第17話 突入! ダンジョン【落命の森】

 マーブリングの膜を越えた先、そこは森の中だった。

 落命の森と言う異名の通り、このダンジョンのフィールド環境は森であり、モンスターもその環境に適したモノが出現する。


「さて、ここにいると邪魔になるから移動しよう」

「はい」


 外にはこのダンジョンに挑む聖剣使い達がいたからな。

 彼らの侵入の邪魔にならない様に、俺達は移動し、それに合わせて単眼の蝙蝠の様な生物が俺達に追随した。


 これは俺達が持ち込んだ、【バットアイ】という生物型の魔道具だ。

 所謂カメラの性能を持ち、俺達の姿をライブ配信している。


 生物型の魔道具は、魔導生物とも呼ばれ、自立して行動する特徴がある。


 俺達がゲートのそばから離れると、次々と聖剣使い達が侵入してきて、同時にドローンカメラも大量に入ってきて俺達のそばに来た。

 これらドローンカメラはメディアのモノで、俺達を撮影するためにダンジョンに侵入してきたのだ。

 メディア側から打診があり、俺と愛歌を中心に半径10メートル以内に入らない事、攻撃の余波で破壊されても賠償を求めない事を条件に許可した。


『落命の森……。やはり挑むのか』

『無事に帰還する事を祈る。二人の死ぬところは見たくない』

『男の愛歌様も尊い』

『こうなると女の天成様も見てみたいな』


 おぞましい要求に俺はゾッとし、話題を変える為にも先に進む事を宣言した。

 そして、森の中を進む事、数分。


 モンスターと遭遇した。


 ナイトビートル。

 甲虫型のナイト級上位のモンスターで、槍の様な鋭利な角が特徴だ。


『出た。モンスター』

『ナイト級でも上位のモンスターだな』

『どっちが行くんだ? やっぱ天成様か?』

『愛歌様、無理せず天成様に任せましょう』

『そうだな。愛歌様、無理はしないで』


 愛歌の実力を知らないコメント欄では、愛歌を心配する声が届くが――


「天成様、ここはわたくしに任せて下さいますか?」

「ん、ああ、じゃあ任せようかな」


 逆に愛歌に火をつけた様だ。

 聖剣を構え、ナイトビートルと対峙する。


 ナイトビートルは搦め手などは使わない、ガチンコ勝負系のモンスター。

 攻撃手段も、高速飛行での自慢の角を使った刺突。

 単純な攻撃だが、身体を覆う甲殻は物理的にも防御力的にも堅く攻略は難しい。


 正攻法は攻撃を躱して何とか翅を切り落とし機動力を奪い、弱点である甲殻に覆われていない腹部を攻撃する事だ。


 そうこうしている内に、ナイトビートルが動き出した。

 軽く助走を付けて最高速度に達すると、勢いそのままに愛歌に向かって突進してきた。


 その速度は、正面から相対すれば恐怖心を感じるはずだ……。

 素人ならば……な。


(うん、大丈夫。あの程度のスピードなら、愛歌の目はしっかりとナイトビートルの動きを捉えられる)


