

 愛歌が既に夢の中に突入している可能性が大。

 だが、同時に30分なら愛歌が起きている可能性も十分にある。


 俺がこれなのだ。

 同じような一日を過ごした愛歌も同じ状態になっていてもおかしくない。

 そして、今日はそのまま寝ようと言ったのは俺の方で、愛歌がもしムラムラしていても淑女と言う事も相まってお誘いをしてくる可能性は極めて低いだろう。


 よって、愛歌を抱きたいなら俺から動くしかないが……。

 愛歌が既に寝ていたら……、自分の性的欲求を満たすために起こすのは人としておかしい。


 こうなったら、トイレにでも言って自家発電でもするか?

 俺の右手なら俺の都合につき合わせられる。


 でもな……愛歌という極上を知って、俺は右手なんぞで満足できるだろうか?

 無理だ……。


 ならば、このムラムラをどうすれば――


「あの、天成様……」


 いいのか考えていると、愛歌が声をかけてきた。

 どうやら、まだ起きていたようだ。


「寝付けませんか?」

「ん、ああ……」


「もしかして、昂っておいででは?」

「え!?」


 何故、それをっと思ったがすぐに答えが出た。

 愛歌も昂っているのだ。


 愛歌も俺と共にダンジョン攻略をしているのだ。

 俺と同様に昂っていても何ら不思議ではない。


 そうと分かれば……。

 俺は体を愛歌に近付ける。


 すると、愛歌が手を伸ばし俺の局部を触れた。

 しかも、その手は濡れていた。


 俺は起き上がると浴衣を脱ぎ捨て全裸になると、愛歌の浴衣もはだけさせる。

 そして、自らの局部を愛歌の秘部に宛がい、そのまま挿入しようとした時――


「あ、あの、天成様……」


 愛歌が声をかけてきた。


「ん? どうした?」


 まさか、その気じゃないのか?

 俺はそんな心配をしたが答えは違った。


「実は、今日はとても危険な日なんです……」


 愛歌は頬を染めながらそう言った。


 危険な日。

 勿論、その意味が分からないほど馬鹿じゃない。


 それはとても妊娠しやすい日だ。

 避妊して欲しいという意味かと思ったが違う。


 今まで求めてこなかったし、頬を赤く染めながらいう事でもない。

 これは子供が欲しいという意味だ。


 いつも以上に種付けをされたいという意思表示だ。

 そんな事を言われて、興奮しない男はいない。


 その夜、俺はいつも以上にハッスルした。




 ◆◇◆




 落命の森の攻略から一ヶ月が経過した。


 この一ヶ月でとんでもない事が二つ起こった。


 一つは、現総理の内藤田がとんでもない暴露をして政界は今までに前例もない大混乱に陥った。


 そして、もう一つは世界初の民間による勇者選定会の開催が決定した事だ。

 俺にとってはこっちが重要で、俺の我儘が当主を動かし、当主が政界を動かした。


 正直、地震の影響力に恐怖を覚えた。

 だが、使えるものは何でも使う。


 その為に得た影響力でもあるのだ。

 そんな事を考えながら、俺は東京ドームにいた。


 何故、そんなところに俺がいるのか?

 それは今日ここで勇者選考会が開かれ、その聖剣を護る為だ。


 選考会場の準備は既に終わっており、あと少しで開催の時間となる。


(さて、そろそろ仕込むか)


 俺は懐からバットアイを取り出し会場に放つ。

 会場には防犯対策に何十体ものバットアイが飛んでいる為、そこに一体混じっても誰も気づかないだろう。


 当然だが、俺は警備の為にバットアイを放ったわけではない。

 これは会場に来た人間の首の後ろを撮影するために放ったのだ。

 バットアイにもそう命令を下している。


 今日、ここ東京ドームには日本中から勇者を目指すものが集う。

 東京中からではない日本中だ。

 各都道府県に、神楽家が転送系魔道具を設置しここまで跳べるようになっている。


 いったいどれほどの人間が来るのだろうか?

 果たして、その中に俺の目当ての人間がいるのか?


