第18話 落命の森のダンジョンマスター

「――――」


 愛歌が叫んでいる。

 だが、何を言っているのか分からない。


 言葉が酷く遅い。


 ゆっくりなのはそれだけじゃない。

 首を斬られ頭は地面に向かって落ちているのだが、目に映る光景が流れるのが酷くゆっくりだ。


(あ、これはアレだ。タキサイキア現象だ)


 タキサイキア現象とは、命の危機に瀕した時にスローモーションに感じるという現象の名だ。

 俺は今まさにその現象が発生したのだ。


 これはありがたい。


 色々と考えなければいけない現状でこれは非常に好都合だ。

 ゆっくりと考える事ができる。


 まずは愛歌だ。

 酷く狼狽しているが、手を伸ばしている。

 その手の先は、俺の頭。


 俺の頭を掴んで、身体に乗せて治癒しようとしているのだろう。

 狼狽しているが、冷静な判断だ。

 なので、俺の身体は愛歌に任せよう。


 俺がすべきことは、この状況を生み出した攻撃のカラクリを解明する事だ。

 それは、奴の初見殺しの核となる攻撃を受けた俺が適任だ。


 まずは思い出そう。

 首を切られた時の状況だ。


 ダンジョンマスター、いや、こいつの名前はなんだ?

 俺は視界の端に移るゲージを見る。

 それは生命力の残量をゲージ化したモノで、その上には名前が記載されている。


【?????】の鎌蜘蛛?????・マンティスパイダー


 文字化けして、見えない部分があるがマンティスパイダーと言う名前は分かった。

 文字化けしている所は、ダンジョンマスターの異名であり能力の正体に直結する。


 だから見えない。

 だが、能力に辿り着けば答え合わせの様に、その文字化けが解除されるのだ。


 さて、名前も分かった事だし話を戻そう。

 俺の首が切られた時、マンティスパイダーは100メートル近く離れた場所にいた。


 当然、攻撃が届く範囲ではないが、奴は確かに鎌が付いた腕――鎌腕と呼ぼう――を振るった。

 そして、次の瞬間、俺の首が刎ねられた。


 あれは斬撃でも飛ばしたのか?

 いや、まるで見えなかったし、鎌を振るったタイミングと俺の首が刎ねられたタイミングがまるで同じだった。


 仮に斬撃を飛ばしたとしたら、光の速さだ。

 だとしたら、さすがに回避不可か?


 いや、奴が鎌腕を振る動作に入ったら、即座にその場から離れればいい。

 振り切る前に離れれば攻撃は回避できるはず。


 対処法はひとまずこれで良いとして、ダメージはどうなっている?

 首を刎ねられたが、紙装甲の俺が即死はしていない。


 これも予想通り。

 残された音声動画の長さは数分あった。


 もし、即死するような攻撃ならそんなに長くなるはずもないし、他の初見殺しの情報を漁った時もそれを示唆するものはなかった。

 初見殺しもそこまで理不尽ではない。


 さて、どれだけ生命力にダメージを負ったのか、確認しよう。

 視線を自身の生命力ゲージに向ける。


(は!?)


 俺は自身の生命力のゲージを見て驚いた。

 なんと、1ミリも減っていないからだ。

 生命力の数値も確認したが1ポイントも減っていない。


(首がはなられたのにノーダメージ?)