 俺は安心して愛歌とナイトビートルの戦いを観戦する。


 突撃するナイトビートル。

 愛歌との距離はあっという間に縮まり、あと1メートルと言う所まで迫った時――


『愛歌様逃げて!』

『ヤバイ、ヤバい!』

『天成様、助けてあげて!』

『恐怖で固まってるんじゃ!』


 コメント欄の心配などどこ吹く風で、愛歌は上半身を反らしナイトビートルの突撃を回避する。

 そして、自身の前を通る甲殻に覆われていない剥き出しの腹部に向かって聖剣を突き刺した。


「ピギイイイイイイイイイイイイイイ」


 ナイトビートルの悲鳴が響く。

 腹を突き刺され、そのまま地面に仰向けで串刺しとなった。


 何とかしようと足をうねうねと動かしているがどうにもならない。


 今の一撃で、ナイトビートルに生命力ゲージが半分以上減った。

 愛歌はトドメを刺すべく、羽衣でナイトビートルを拘束し、引き抜いた聖剣を再び腹部に突き刺した。


「ピギイイイイイイイイイイイイイイイ」


 二度目のナイトビートルの絶叫は断末魔の叫びとなり、生命力が全損したナイトビートルはその体を粒子と化して石を一つ残して消滅した。


「お疲れ、愛歌。余裕だったね」

「はい、特訓の成果を発揮出来ました。天成様、魔石です」


 魔石。

 それは魔力と言う新エネルギーの結晶で、ナイトビートルが死んだときに出現した石がこれだ。

 魔道具は魔力を動力としている為、今ではこのエネルギーなしで社会は成立しない。


 聖剣使いの収入源の一つで、スタンピードを収める事と同じくらいダンジョンでの魔石集めも重要な仕事だ。


 俺はウェストポーチに魔石を収納した。

 ちなみにこのポーチも魔道具で見た目よりもはるかに多くものを収納できる。


 さて、愛歌の初戦闘。

 視聴者の反応はどうだ?


『すげええええええ』

『うおおおおおおおおおおおおお』

『えええええええええええええええええ』

『愛歌様、めちゃつえええええええ』

『心配してたのが、めちゃ恥ずかしい』

『ナイトビートルってああやって倒すんだっけ?』

『違う違う。あんなの普通は無理。軌道変更できない様にギリギリまで引き付けないと成功しないよ、あんなの』

『愛歌様の心配なんておこがましかったわ……』


「どうです、俺の愛歌は強いでしょう。彼女は今日の為に、この一週間、地獄の特訓に耐えてきたんですよ」


『地獄の特訓?』

『ちょっと大げさすぎるよ』

『でも、一週間でここまでに仕上げるには、普通のやり方では無理じゃね?』

『あ、確かに……』

『そう考えると、説得力が出てくるな』

『具体的にどんな特訓をしたんですか?』

『聞きたい。でも、なんか恐怖を感じる……』


 俺は地獄の特訓の内容を話した。

 すると――


『えっぐw』

『聖剣の力で死なないとはいえ、普通じゃね……』

『字面だけ見たら、DV夫で草w』

『やられる方も地獄だが、やる方も地獄だろう、これw』

『確かに……』

『普通に考えれば、奥さんの脳天に木刀叩き付けるってきついわ』


『でも、戦闘における恐怖心の排除の大切さがわかるな』


「あ、それは天使も言ってましたね。恐怖心は身体機能を低下させると……」


『やっぱりそうなのか』

『まあ、緊張ですら身体を固くするからな』

『恐怖は、その上位の感覚だし尚更か』


 視聴者のコメントを見て、質問に答えながらも、神経はダンジョンに向けて、奥に進んでいると――


「きゃあ!」


 愛歌の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の方を見ると、愛歌が蔓に足を取られ天高くで宙吊りにされていた。


(エルダー・トレントか)