 分からない。

 だが、一縷の可能性に賭けて俺は選考会開催に漕ぎ着けた。


 目的が達成する事を祈ろう。


 そう祈っていると、時間になったようだ。


「時間です。勇者選考会を開催します! 皆さん、よろしくお願いします!」


 ドームへの入場が開始され、聖剣が安置されている場所に次から次へ人が入って来た。

 人々は係員の案内に従って、一つ一つ聖剣に触れて行く。


 その顔には皆、期待の表情が浮かんでいる。


 聖剣使いは危険な仕事だが、もっとも人気の高い仕事だ。

 国家公務員なので安定した給料がある上に、副業でさらに稼ぐ事ができ、人々から羨望の対象となり称賛の声に包まれる。


 人気の聖剣使いはテレビなどに引っ張りダコだ。


 そんな未来を想像しながら、期待に胸を膨らませて聖剣に次々と触れて行く人々を見ながらも、狙いの人物をくることを祈り俺は警備を続けた。




 ◆◇◆




「あ~、疲れた……」


 今日の勇者選考会がようやく終わった。

 休憩があるとはいえ、立ちっぱなしの仕事は足と腰に来る。


 だが、これは俺の我儘から始まった事だ。

 率先して警備の仕事しないと申し訳ない。


「天成様、おみ足を失礼しますね」


 着流しに着替えて、足を延ばしていると愛歌が俺の足元に座った。

 そして、着流しの中に手を入れると足を露出させ、揉み始める。


「ああぁ、気持ちイイ」


 足が終わると次は腰で俺はうつ伏せになった。

 愛歌のマッサージは疲れた体に効く。


(ああ、なんて幸せなんだろうか……)


 つい数か月前までには考えられなかった幸福な時間。

 俺は幸せを噛み締めながら、愛歌のマッサージを堪能した。


「愛歌、ありがとう。もう充分だよ」

「はい、天成様」


「じゃ、次は愛歌だね」

「え?」


 愛歌のマッサージを堪能し、俺は愛歌をマッサージし返す。


「あ、私は大丈夫ですから」

「まあまあ、遠慮せず……」


 俺は愛歌の足を露出させると、そのままマッサージを行う。

 最初は足に、そして腰にマッサージに移り、気が付くと俺達はそのまま床に着いていた。




 ◆◇◆




 夜が更け、愛歌も眠りについた頃に俺は目を覚ました。

 たんに目が覚めた訳ではなく、スマートリングでアラームをしていたから起きたのだ。


 アラームと言っても、けたたましい音が鳴る奴ではなく脳に目を覚ますように電気信号を送るタイプだ。

 何故、そんな事をしてまで夜中に起きたのか。


 それは夜這いする為ではない。

 今日の勇者選考会で俺が放ったバットアイの映像を確認する為だ。


 俺はスマートリングの映像編集アプリを起動し、バットアイの撮影した映像から来場者全ての首の後ろが映ったコマを重複しない様にリストアップする。

 その中から、首の後ろに傷がある者や、服やマフラーなどで隠れて見えないものをさらに選別する。


 選別の結果、該当した人物は16人。


 俺は今回該当した人物の顔写真と名前住所をリストアップした。

 幸い、選考を受けた人物や付き添いは、会場に入る際に身元を示す書類の提出が必須なので簡単に手に入った。


「一人ずつ、調べさせて潰していくしかないな」


 探偵とかそういった所に依頼するか。

 金なら落命の森の懸賞金が俺の取り分だけでもたんまりあるからな。


 神楽家の黒服に頼んでもいいのだが、これはあくまで俺の私的な案件だ。

 黒服に頼むのは違う気がするし、なにより状況次第では俺は真犯人を……。


(ダメだ、ダメだ。それは最後の最後の手段だ。可能な限り合法的な手段を捨てない)


 そう、可能な限り合法的に捌く事を諦めるつもりはない。

 だが、非合法な手段を取らなければいけない結果になる事もある。


 だから、黒服に頼めば、愛歌の耳に入るリスクが高まるり、それは非合法な手段に出た時に愛歌に悟られるリスクにもなる。

 身勝手だが、愛歌には……愛する女性にはそんな事に手を染めた事を知られたくない……。


 俺は眠る愛歌の顔に手を当て、優しく撫でる。

 今、俺はとても幸せだ。


 この幸せの中でずっと過ごしたいと思いながらも、それを破壊するかもしれない復讐に囚われている。

 もし、合法的に真犯人を裁けずに、非合法な手段を取った時、俺はその後どうするのだろうか?


 罪から逃げるのか、罪を償うのか。


 前者を選べば、今の幸せを護れるかもしれない。

 だが、真犯人と同類になる。


 後者を選べば失う。

 だが、真犯人と同類にならずに済む。


 相反する感情に答えを出せないまま、俺は復讐の道を進もうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る