 どうやら物理的なダメージに特化して、生命力へのダメージが無い様だ。

 相手を着る事に特化した能力。

 なら、光の速さの斬撃を飛ばせても不思議ではないが、もしかたらそれ以上に切ると思ったものを切れる可能性も……。


 そう思い至った時……。

 視界の端にノイズが走った。


 モンスターの名前の文字化けしていた所に変化があった。

 文字化けが解除され、斬絶アブソリュートスラッシュと言う文字が浮かび上がった。


 答え合わせが済んだ。

 回避不可の斬撃。

 まだ、光の速さの方がマジだった。


 だが、俺は悲観しない。

 何故なら、この攻撃に対する完璧な対処法が思いついたからだ。


 次の瞬間、時間の速さが戻った。


「天成様!!!!!」


 愛歌が俺の頭をキャッチし体にセットする。

 そして、首の切断面を羽衣で覆い、即座に治癒を行った。


「大丈夫ですか!」

「問題ない」


 首はすぐに繋がった。

 治癒が早い。


 あの攻撃。

 生命力へのダメージがないから、ステータスの力自体が乗っていないのか。


 聖女たちの癒しの力や、聖剣によって強化された自然治癒力の回復力。

 それはステータスの力が乗った攻撃か否かで、回復速度が天と地ほどの差が出る。


 今の様に、ステータスの力が乗っていなければ、強化された自然治癒力だけでも即座に首が繋がる。


 俺は追加情報も含めて、愛歌と情報の共有を行う。


「分かった事を簡潔に話す」


 俺はマンティスパイダーの攻撃のカラクリを愛歌に説明した。


「回避不可の攻撃。そんなのどうすれば……」

「避ける事は無理だろう。なら受けることを前提に戦うまでだ。愛歌、痛覚設定ペインコントローラーをレベル0にするんだ。不可避だが生命力へのダメージが無いのなら無痛で受ければいい。それ以外のダメージが増大するが、こっちの攻撃力も上がる。やられるやられる前に相手をるぞ」

「はい、天成様」


「さあ、ここからが俺達の攻略開始の時間だ」


 ペインコントローラーを0にして、俺達は駆けだす。

 まずは距離を詰めなければ攻略もなにもない。


 距離を詰めるべく駆け出した俺達を、マンティスパイダーが黙ってみている訳もなく、斬絶アブソリュート・スラッシュが放たれた。

 対象は愛歌で、その首が飛んだ。


 それでも愛歌は駆けるのを止めない。

 頭部が飛んだ事で、体のバランスを崩したがそれでも前に進む姿勢を見せる。


 俺は羽衣で愛歌の頭部をキャッチすると、首にくっ付けて接合する。


「ありがとうございます!」

「ああ! だが、愛歌。礼は抜き言葉は簡潔に行こう!」

「はい!」


「あと、アレのクールタイムは5秒だ」

「はい!」


 アレとは勿論、アブソリュート・スラッシュの事で、クールタイムとはスキルの再使用までの使用不可時間の事だ。

 首を刎ねられた直後からカウントを開始していた。


 5秒経ち、再びアブソリュート・スラッシュが飛んだ。

 今度は俺の足だ。


 さすがに片足を飛ばされては走れずに、そのまま前のめりに倒れ込む。

 が、そのまま前転すると、その間に足は愛歌の手によって接合された。


 愛歌は戦闘のセンスが高い。


 一緒に戦って、それをヒシヒシを感じられた。

 神楽家と言う上流家庭で高度な教育を受けている為に、頭の回転が速く、そこに淑女教育と戦闘センスがガチャっと嚙み合っている。


 こっちのして欲しい事を察する能力が高い。

 最高のパートナーだ!


 俺達はその後も走り続けた。

 距離は100メートル。


 だが、相手も突っ立って待ってくれる訳もなく、退きながらアブソリュート・スラッシュを放つため、実際に詰める距離はもっと長い。

 しかし、それでもいずれは追い付く。


 何故なら、エリアの広さは有限で、ここは目測で半径1キロ程度だ。


 それを証明する様に、マンティスパイダーの動きが止まった。

 エリアの端にぶつっかったのだ。


 ゴールが動きを止め、俺と愛歌は顔を見合わせた。

 アブソリュート・スラッシュは完封している。

 あと50メートルの距離を詰めれば、俺達の勝ちだ。


 勝利を確信し、何度目か分からないアブソリュート・スラッシュで左足が切断された時、異変が起こった。

 愛歌が右側にいた為、自分の羽衣で足を回収しようとした掴んだが、別の何かの力で引っ張られた。


「なんだ!」


 見ると、俺の左足からマンティスパイダーに向かって白いとが伸びている。


(糸か! そうだ、蜘蛛なんだ。糸を使ってきて当然だ。アブソリュート・スラッシュに注意が行き過ぎた)