 トレントは木のモンスターだ。

 蔓は鞭の様に、枝は槍の様に、葉は手裏剣の様に、種は爆弾となる。

 普段は木に擬態し、人が近くを通るのを待つ待ち伏せ型のモンスターだ。


 エルダーはその上位種で、トレントと比べてその体は大樹と呼べるほど大きい。


「必殺」


 俺は納刀すると、結界を最小にしてバーストチャージを開始する。


〈バーストチャージスタート。完了まで20秒〉


「ジュラッ!」


 俺がバーストチャージを始めた事でエルダートレントの注意は完全に俺に向かった。

 当然だ。

 放置すれば自分が死ぬからな。


「ジュラーー」


 無数の葉手裏剣が俺に向かって飛んできた。


「いい手だ。一枚でもあたればバースト失敗だ。だが――」


 俺はそう褒めながらも、葉手裏剣全ての軌道を読み完璧に回避した。


「俺には通じない」

「ジュララ!!!」


 葉手裏剣を躱され、エルダートレントは狼狽した。


「ほら、もう残り15秒しかないぞ」

「ジュラッ!!!」


 次は無数の蔓による攻撃。

 蔓を鞭のように扱い俺に一撃を当てようとする。


 俺はそれらを目的を持って躱し続けた。

 すると――


「ジュラララ!?」


 蔓は見事に絡まり、攻撃不可能となった。


「残り5秒……」

「ジュラアアアアアア!!」


 最後の攻撃は枝による突き。

 当然、そんな単純な攻撃が当たる訳もなく俺は難無く躱し、逆のその枝を道として逆利用してエルダートレントに向かって走り出し――


〈バーストチャージ完了〉

「バースト・インパクト。クレセント!」


 エルダー・トレントの顔面の前で止まると、聖剣を抜きそのまま一刀両断した。


「ジュラーーーーーーーーーーーーー」


 エルダー・トレントの断末魔が森に響き、その体は粒子となり始めた。


 俺は枝を蹴って、蔓から解放された愛歌を空中でキャッチし、そのまま抱き抱えたまま着地する。


「愛歌、怪我はないか?」

「はい、大丈夫でございます」


『おおおおおおおおおおおおおお』

『やばい、カッコいい!!』

『バースト・インパクトで瞬殺からの、空中でお姫様抱っこキャッチ!!』

『映える! 切り抜きクリップ拡散します!!!』

『見た目が男同士なのが残念!』

『は? そこがいいんですけど!』

『そんなの、お前ら腐女子だけだよ』


 俺が無事に愛歌を救出でき安堵している間に、コメント欄が盛り上がっていた。

 愛歌を救うための最短撃破を目指しただけだが、どうやら視聴者的にかなり見応えが合った様だ。


 俺達はダンジョン攻略を再開する。

 特訓の成果をいかんなく発揮され、1階層、2階層を難なくクリアしてついにダンジョンマスターのエリアに繋がる扉の前に辿り着いた。


 ダンジョンマスターのエリアへつながる扉。

 ダンジョンゲートの様に扉は開いており、マーブリングの幕が張られている。


 その膜を越えれば、ダンジョンマスター戦。


 待っている結末は、勝利か死かの二つに一つ。

 その為か……。


『ねえ、マジで挑むの……』

『二人が強いのは分かったけど、落命のダンマスは未知数過ぎて怖い』

『強いからこそ、強さとか関係ない相手で死んでほしくないね』

『そうそう、初見殺しとか強さとか関係ない所で殺されるからな……理不尽なんよ……』

『今までも、その強さを自他ともに認められていた聖剣使い達が挑んで死んでいったからな』


 コメント欄では今も尚、俺達の身を案じて挑戦を止めた方が良いんじゃないかと言う声があった。


「大丈夫ですよ。初見殺しは攻撃のカラクリを見切れなければ確実に殺されますが、見破ればそこまでです」


 身体機能やステータスは、ガチンコで戦うモンスターに比べると低いのが、初見殺しなどの搦め手系のモンスターの特徴。

 カラクリを見破られなければ滅法強いが、見破られればそこでほぼ詰むのが初見殺しだ。


「それじゃ、そろそろ挑もうと思います。愛歌、準備はいいか?」

「はい、いつでも。天成様」


 俺は達は幕を越え、ダンジョンマスターが待つエリアに入る。

 中は草原になっていた。


 そして、約100メートル先に巨大な蜘蛛型のモンスターがいる。


(あれがダンジョンマスターか。この距離であの大きさ。家程のデカさがあるな)


 かなり離れた場所にいるなと思った時、ダンジョンマスターが足とは別にある鎌を備えた手を振るうのが見えた。


(あんな、距離から何を――)


 そう考えた次の瞬間、俺の視界が90度傾いた。


「え?」


 その傾きはそこで止まらず、さらに90度曲がり視界が上下逆さまになる。

 同時に、首に強烈な痛みが走り、その痛みが俺に状況を理解させた。


 俺の首が切られたのだ……。











◆◇◆あとがき◆◇◆


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