 俺は慌てて羽衣を両手で掴み、片足で何とか踏ん張る。


「斬ります!」

「いや、待て! そのまま俺の身体に掴まれ!」


 俺は手を伸ばし、愛歌がそれを掴むと同時に、均衡していた引っ張り合いは崩れた事で俺達は宙を飛ぶ。

 互いに常人を超えた身体能力で綱引きをしていた為、片方が力を抜いた時の反発は絶大。


 俺達の身体は一気にマンティスパイダーの上空まで到達した。


(デカいな。100メートル先からでもその存在感が半端なかったが、間近で見るとさらにデカく感じる。田舎の住宅位大きい)


 俺はマンティスパイダーの身体の大きさに驚いている。

 が、すぐに頭を切り替えた。


「愛歌。俺を蹴って反対側に回れ! 俺は左のアレを狙う!」

「はい!」


 愛歌は俺の意図を察し、俺を踏み台にして右側に跳んだ。

 結果、俺の落下速度が増し、マンティスパイダーの鎌腕を一足先に切り落とした!


「ピィギイイイイイイイイイイイイ」

「戦闘中に悲鳴なんか上げてる余裕があるのか?」


 俺は愛歌に視線をやる。

 今まさに、もう片方の鎌腕を切り落とした所だ。


 "(勝負あった。アブソリュート・スラッシュは、この鎌を振るう事で発動している。

 能力の起点であるこの鎌が失われれば、もうアレは使えない! 接合や再生しない限り!)"


 俺達、聖剣使いや聖女たちの癒しの力、そしてモンスターの回復力は異常だ。

 体の部位を切り落とされても、それぞれかかる時間に差は有れど、接合するのは勿論、部位が【破壊】されて粒子化しても、それを回収し再生すら可能なほどだ。


 だから、鎌腕を切り落としても接合・再生出来るのであれば一見意味が無い様に見えるが、だが、接合には接合するための部位が必要で、再生には部位の【破壊】が必須で、裏を返せば部位の回収をさせず、【破壊】しなければ、その部位の接合・再生を阻止できるという事もでもある。


 ならば、俺達のやる事は一つ。


 切断した鎌腕を奴に回収されない様に隔離する。


「愛歌!」


 俺は愛歌に向かって鎌腕を投げる。

 強化された身体能力で投げられた鎌腕は軽くプロの野球選手の投球速度を超えた。


 その鎌腕をマンティスパイダーは回収すべく、糸を吐くがそれよりも愛歌の羽衣が一歩早く回収した。

 だが、マンティスパイダーもその程度で諦めはしない。


 今度は愛歌を捕縛すべき糸を吐く。

 だが、そんな事は――


「させない。【必殺】」


 マンティスパイダーの意図が愛歌に届くよりも早く、俺はバーストインパクトの体勢に入った。

 その事で結界が張られ、愛歌は鎌腕ごと結界外に転移し、マンティスパイダーの糸は標的を失い空を切る。


「さあ、決闘と行こうじゃないか!」


 俺のバーストインパクトが決まれば、痛覚設定0で上がった俺の攻撃力に加え、設定した結界の広さからマンティスパイダーの生命力は一撃で0になる。

 だが、それは同時に痛覚レベル0の副作用で俺の防御力は0に近いため、マンティスパイダーの攻撃を俺が一撃でも食らえば、同様に一撃で死ぬという事でもある。


 互いに一撃で致死に至る、一撃必死の決闘が幕が切って落とされた。











◆◇◆あとがき◆◇◆


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